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ヴァルラム
聖神の湯
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いつのまにか来ていたユリアーンやパーヴェル、レナートも興味深そうに聞き入っている。
こんな感じ、と。
智紀は施設の外観や見取り図をさらさらと描いた。
智紀の向こうでの職は、設計士なのだろうか?
施設の良い点や、注意するべき衛生面もきちんと話している。
これにはイリヤも感心しているようだ。
「薔薇の風呂や泡の風呂とやらが気になりますな。……着工は式の後になりますが、よろしいですか?」
ユリアーンが私に確認して来た。
「うむ。民にも解放し、智紀の叡智により建設された施設の素晴らしさを知らしめるのも良いだろう」
これならば国民も、異世界よりもたらさせた叡智と満足することだろう。
聖神は、どうしても期待されてしまうものであるが。
智紀は問題なく歓迎されるであろう。
*****
「温泉を引くくらいなら、すぐできるんじゃない?」
パーヴェルが言うのに、智紀が首を傾げた。
「え、魔法で?」
智紀には、万能に見えるのだろうか。
魔法は万能ではない。
どこに水脈があるかさえわかれば、穴を掘るくらいは可能であるが。
それには水脈を探る緻密な魔法も必要で。
色々面倒なものでもあるのだ。
「いや、聖神が祈れば、癒しの泉が湧き、温泉も出る……という言い伝えがあるんだ」
パーヴェルは物知りである。
さすが一番の年長者だ。
記録には無い情報だが、それは魔術師に伝わる口伝であろうか。
では早速、試してみようということになり。
ユリアーンは施設の建設予定地を決め、そこへ向かった。
天変地異により、山地だったのが平地になった場所である。
まるでそのために用意されたようであるが。
これは偶然だろうか?
「神の御力を疑わず、心から願ってください」
ユリアーンも祈るような所作をした。
智紀が手を合わせ、目を閉じた。
*****
すぐに、ぼこぼこと湯の湧く音がした。
「おお、湧いた!」
見事、温泉が湧いたのだが。
「……3つあるが?」
泡のわいているものと、青白いものと、赤く濁ったもの。
血ではないようだが、やけに鉄臭い。
「面白い色ですね」
「毒沼みたい……」
皆は興味深そうに覗き込んでいる。
これは、どういったものか。
「ええと……炭酸泉と、切り傷打ち身に効く温泉と、鉄泉だと思う……」
一つではなく、他にも願ったのは、皆のためであろう。
怪我した者を癒したい、という想い。
智紀のその純粋な願いに、神は応えたのだ。
「では、稽古で出来た擦り傷があるので」
レナートはいい口実が出来た、というように傷を見せびらかすと。
嬉しそうに鎧を脱ぎ捨て、青白い温泉に入った。
「……治った」
擦り傷のあった場所は、綺麗に治っていた。
浸かった直後に、傷が癒えたという。
凄まじい効力である。
これは神の湯と名付けるか。
いや、聖神の名を添えた方がいいか?
*****
「炭酸泉は冷たいのですね」
イリヤは泡の湧いている温泉に手を浸けている。
いや、温かくないのなら冷泉というものか。
その炭酸水に砂糖とレモン汁を入れれば、サイダーという飲み物になるそうだ。
それも施設で提供することにすれば、評判も上がろう。
赤い温泉は、鉄泉と言ったか。
「この赤いのは、鉄なのか?」
嗅げば、錆びた鉄の臭いがする。
しかし、海の側でもないのに、塩の味がするのはどういうことだ。
これも神の御業か。
「これも、切り傷とかに効いたような……」
智紀が呟く。
そうか。
やはり皆の事を想って、湯を3つまで厳選したのだろう。
「もっと温泉のこと調べておけば良かった。日本には名湯がいっぱいあるのに……」
残念そうに言うが。
「充分詳しいかと存じますが……?」
イリヤも困惑顔である。
呪医のイリヤですら知らなかった知識をもたらしたというのに。
奥ゆかしいにも程があろう。
専門で学んだ訳でもないという智紀が、これだけ知っていれば十分ではないか。
*****
「リラックマ……」
智紀は獣姿になっているレナートを見て呟いている。
何語だろうか。
「っていうか、皆入ってるし!」
今気付いたのか。
獣姿になり、皆で、温泉に浸かってみたのだ。
炭酸泉は少々加工が必要らしいので、今回はお預けである。
硫黄は臭くて困ったものだが。
こちらも少々鉄臭いものの、そう気にはならない。
温泉というのも、なかなかよいものだ。
怪我などでなくとも、浸かるのを楽しむ文化か。
今までは娯楽どころではなかった国民に、ゆったりと湯に浸かる楽しさを教えるのもよかろう。
智紀は足だけ浸かっている。
「そういえば、手湯や足湯というのもあったよ」
疲労回復、冷え性に良いらしい。
歩き湯などもある、とイリヤに話している。
「ありがとうございます。病気や怪我の時以外で温泉に浸かるなど思いもしませんでしたが、いいものですねえ。こちらは硫黄と違って金属が腐蝕しませんし」
イリヤは温泉に入りながら、水質も調べていたようである。
「これ、どこで管理します? 温泉なので同じ呪医の管理で?」
ユリアーンに訊かれ。
「保養施設であるので、それでよかろう。……いいな?」
イリヤに確認する。
「はい、大丈夫です」
イリヤも頷き。
施設の管理部署は珍しく早急に決まったのである。
*****
「智紀様もお入りになればよろしいのに」
イリヤが智紀を誘うが。
「いや、僕は施設ができてからで……」
遠慮しているのは、肌を見せたくないからか?
「入りたいなら人払いさせるが?」
「今日はもうお風呂入ったし。何回も入ったら逆に疲れちゃう」
ほう、そういうものか。
「なるほど、長時間浸かりすぎても良くないのですね。老人などは血圧が上がりすぎて危険かもしれませんね」
イリヤも頷いている。
あちらの世界でも、年寄りは熱いお風呂が好きなのでよく倒れたり、寒い時に急激に温度が変わると心臓をやられる事故が多かったという。
智紀は医学についても詳しいのか。
あまりにも多才で、驚かされる。
こんな感じ、と。
智紀は施設の外観や見取り図をさらさらと描いた。
智紀の向こうでの職は、設計士なのだろうか?
施設の良い点や、注意するべき衛生面もきちんと話している。
これにはイリヤも感心しているようだ。
「薔薇の風呂や泡の風呂とやらが気になりますな。……着工は式の後になりますが、よろしいですか?」
ユリアーンが私に確認して来た。
「うむ。民にも解放し、智紀の叡智により建設された施設の素晴らしさを知らしめるのも良いだろう」
これならば国民も、異世界よりもたらさせた叡智と満足することだろう。
聖神は、どうしても期待されてしまうものであるが。
智紀は問題なく歓迎されるであろう。
*****
「温泉を引くくらいなら、すぐできるんじゃない?」
パーヴェルが言うのに、智紀が首を傾げた。
「え、魔法で?」
智紀には、万能に見えるのだろうか。
魔法は万能ではない。
どこに水脈があるかさえわかれば、穴を掘るくらいは可能であるが。
それには水脈を探る緻密な魔法も必要で。
色々面倒なものでもあるのだ。
「いや、聖神が祈れば、癒しの泉が湧き、温泉も出る……という言い伝えがあるんだ」
パーヴェルは物知りである。
さすが一番の年長者だ。
記録には無い情報だが、それは魔術師に伝わる口伝であろうか。
では早速、試してみようということになり。
ユリアーンは施設の建設予定地を決め、そこへ向かった。
天変地異により、山地だったのが平地になった場所である。
まるでそのために用意されたようであるが。
これは偶然だろうか?
「神の御力を疑わず、心から願ってください」
ユリアーンも祈るような所作をした。
智紀が手を合わせ、目を閉じた。
*****
すぐに、ぼこぼこと湯の湧く音がした。
「おお、湧いた!」
見事、温泉が湧いたのだが。
「……3つあるが?」
泡のわいているものと、青白いものと、赤く濁ったもの。
血ではないようだが、やけに鉄臭い。
「面白い色ですね」
「毒沼みたい……」
皆は興味深そうに覗き込んでいる。
これは、どういったものか。
「ええと……炭酸泉と、切り傷打ち身に効く温泉と、鉄泉だと思う……」
一つではなく、他にも願ったのは、皆のためであろう。
怪我した者を癒したい、という想い。
智紀のその純粋な願いに、神は応えたのだ。
「では、稽古で出来た擦り傷があるので」
レナートはいい口実が出来た、というように傷を見せびらかすと。
嬉しそうに鎧を脱ぎ捨て、青白い温泉に入った。
「……治った」
擦り傷のあった場所は、綺麗に治っていた。
浸かった直後に、傷が癒えたという。
凄まじい効力である。
これは神の湯と名付けるか。
いや、聖神の名を添えた方がいいか?
*****
「炭酸泉は冷たいのですね」
イリヤは泡の湧いている温泉に手を浸けている。
いや、温かくないのなら冷泉というものか。
その炭酸水に砂糖とレモン汁を入れれば、サイダーという飲み物になるそうだ。
それも施設で提供することにすれば、評判も上がろう。
赤い温泉は、鉄泉と言ったか。
「この赤いのは、鉄なのか?」
嗅げば、錆びた鉄の臭いがする。
しかし、海の側でもないのに、塩の味がするのはどういうことだ。
これも神の御業か。
「これも、切り傷とかに効いたような……」
智紀が呟く。
そうか。
やはり皆の事を想って、湯を3つまで厳選したのだろう。
「もっと温泉のこと調べておけば良かった。日本には名湯がいっぱいあるのに……」
残念そうに言うが。
「充分詳しいかと存じますが……?」
イリヤも困惑顔である。
呪医のイリヤですら知らなかった知識をもたらしたというのに。
奥ゆかしいにも程があろう。
専門で学んだ訳でもないという智紀が、これだけ知っていれば十分ではないか。
*****
「リラックマ……」
智紀は獣姿になっているレナートを見て呟いている。
何語だろうか。
「っていうか、皆入ってるし!」
今気付いたのか。
獣姿になり、皆で、温泉に浸かってみたのだ。
炭酸泉は少々加工が必要らしいので、今回はお預けである。
硫黄は臭くて困ったものだが。
こちらも少々鉄臭いものの、そう気にはならない。
温泉というのも、なかなかよいものだ。
怪我などでなくとも、浸かるのを楽しむ文化か。
今までは娯楽どころではなかった国民に、ゆったりと湯に浸かる楽しさを教えるのもよかろう。
智紀は足だけ浸かっている。
「そういえば、手湯や足湯というのもあったよ」
疲労回復、冷え性に良いらしい。
歩き湯などもある、とイリヤに話している。
「ありがとうございます。病気や怪我の時以外で温泉に浸かるなど思いもしませんでしたが、いいものですねえ。こちらは硫黄と違って金属が腐蝕しませんし」
イリヤは温泉に入りながら、水質も調べていたようである。
「これ、どこで管理します? 温泉なので同じ呪医の管理で?」
ユリアーンに訊かれ。
「保養施設であるので、それでよかろう。……いいな?」
イリヤに確認する。
「はい、大丈夫です」
イリヤも頷き。
施設の管理部署は珍しく早急に決まったのである。
*****
「智紀様もお入りになればよろしいのに」
イリヤが智紀を誘うが。
「いや、僕は施設ができてからで……」
遠慮しているのは、肌を見せたくないからか?
「入りたいなら人払いさせるが?」
「今日はもうお風呂入ったし。何回も入ったら逆に疲れちゃう」
ほう、そういうものか。
「なるほど、長時間浸かりすぎても良くないのですね。老人などは血圧が上がりすぎて危険かもしれませんね」
イリヤも頷いている。
あちらの世界でも、年寄りは熱いお風呂が好きなのでよく倒れたり、寒い時に急激に温度が変わると心臓をやられる事故が多かったという。
智紀は医学についても詳しいのか。
あまりにも多才で、驚かされる。
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