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智紀

目覚めた朝に

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見回してみれば、見たことのない部屋だった。
というか。

ここ、いつも僕が寝泊りしてる部屋……”繭”ではない。


ベッドも大きいし。
部屋の装飾が凝っているというか、見るからに高級な感じで。

もしかして。
ここは王様の……ヴァルラムの部屋なのか!?

いつの間に、移動したのだろう。
まさか、寝ぼけて深夜徘徊をして、王様の寝室に侵入したとか!?


しかも、何故か僕は全裸であった。

脱いだ寝巻きが見当たらないのは、自分の部屋で脱いだのだろうか? 裸族ではないので寝ぼけて脱ぐ習性はない……はず。

寝ぼけて裸のまま移動した、などと考えたくはない。
若くなっているとはいえ、決して衆目に晒して良い肉体ではない。

小学生のころから貧弱で、ヒンジャキングの名をほしいままにしていたほどである。


*****


「あの、どうして僕は、”繭”じゃなくて、ここに?」
恐る恐る訊いてみる。

何で裸? とは訊けなかった。

「それも覚えておらぬのか。”繭”の寝床は一人用ゆえ、床を共にするには狭い。私の部屋に移動するぞ、と言ったではないか」
「そうだったっけ?」


どこまでが夢で、どこから現実だったのだろう。

夢のような美貌を前に、困惑してしまう。
全てが夢でした、と言われても納得しそうだ。


「……まさか、昨夜の約束まで忘れておらぬだろうな?」

ヴァルラムが人間の姿に戻った、と思ったら。
真顔で詰め寄られた。

その見事な肉体は、夢で見たのと全く同じものだった。


自分の身体を見下ろしてみると。
鎖骨には歯形、胸は腫れたようになっていて。

……この赤いのは。噂に聞く、キスマークというものではなかろうか。
都市伝説ではなかったのか。


下半身は、すっきりしたような、しかし、後ろ……人に言えない部分に違和感があるようなおかしな感覚で。

ヴァルラムに抱かれたのは。
夢ではなかったのか!?


まさか。
今までのあれこれも。

夢などではなく、現実に起こっていたことだったとでも!?

”昨夜の約束”とは。
もしかして。


「ヴァルラムの、ツガイになる……?」


「よし、それを覚えているのなら問題ない。……私の可愛い伴侶。すぐに式をあげさせよう」
ヴォルラムは破顔して。

嬉しそうに、僕を抱き締めたのだ。


ええと。
……これも、夢だったりしない?


*****


狼族ヴォルクは、一生のうち、番う相手はただ一人。
愛する相手も一生涯ただ一人だけ、という一途な生き物だという。


発情期は、後腐れのない相手として、性欲を発散させていた。
今まで体内に精を注いだこともない、と。

王を継いで、周囲から結婚を勧められても、どれもピンとこなくて。
決まった相手は作らなかったという。

「今まで、これという相手が見つからぬはずだ。私の運命のツガイはまだこの世には存在していなかったのだからな」
ヴァルラムは僕を自分の膝の上に乗せて、頬をすり寄せながら言った。


獣人族の中でも特に魔力が高いヴァルラム、パーヴェル、イリヤ、ユリアーン、レナートらによって、召喚の儀式を行い、無事”聖神”の魂が召喚された。

”繭”の寝床の中で、この肉体が再構築されるのを、呪医であるイリヤ以外の皆は”繭”の外で待っていた。
目を覚ました、とイリヤに呼ばれて。


ヴァルラムは、僕を見て。ひと目で恋に落ちたという。

あの時、皆が僕を見て驚いていたのは。
”聖神”があまりに小さくて可愛らしいのでびっくりしたのだそうだ。……サイズが?


本来、獣人は発情期以外に発情することはないらしいが。
僕には発情したので。

ツガイに間違いない、と確信したらしい。


結局、夢だと思っていたエッチなイタズラは、夢ではなかった。

ヴァルラムはすぐにでも抱きたかったが。
男同士であっても番ってしまったらアウトで、聖神としての資格を喪ってしまうなら、この世の終わりなので。

少しずつ身体を慣らしながら、様子を見ることにしたという。


*****


千手観音だと思っていた手は、皆の手だった。

パーヴェルは初日だけ。
念のため、鎮静魔法を使い、僕の頭や頬を撫でていたそうだ。


手でしても口でしても。
指を挿入しても、天候は荒れなかった。

むしろ、豊作に恵まれたので、いけそうだと思っていたところ。


僕が、自分の背には乗ってくれないくせに、他の男の背にホイホイ乗って楽しそうだったため、嫉妬に駆られて。
とうとう犯してしまったと。

いや、別に楽しくはなかったけれども。


辛うじて、中に射精するのだけはとどまった、って。

それに、何の意味があるのか。
先端だけでも入れてしまったらアウトではないのだろうか。

異世界の獣人、しかも王様の倫理感に異を唱えるほうが間違っているのだろうか。


「しかし、あれだけしても、何故起きないのだ。無防備すぎる」
僕がおかしいみたいに言わないで欲しい。

「な、何故って。僕はお酒に弱い、って言ったでしょうが。何されても、朝まで起きないんだって」

「それで、43歳までよく貞操を守れたな……」
呆れられてしまった。

別に後生大事に童貞を守っていた訳ではない。
単に、冴えない喪男である僕なんかに手を出すような変わり者など存在しなかっただけである。


酒を飲む相手なんて、ほぼ仕事相手くらいしかいない。

吐く訳でもなく、ただ寝ているだけだから。
酒を飲まされた時は、誰かが連れ帰ってくれて。

最悪でも、部屋の隅とかに転がされるくらいだ。


ちょっと前までは、アルハラなんて概念もなく。
酒に弱いって言っても、面白がって飲ませるような輩が多かったのだ。

重大なアレルギーでなくて良かった。
今なら立派な犯罪である。


……ただし、元の世界での話。


*****


僕を犯してしまったことは、ヴァルラムしか知らなかった。

他人に肌を見せるのも嫌になったので、皆を締め出していたらしい。
それでも、天候が荒れることはなく。

僕のことをツガイにしても大丈夫だろう、と安心していたのに。


「突然避けられて、私はとても傷付いたのだぞ」
とスリスリされた。

天候が荒れるとか、どういうことだと思ったら。


聖神が何故、王様よりも大切にされるのかというと。
聖神の精神状態は、ダイレクトにこの世界の気候に影響してしまうから、だそうで。

聖神が嘆き悲しめば海は大荒れし、ブリザードが吹き荒れ。
苛立てば大地が揺れ、怒れば世界各地に嵐が起こる。

そして、聖神の心が平静だと、世界も穏やかで、過ごしやすくなるという。


……なにそれ。
責任重大じゃないか!

そんなややこしい相手だとわかっていて、あえて手を出そうとするとは。
ヴァルラムは、チャレンジャー過ぎではないだろうか。


そんな、世界が崩壊する危険を冒してまでも獲たいほど、ツガイを求めていたのか。
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