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智紀

或る男の呟き

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現在、漫画家は絶望的な職業だと思う。
無論、ごく一部の、有名出版社の売れている作家には関係ない話だろうが。

いわゆる中堅以下は、一言で言えば地獄の様相だ。
不況もあるが、出版社が渋りすぎなのである。紙での最低発行部数は5千だが、中堅作家は新人よりも原稿料が高くなっているため、最低部数が引き上げられる。

編集者から、中堅なら4万以上売れないと、などと頭バブルのままの寝ぼけた数字を出された作家もいる。有名出版社の少年週刊誌ですら、1万も売れない作家がいるというこの時代にである。


僕は中堅であったが、web送りになったので原稿料も半分以下という条件を呑み、細々と仕事を貰っていた。
最初は単行本を紙で出ていたものの、次の新刊が電子図書になって、これがある程度、数が出ないと打ち切り、と言われてしまったのである。

1巻は1万5千部で、2巻が出る時に5千増刷したが、2巻は8千しか刷らなかった。意味がわからない。
発売後2ヶ月で9割売れたというのに、すぐに増刷をしないでおいて、それはない。
3巻など、最低部数の5千部である。それでは全国の書店に行き渡らない。欲しいと思ってくれた人でも、本屋になければ諦めるものだ。

よほどのファンでないと、取り寄せてまでは買ってくれない。

ネット書店も、SNSなどで何度も宣伝しないと単行本が出ていることすら気付かれなかったりする。
だが、宣伝しすぎてもうざいと言われる。

どうしろというのか。


出版社は自分が目をかけた作家しか宣伝してくれないものである。

僕のように、固定客がある程度いる作家は、放置されることが多い。
電子図書でも出ているが、1~3巻を紙で買ってくれた人が、4巻目から電子図書で買ってくれるだろうか?
僕なら買わない。

その人のファンで、雑誌から追ってるほどなら買うが。
半額セールでもするべきか。


そのくせ、話題作りのためだけに無駄に多く刷った本を断裁したり、無駄なことをする。
能力のない者に部数を決めさせるなと言いたい。

派遣でなく、社員だと発言力があるから少々な無理も押し通せるのだろう。

面白ければ売れる、という訳でもない。
面白いけど、単行本を買うほどじゃないよね、という作品もある。

不景気なのもあって、皆、財布の紐が固くなっているのだ。


無料で見られるweb漫画が増えたのもある。
タダで読めるものに金を出す層など、そうそういない。いや、ダジャレではなく。

SNSなどで話題になったweb漫画を単行本化、など、大手の仕込みか、よほど運が良いのだろうな、と思う。
即重版! というのは単に最初に刷った部数が少ないのだろうが。


僕の本も、重版かけてくれて宣伝してくれれば、もう少しは売れるだろうになあ。


*****


そんな風に、 憤懣ふんまんやるかたない気持ちを抱えながらも。
一言も言い返せず、 諾々だくだくと条件を受け入れた僕は、打ち合わせを終え、出版社を出た。


打ち切りになるのは慣れている。

しかし、もう新作を考える気力もネタも尽きた。
誰かの心に響く漫画を描きたい、なんて青臭い情熱は、とっくの昔にすりきれて失っている。

高校でデビューして、卒業後から今まで、専業でやってきたが。

漫画家を廃業したとして、40を過ぎた高卒の男に、何の仕事があるというのだろう?
生活リズムもめちゃくちゃだし。体力は皆無で労働には向かない。
おまけにコミュ障、ひきこもり。

そもそも職業漫画家なんて90%以上コミュ障かどこかおかしい人間しかいない。
いくら変人でも、あいつ漫画家だからね、で済むから、僕のような人間には優しい世界ではあった。


新たに他の出版社に投稿しても、年齢ではじかれる。
出版社の多くは若くて体力があり安く使い捨てられる人材を求めているのだ。それで当たればラッキー程度で。

誰かのアシスタントになろうにも、経歴が邪魔をして敬遠される。
自分よりキャリアの長い漫画家だったアシなんて、使いにくいことこの上ないだろう。


不健康な生活のためか、四十代で急死した知人の漫画家も数人いる。
自分もこの先あと何年生きられるかわからないが、貯金も無い中年男に未来などないのは確実だ。


*****


電車に乗る気もなく、だらだら歩いて。
串カツ屋やら怪しげなアジアン料理やらの並ぶ学生の多い通りを抜けて。

僕の足は、何となく川辺に向かっていた。


水の少ない川を、覗き込む。

昔はあちこちに小さい川があったものだが、どんどん埋め立てられて。
残った川すら、四方をコンクリで固められている。

おかげでいなくなった貴重な水棲生物がどれだけいるか。
業者が儲けただけじゃないか。


……ここに落ちても、痛いだけだろうな。
などと自殺志願者のような気持ちで見ていたら。

信じられないものを発見し、己の目を疑った。


実際に、こんな光景を見ることがあるとは。予想外だった。
ドッキリだろうか? それとも幻覚か?
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