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ヴァルラム

憂いの理由は

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「ん? ここを、どうして欲しいのだ、智紀」
訊くと。

智紀は頬を染め、涙を零した。


43年無垢でいたほど純粋なのだ。
駆け引きなど無用か。あまり焦らすのは逆効果かもしれぬ。

「ああ、そのように泣くでない。もう、いいのか?」
涙を舐め、智紀の脚を抱え上げる。

「……挿れるぞ」
待ち侘びていたように、こくりと頷いた。


「獣王、大変です! ”繭”から聖神様の姿が消え……!?」

扉が開き。
血相を変えたイリヤが飛び込んできた。


いいところだというのに、邪魔しおって。


*****


「聖神様を自室へ連れ込んで手篭めにするとは、何を考えているのですか!!」
イリヤは怒り心頭であった。


今朝は珍しく空が曇っていたため。
どこか調子でも悪いのかと、智紀の様子を見に行ったところ。

揺り籠に智紀が居ないことに気付き。
ユリアーン、レナート、パーヴェルらを呼び出し、捜索していたという。

最後に私を呼びに来たところで智紀発見、となった訳か。


手篭めとは、人聞きの悪い。
「智紀はもう私のものだと認めたし、伴侶になると言った」

私の後ろに隠れていた智紀の裸身をナキダカマントで包み、抱き寄せる。

「……曇っていたのか? 反応があるのが嬉しくて、つい焦らしすぎたか? 今後はそういった駆け引きはなしにするか」

イリヤは心底冷たい眼差しで私を睨み。
「……肉体と魂がきちんと定着するまで、夜の間は”コーコン”から出さないように、と言ったのをお忘れで?」

こちらに来て新しく作られた智紀の肉体と魂は、まだ深く結びついていない。
故に繭から離れず、揺り籠で微調整されつつ寝ていた方が安心だと。


「何!? そんなことを言っていたか!?」
「召喚前からも後も、何度も言いましたよ……?」

そうだったか?
聞いていなかった。


「……戻るぞ、」
智紀を抱き上げ、寝室を飛び出した。


*****


「ヴァ、……服! 服着て!!」
智紀は慌てて私の腕を叩いた。

「私の服などどうでもよい! ……なに、どうでもよくない?」

私は構わんが。
智紀が、この格好でいるのを好まないという。

私が智紀の裸を他人に見せたくないのと同じ理由であろうか?

「む、智紀が嫌なのか? ならば、」

獣姿に変化し。
智紀を背に乗せて疾走する。


途中で智紀を捜索中のユリアーンを見たが。

探し人はここだと知ったであろう。
声を掛ける暇も惜しい。

神殿の神像の間へに飛び込み、繭へ駆け込んだ。


「大丈夫か? 具合が悪かったのか? 何かあれば我慢せず、すぐに言うのだぞ」
智紀を慎重に、寝台に下ろしてやる。

「だ、大丈夫……元気、」
問題ない、と言うが。


念の為、調べておこう。
操作板カントロレルを出し、揺り籠に備わっている装置で肉体チエーラ及びドゥシアーの情報を読み取る。

脳波、脈、特に異常なし。

内臓は正常に動いている。
胸部と肛門に少々腫れが見られるが……これは消炎で良いだろう。


魂も、安定している。
その輝きは一向に衰えていない。


*****


「……大丈夫なようだ。これからも、決して無理はするなよ。私はもう、そなたがいないと生きていけないのだからな」
鼻先をすり寄せると。

智紀は私に抱きつき。
よしよし、という風に逆立ってしまった毛皮を撫でてくれたのだ。

少々取り乱しすぎたようだ。かえって心配させてしまったか?


「聖神様に何かあったのですか!?」
血相を変え、ユリアーンが繭に飛び込んできた。

私があれほど必死な形相で走っている姿を初めて見たので、よほど智紀に大変な事でもあったのかと思い駆けつけたようだ。
過剰に心配しすぎたのだ。

気恥ずかしいが。

何しろ、異世界の人間をツガイにするのは初のこと。
過剰に心配するくらいで良いのかもしれぬ。


「身体に問題はない」
先程の検査結果を見せると、ユリアーンも安心したようだ。


「はあ、やっと追いついた……」

しばらく遅れ。
イリヤが入ってきた。

人の姿で獣姿の私に追いつくのは難しかろう。
途中、レナートとパーヴェルとも会い、合流したのもあるようだが。


イリヤが皆に、事の顛末を説明し。
人騒がせな、獣王は聖神を”繭”から連れ出すのを禁止、と皆から叱られてしまった。

「今度やったら呪いますからね!」
イリヤは本気であった。


呪医の呪いは薬では解けぬものである。
恐ろしい。

しかし、智紀が額のあたりを慰めるように撫でてくれたので、気分は向上した。


*****


「あの、獣王は何故、獣姿のままなのです?」
ユリアーンは首を傾げ。

「裸で飛び出したからじゃないの?」
パーヴェルは欠伸を噛み殺しながら言った。


「でも、獣王は普段裸だろうが平気で歩いてますよね」
「むしろ服を着るのが面倒で、よく獣姿で歩いてましたね」
イリヤとユリアーンが余計な事を。

それは王になる前の話である。
今は民の目もあるので、きちんとした格好をしているであろうが。

年寄りはすぐ昔の話を持ち出すので困る。


今、獣姿に戻らぬのは、別の理由である。
「智紀がツガイである私の裸を他人に見せたくないというので、そうすることにしたのだ」

智紀は私の毛皮を嬉しそうに撫でている。


「くっ……、毛皮の触り心地なら負けませんよ!?」
イリヤは悔しそうだったが。

智紀は私の毛皮が一番好きなのである。
諦めるが良い。
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