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智紀

獣なひとたち

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ある日。
ドームから出て、神殿で働く人達をぼーっと眺めていた。


神殿には、一般人もお参りに来るようだ。女人禁制のため、入れるのは男だけだが。
神様の像と、僕を拝んでいく人達。

まるでお地蔵様か何かになった気分である。


騎士レナートは、僕の警護をするため、側についていた。
そのレナートの手を見て。

大きな手だなあ、僕のふくらはぎくらいなら軽く掴めそうだな、と思った。


夢の中で僕の足を掴んでいる手は、このくらいの大きさだっただろうか。
いや、あれは夢だけど。
などと思いながら、じっとレナートの手を眺めていたら。

ごくり、と唾を呑み込むような音が聞こえて。

見上げたら、レナートの耳が、毛むくじゃらになっていた。
顔にも、わさわさと、髪と同じ色の毛が増えていき。服はビリビリと破れ。


次の瞬間。

3メートルはあろうかという大きな熊が。
咆哮を上げながら、僕に襲い掛かってきたのだ。


*****


「ぎゃー、熊ー!?」

齧られるかと怯えてたら、ペロペロと頬を舐められて。
鼻息をふんふんさせながら、擦り寄ってくる。

どうやら向こうには食いつくつもりはないようだが。猛獣である。
擦り寄られても、恐怖でしかない。


「レナート、何をしている!」

司教のユリアーンが飛んできて。
赤毛の大きな熊をぽいっと転がして、僕の上からどかした。凄い力だ。


転がされた熊は、くんくん悲しそうに鳴いている。

……この熊。レナートなのか。
目の前でなったというのに、まだ信じられない。


「すみません、智紀様。こやつはまだ年若く、獣の本能を抑えられなかったようで。すぐに下がらせ、きつく罰を与えますゆえ、平に」

「……い、いや、驚いただけで、ベベべ、別に」

叱られて、しょぼんとした熊があんまり可哀想に見えて。
つい、庇ってしまった。


それなら、その辺を走り回っていれば落ち着くだろうから、付き合ってやってください、と。
ひょい、と熊の上に乗せられてしまった。


僕を乗せた熊は。
それはもう嬉しそうに、神殿中を駆け回ったのだった。

僕はただ、転がり落ちないよう、必死に、走り回る熊の背中にしがみついていただけであった。


*****


しばらくしたら。
熊の暴走は、ピタッと止まった。


目を開けてみると。赤茶色の髪の裸の青年にしがみついていた。
裸の男の上に乗っているのはアレなので、慌てて降りた。

赤毛の巨大熊は、やはり間違いなくレナートだったのだ。


「た、大変申し訳ありませんでした……!」

レナートは、四つん這いの状態のまま、俯いて。
耳まで真っ赤になっている。

全裸である。
ぶらぶらさせてないで、早急に、服を着て欲しい。


何だかわからないが。
突然、背中に人を乗せて走り回りたい、という衝動に駆られたのだろう。

まあ、若さゆえのあやまちというなら、しょうがない。
坊やだからさ。


「次は、私にも乗ってくださいますよね!?」
異様にテンションの上がっているユリアーンの声に振り向くと。

ユリアーンは、いそいそと神官服を脱いでいた。

若僧を叱ったくせに。
何をしているのだろうか、この494歳は。


ユリアーンは、オレンジがかったたてがみも立派な、大きなライオンになっていた。

……何故、頬を舐めるのだろうか。
親愛の印だろうか。

味見だったらやめて欲しい。味見でなくてもやめて欲しい。
ライオンの舌は、肉を骨からこそげ落とすためにざらざらしているので。


さあ、ここにお乗りなさい! とばかりに背中にしっぽを振っている。

グルグル鳴いてるんだけど。
こ、怖い。

鼻に皺を寄せてないので、威嚇ではないだろうが。


大きなライオンの背に跨って。
恐る恐る、鬣を掴んだ。

しかし、ライオンは熊のように走り回らず、優雅に歩いている。
足音が響かないのは、肉球のせいだろう。

肉球ぷにぷにしてカワイー、とか言ってる場合では無い。


肉食獣の肉球は、獲物に気付かれず忍び寄り、急所に喰らいつき、確実に仕留めるためのものである。


*****


何故、周囲の神官達は、そんなに羨ましそうな様子でこちらを見ているのだろうか。
乗られたい願望でもあるのか。

それとも、ライオンになったユリアーンに乗りたいのだろうか。
それならいつでも代わってくれて構わない。

本人ユリアーンはご機嫌のようだが、ライオンの背中は熊の背中に比べると乗り心地がいまいちだと知った。
歩く度に、背骨がお尻にゴリゴリ当たるのだ。


ふとレナートの様子を見ると。
恥ずかしそうに、脱ぎ散らかしたような状態になっていた服を身に着けているところだったので、見なかったことにする。

武士の情けだ。武士ではないが。

ビリビリ破れるような音がしたが、破れたわけではなかったのだろうか?
マジックテープみたいなので布を張り合わせているのか?


どうやら、騒ぎを聞きつけたのか。
イリヤが神殿に来た。

「ああっ! ユリアーン殿、ずるい! 私も乗っていただきたいのに!」


……イリヤ、お前もか。
どいつもこいつも、人を背中に乗せたい願望があるのだろうか。

良識がありそうなユリアーンとイリヤですらこの有様では、若いレナートがはしゃいでしまっても仕方ない。
そう思うことにした。


……いや、イリヤも神父みたいな服を脱ごうとしなくていいので。
ステイ!


*****


「この騒ぎは何事か!」
と、ヴァルラム王までもが駆けつけてきた。


獣人の誇りはどうした、馬じゃあるまいし、と。
レナートとユリアーン、イリヤを叱りつけた。

馬の獣人はいないのだろうか? いたら失礼ではあるまいか。

しかし、さすがに王様は人に乗られたいとは思わないのだろう。
ほっとした。


イリヤはまだ乗っていただいてないのに! とがっくりしていた。
全く反省していないようだ。

変化したところだったので、見られたが。
イリヤは青みがかった、灰色の豹だった。異世界の豹はカラフルだ。

毛並みも良かった。
あれなら撫で心地が良さそうなので、乗っても良かったかもしれない。


しかし、中身は裸の青年だと思うと、乗る気が削がれるのだった。


*****


とりあえず、少し気持ちが落ち着いた。

成程、彼らは獣人だったのか。と、今更ながら納得した。
実際に見て、ようやく実感できた。

それなら、長い間童貞でいることが難しい、というのもわかる気がする。


半分はケダモノだから。
発情期が来たら即発情ヒートで、理性で抑えることができなくなるのだろう。

人間は一年中発情期というか、いつでも繁殖可能というが。
僕にはそういう、本能から湧き上がってくるような衝動を覚えたことは無かった。


発情期とは、どのような感覚なのだろうか?
興味はあるものの、体験はしたくないな、と思った。

しかし、人を背に乗せたい欲、というのは、発情期とは関係なさそうだが。
どのような欲求なのだろうか?

理性的に見えた彼らが、あれほど興奮してしまうくらいだ。
相当の衝動なのだろう。
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