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智紀
夢であるように
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彼の示した方向を見たら。
本棚には、僕の単行本が全て並んでいたのだった。
それも、二冊ずつ。
そのうちの一冊は、何度も読んだように端が擦り切れていた。
読む用と、保管用か。本物のマニアである。色々な意味で。
「嘘。リアル読者なんて初めて見た!!」
「ええっ、そんなことないよ? 昨日一緒だった鈴木と斎……いや、他の二人も先生のファンだよ? 文サーのみんなも読んでるし!」
こんな都合のいい展開、現実に起こるはずがない。
これも夢に違いない。
僕はそう思った。
*****
彼は基 勇人と名乗った。
流行のキラキラネームではない。常識的なご家庭に生まれて何よりである。
年齢は21歳。
文芸サークルに入っている、T大法学部の学生。その上、司法試験現役合格者だそうだ。
普段生きていて縁ができようもない、超エリートではないか。
高田馬場にいたので、てっきりH大生かと思っていたが。
家がこっちにあるという。
とりあえず、迷惑を掛けてしまったようなので、家族の人にご挨拶を、と思ったが。
ここには現在、彼しか住んでいないという。
いや、彼と、昨日拾った猫だけしかいないのだと。
階下に降りて、手際よく朝食を作ってくれた。
手伝おうとしたが、昨日溺れて倒れたばかりなんだから安静にして、と叱られてしまった。
若いのに、随分としっかりしている。
家もきちんと片付いているし、服も清潔である。
家事が趣味なのだという。
頭のいい人は、何をするにも手際がいいというが。事実であったか。
「美味しかった。ごちそうさま」
「えへへ、いいお婿さんになれそうでしょ?」
皿を片付けながら、彼は笑った。
コミュ障な僕が、彼とは緊張もせず話せるのは。
彼の人柄だろうか?
顔もいいし、頭も良くて家事も得意とは。その上、捨て猫を拾ったばかりでなく、溺れたおっさんを助けるような好青年。
本当に、現実の若者なのかと疑うくらいである。
大学でも、女の子からもてて大変そうだ、と言うと。
「んー、そうでもないんだよね。なんでか俺、重いから無理、って言われるんだけどー」
と、彼は肩を落とした。
*****
去年の話だそうだ。
家族皆で墓参りに行く予定だったが。
たまたま抜けられないゼミの集まりで、彼だけが家に残った。
墓参りの帰り、家族を乗せた自家用車が玉突き事故に巻き込まれて。
家族全員亡くなった、という。飼っていた猫も一緒に。
一瞬にして、家族をすべて、喪ったのだ。
「ダンプとトラックに挟まれて、車、ぺしゃんこでさ。棺に遺体が無い状態でみんなの葬式あげたんだー。全員の遺影、持ちきれなかったよ」
子猫たちにミルクをやりながら、淡々と言った。
ちょうど寂しかったから、新しい家族が増えて嬉しいと。
先日、彼が友人と一緒にいる時。
明るく楽しそうな、普通の学生に見えたが。
今は、陰があるように見える。
つい、彼の頭を撫でてしまっていた。
そうして欲しがっているような気がしたのだ。
「間違えた? 俺、猫じゃないよー?」
綺麗なお姉さんならともかく、冴えないおっさんに頭を撫でられても慰めにはならないではないか。
はっとして、手を離そうとしたら。
その手を掴まれて。
きつく抱き締められてしまった。
咄嗟に、突き飛ばそうとしてしまったが。
肩に、熱さを感じて。
彼が泣いていることに気付いた。
*****
家族を亡くし、今まで。
ずっと、泣けなかったのだろう。
そのような泣き方だった。
時代遅れだとは言われるが。
男は泣くものではない、情けないと未だに思われ、そう教育される者は少なくない。
まだ若いのに。
ショックが大きすぎて、感情が死んでしまうことはある。
僕だって、家族を喪った時は呆然としたものだ。
しかし、感情を解放してやらなければ、歪みが出る。
僕には漫画という逃げ道があった。
彼は他に、こうやって泣けるような相手は居なかったのだろうか?
知り合いの前では強がってしまい、泣けないのかもしれない。
見知らぬ他人……名前は知っている程度の相手だからこそ、感情をぶっちゃけられたのだろう。
彼の背を、ぽんぽんとあやすように叩いた。
しばらくして。
顔を上げた彼は。
泣くだけ泣いて、すっきりしたような顔をしていた。
「……漫画とかだと、こういう場合は大人のテクを駆使して、カラダで慰めてくれるパターンじゃない?」
男同士で何を言うのか。
エロ漫画じゃあるまいし。
僕のファンだというなら、作風で察して欲しいものだ。
大泣きしたのが気まずいからといって、妙な冗談を言い出すなと言いたい。
「な~んてね。智紀さんにそんなテクはなさそうなのは知ってるよ。ピンクで未使用っぽかったし」
「!?」
今、どこへ視線を向けて言った!?
どどど童貞ちゃうわ!
いや、間違いなく童貞ではあるのだが。
しかし、もう未経験というわけでは。
……いや。
あれは、夢だったか。
まだ、頭が寝ぼけているのだろうか?
強烈に、記憶に残ってしまうほど、おかしな夢だったから。
*****
獣人ばかりの異世界で。
魔法もあるし、科学っぽい技術もあった。
”繭”のベッドの寝心地も最高だった。
童貞なだけでいいなら、わざわざ特に美点も無い僕を選ばなくとも、この世界にはいっぱいいるだろう。
その上、王様に一目惚れされて。
ただ一人だけの相手として溺愛されるなんて。
乙女じゃあるまいし、夢を見すぎである。
ハーレクインか。
リアルに考えれば、一国の王様であれば当然跡継ぎ問題もあるし。
正妃の他に妾がダース単位でいてもおかしくはない。
血統を大切にするな、ら一人しか嫁が居ないのはおかしい。
現実はかくもシビアである。
ただ、夢にしては、いやにリアルな感覚であった。
あれを挿入された感覚とか。
中に射精される感覚とか。
いくら何でも、妄想力強すぎだろう。
本棚には、僕の単行本が全て並んでいたのだった。
それも、二冊ずつ。
そのうちの一冊は、何度も読んだように端が擦り切れていた。
読む用と、保管用か。本物のマニアである。色々な意味で。
「嘘。リアル読者なんて初めて見た!!」
「ええっ、そんなことないよ? 昨日一緒だった鈴木と斎……いや、他の二人も先生のファンだよ? 文サーのみんなも読んでるし!」
こんな都合のいい展開、現実に起こるはずがない。
これも夢に違いない。
僕はそう思った。
*****
彼は基 勇人と名乗った。
流行のキラキラネームではない。常識的なご家庭に生まれて何よりである。
年齢は21歳。
文芸サークルに入っている、T大法学部の学生。その上、司法試験現役合格者だそうだ。
普段生きていて縁ができようもない、超エリートではないか。
高田馬場にいたので、てっきりH大生かと思っていたが。
家がこっちにあるという。
とりあえず、迷惑を掛けてしまったようなので、家族の人にご挨拶を、と思ったが。
ここには現在、彼しか住んでいないという。
いや、彼と、昨日拾った猫だけしかいないのだと。
階下に降りて、手際よく朝食を作ってくれた。
手伝おうとしたが、昨日溺れて倒れたばかりなんだから安静にして、と叱られてしまった。
若いのに、随分としっかりしている。
家もきちんと片付いているし、服も清潔である。
家事が趣味なのだという。
頭のいい人は、何をするにも手際がいいというが。事実であったか。
「美味しかった。ごちそうさま」
「えへへ、いいお婿さんになれそうでしょ?」
皿を片付けながら、彼は笑った。
コミュ障な僕が、彼とは緊張もせず話せるのは。
彼の人柄だろうか?
顔もいいし、頭も良くて家事も得意とは。その上、捨て猫を拾ったばかりでなく、溺れたおっさんを助けるような好青年。
本当に、現実の若者なのかと疑うくらいである。
大学でも、女の子からもてて大変そうだ、と言うと。
「んー、そうでもないんだよね。なんでか俺、重いから無理、って言われるんだけどー」
と、彼は肩を落とした。
*****
去年の話だそうだ。
家族皆で墓参りに行く予定だったが。
たまたま抜けられないゼミの集まりで、彼だけが家に残った。
墓参りの帰り、家族を乗せた自家用車が玉突き事故に巻き込まれて。
家族全員亡くなった、という。飼っていた猫も一緒に。
一瞬にして、家族をすべて、喪ったのだ。
「ダンプとトラックに挟まれて、車、ぺしゃんこでさ。棺に遺体が無い状態でみんなの葬式あげたんだー。全員の遺影、持ちきれなかったよ」
子猫たちにミルクをやりながら、淡々と言った。
ちょうど寂しかったから、新しい家族が増えて嬉しいと。
先日、彼が友人と一緒にいる時。
明るく楽しそうな、普通の学生に見えたが。
今は、陰があるように見える。
つい、彼の頭を撫でてしまっていた。
そうして欲しがっているような気がしたのだ。
「間違えた? 俺、猫じゃないよー?」
綺麗なお姉さんならともかく、冴えないおっさんに頭を撫でられても慰めにはならないではないか。
はっとして、手を離そうとしたら。
その手を掴まれて。
きつく抱き締められてしまった。
咄嗟に、突き飛ばそうとしてしまったが。
肩に、熱さを感じて。
彼が泣いていることに気付いた。
*****
家族を亡くし、今まで。
ずっと、泣けなかったのだろう。
そのような泣き方だった。
時代遅れだとは言われるが。
男は泣くものではない、情けないと未だに思われ、そう教育される者は少なくない。
まだ若いのに。
ショックが大きすぎて、感情が死んでしまうことはある。
僕だって、家族を喪った時は呆然としたものだ。
しかし、感情を解放してやらなければ、歪みが出る。
僕には漫画という逃げ道があった。
彼は他に、こうやって泣けるような相手は居なかったのだろうか?
知り合いの前では強がってしまい、泣けないのかもしれない。
見知らぬ他人……名前は知っている程度の相手だからこそ、感情をぶっちゃけられたのだろう。
彼の背を、ぽんぽんとあやすように叩いた。
しばらくして。
顔を上げた彼は。
泣くだけ泣いて、すっきりしたような顔をしていた。
「……漫画とかだと、こういう場合は大人のテクを駆使して、カラダで慰めてくれるパターンじゃない?」
男同士で何を言うのか。
エロ漫画じゃあるまいし。
僕のファンだというなら、作風で察して欲しいものだ。
大泣きしたのが気まずいからといって、妙な冗談を言い出すなと言いたい。
「な~んてね。智紀さんにそんなテクはなさそうなのは知ってるよ。ピンクで未使用っぽかったし」
「!?」
今、どこへ視線を向けて言った!?
どどど童貞ちゃうわ!
いや、間違いなく童貞ではあるのだが。
しかし、もう未経験というわけでは。
……いや。
あれは、夢だったか。
まだ、頭が寝ぼけているのだろうか?
強烈に、記憶に残ってしまうほど、おかしな夢だったから。
*****
獣人ばかりの異世界で。
魔法もあるし、科学っぽい技術もあった。
”繭”のベッドの寝心地も最高だった。
童貞なだけでいいなら、わざわざ特に美点も無い僕を選ばなくとも、この世界にはいっぱいいるだろう。
その上、王様に一目惚れされて。
ただ一人だけの相手として溺愛されるなんて。
乙女じゃあるまいし、夢を見すぎである。
ハーレクインか。
リアルに考えれば、一国の王様であれば当然跡継ぎ問題もあるし。
正妃の他に妾がダース単位でいてもおかしくはない。
血統を大切にするな、ら一人しか嫁が居ないのはおかしい。
現実はかくもシビアである。
ただ、夢にしては、いやにリアルな感覚であった。
あれを挿入された感覚とか。
中に射精される感覚とか。
いくら何でも、妄想力強すぎだろう。
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