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智紀

異世界で温泉旅情

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「いいでしょう。建設には私も協力しますよ。智紀様、薬風呂のお話、もう少し詳しく。呪医コルドゥーンとしても、大変興味のある内容ですので!」


どこから話を聞いていたのか。
興奮気味なイリヤが、部屋に入ってきた。

「うわあ、ベッドクラヴァーチアディエージダ!」

慌てて風呂から上がり、服を着た。
男同士でも、裸を見られるのは恥ずかしい。

それも、なので更に。
イリヤは医者で。もう裸も何度か見られているようだし、今更なのだろうが。

風呂の施設には、水着か湯浴み着を着用することにしてもらおうかな……。


ヴァルラムは素っ裸で平然としている。
さすがである。

僕の視線に気付いて。
すまん、と言って銀狼の姿になった。

別に僕はヴァルラムに、自分以外の他人に裸を見せるな、とは言ってないのだが。
そう勘違いしたようなのでそのままにしておく。

ストリーキングな王はどうかと思うので。

*****


イリヤに、知っている限りの風呂知識を全て話す羽目になった。

温泉卵や黒玉子の話までした。
温泉の有効利用としては、蒸し料理などもある。

銭湯など、施設については説明するよりも描いた方が早いので、こんな感じ、と見取り図などを描いて示した。

ヒノキ風呂は香りはいいが、手入れを怠るとぬめるので大変、などデメリットについても。
風呂も循環式の場合、消毒しないと緑膿菌やレジオネラ菌などが発生するので注意が必要だ。
こちらにそういった細菌がいるかは知らないが。


「薔薇の風呂や、泡の風呂とやらが気になりますな。……着工は式の後になりますがよろしいですか?」
いつの間にかユリアーンも加わっていた。
ゴージャス系な湯がお好みのようだ。

「うむ。民にも解放し、智紀の叡智により建設された施設の素晴らしさを知らしめるのも良いだろう」
ヴァルラムは乗り気だった。

いや、そんな大袈裟な。
僕が考えた施設、という訳ではないし。


「温泉を引くくらいなら、すぐできるんじゃない?」
気付けばパーヴェルもいた。

「え、魔法で?」
「いや、聖神が祈れば、癒しの泉が湧き、温泉も出る……という言い伝えがあるんだ」

おお。
さいが最年長。生き字引だ。


そんなことも可能なのか、と皆も感心している。


*****


善は急げ、ではないが。

それでは試してみよう、ということになり。
施設を作る予定地へ向かった。


移動手段は馬である。
当然ながら文系男子である僕は乗馬ができないので。ヴァルラムに抱きかかえられての初乗馬になった。

馬人はいないそうである。

人に変化しない、普通の動物もいるが。
逆に、ただの人間はいないという。

では、僕が唯一の人間になるのだろうか?
異世界とはいえ、不思議だ。


神の御力を疑わず、心から願うように、と言われて。
必死に祈った。

神様、お願いします。
どうか、ここに温泉を湧かしてください。

硫黄泉はもうあるらしいので、炭酸泉がいいです。
いや、切り傷打ち身によく効く温泉の方がいいのかな? 鉄泉も身体に良かったような……。


「おお、湧いた!」
え、もう!?

「……3つあるが?」
ヴァルラムが首を傾げている。

「面白い色ですね」
「毒沼みたいだけど……」

ぷくぷく泡のわいてる温泉と、青白い温泉と、赤く濁った温泉。

全部叶えてくれるなんて。
大サービス過ぎる。

「ええと……炭酸泉と。切り傷打ち身に効く温泉と、鉄泉だと思う……」


そんなにお願いしたんだ、という視線が集まる。
……だって、一つに厳選できなかったんだから、しょうがないじゃないか!


*****


「では、稽古で出来た擦り傷があるので」
と。レナートがいそいそと青白い温泉に入った。

傷に染みたようで、いてて、と言いながら。

「……治った」
浸かったら、即座に傷が癒えたらしい。

効き過ぎ!
さすが神様が沸かせた温泉……。


「炭酸泉は冷たいのですね」
イリヤが手を突っ込んでいる。

冷泉だという知識があったので、反映されたようだ。
あれに砂糖とレモン汁を入れれば、サイダーになるのだ……。


「この赤いのは、ジェリェーゾなのか?」

ヴァルラムがくんくん匂いを嗅いでいる。
鉄臭い、と言ってる。

東京で湧く温泉はだいたいこれである。
舐めるとしょっぱい。

これも切り傷とかに効いたような。うろ覚えすぎる。


「もっと温泉のこと調べておけば良かった。日本には名湯がいっぱいあるのに……」

僕の風呂知識など、いいとこバラエティ番組レベルである。
それでも、情報をだいぶ聞き流してしまっていた。

もっと有益なことを記憶しておくべきであった。


「充分詳しいかと存じますが……?」

温泉担当のイリヤも知らなかったことがあったというが。
それは日本が温泉大好き文化だったせいで一日の長があるのだろう。

ふと見れば、レナートは熊の姿になっていた。
だいぶリラックスしている様子である。リラックスした熊……。


「っていうか、皆入ってるし!」
全員獣姿で温泉に浸かっていた。ずるい。


*****


熊とライオン、豹と山猫と狼が、仲良く温泉に入っている。
すごい光景である。

このような光景は、サファリパークでもお目にかかれないだろう。

猫って、水が苦手なのではなかったのか……?
温泉はまた別なのだろうか。


炭酸泉は冷たいので浸からず、鉄泉と傷に効く温泉の二手に分かれている。
皆、気持ち良さそうに目を細めていて可愛い。猛獣なのに。

僕は足だけ浸かることにした。


そういえば、手湯や足湯というのもあった。
取材など、長時間の探索で歩き疲れても、足湯に浸かれば疲労回復したものだ。冷え性にも良いと書いてあったな。

諏訪湖だったか、歩き湯というのもあったな。
ランダムな大きさの石が埋まってる道にお湯が流れていて。そこを歩くと足ツボマッサージにもなる、というシロモノだった。僕は痛くて一歩も歩けずギブアップしたものだ。

思い出したので、イリヤに教えた。


「ありがとうございます。病気や怪我の時以外で温泉に浸かるなど思いもしませんでしたが、いいものですねえ。こちらは硫黄と違って金属が腐蝕しませんし」
イリヤはちゃんと泉質も調べていたようだ。

眼鏡やアクセサリーをつけたまま硫黄泉に入ると、金属が腐蝕してしまうので外すようにと注意書きされている。
硫黄泉は、それだけではなく、周囲に毒ガスを発生することもある。

温泉地では、たまに溜まった毒ガスで死亡事故が起こる。
殺生石などが有名だろう。風向きによってはひと呼吸で死ぬレベルにもなるという。


温泉が医者であるイリヤの管理になっているのは、そのためだろう。
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