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豊穣の祈り

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「あ、そういえば"温室"の調子どうよ? バナナ食べた?」
アドニスに訊かれて。

ゼノンが俺の顔を見たので。
俺が答えた。

「えっと、順調みたい。バナナ美味しかった!」


バナナに大きい種がごろごろ入ってたのには驚いたけど。
原種のバナナってこんな感じなんだな。

でも、甘くて美味しかった。

スイカも、見慣れた甘くて真っ赤なのじゃなかった。
元は、砂漠とか水の少ない地方で水分補給のために食べられてたんだっけ。

あれじゃ確かに水分供給用だ。
甘いと、糖尿になっちゃうもんな。


そういえば現在日本に流通している果物や野菜は、甘く魔改造されたものばかりだった。

遺伝子組み換えとかでなく、コツコツと接ぎ木や花粉を変えたりして。
先人の努力に感謝だ。


「あはは、そりゃ良かった。他にも食べたいのがあれば種とか苗、譲るから言ってね~」

果物を輸出してる国で、種とか苗木って大切なものなのでは。
寛容だ……。

年中暖かいところに住んでいると、心も寛容になるのだろうか。


「ついでにうちの畑にも、豊穣神の祝福を与えてくれると嬉しいな!」
マジ顔だった。

ゼノンから聞いたのかな? いいけど。


「美味しく育ったら送るから!」
「え、ほんと?」

ええ、喜んで祝福させていただきますとも!
そりゃもう!


*****


クロノスの夢を見てから。

水や土神の眷属である水や土の精霊はそこらじゅうにいて。
嬉しそうに舞い踊っているのが見えるようになった。

豊穣神の、あたたかな力。
太陽神から注がれる日差しも。


月神の魂は地上に降りて来ていても、天空にある月は変わらずに優しく柔らかい光で夜の闇を照らしてくれる。

それらを目にして。
みんなが見守ってくれているこの世界を、もっと好きになった。


「病まないように、枯れないように。元気に育って、実ってくれよ」
願いながら水を撒いていく。

花は綺麗に咲くように。
草木は生い茂るように。

樹木は枝を伸ばして、木陰で休めるように。

果実は甘く。
人や動物や虫などによって様々な場所に運ばれて、そこで根付いた種はまた次の生命になる。


あまり遠くに行くな、というゼノンの声で。
はっ、と我に返った。

美味しく実ったらお裾分けを送ってくれるっていうから。
つい、国営農場全部回る勢いで張り切ってしまった。


だって、南国果実、美味しいんだもん……。
まだ食べたことないやつもあるし。


*****


「水やり終わったよー」
農場の入り口で待ってるゼノンたちの元に戻る。


うわ、何やらギャラリーが増えている……。
農場の柵には、見物人が鈴なり状態になってた。

あ、猫族の人だ。はすぐわかるな。


その上、水やりが終わるのを待っていた農夫っぽい恰好の人にはありがたや、とばかりに拝まれてしまった。
俺の中に神様がいるのは確かなので、間違いではないんだけど。

みんなには何て説明したのかな?
これからヴォーレィオ王国王太子妃が豊穣神の祝福を呼び込む魔術をかけます、とか?

でも、見学しても、端で見てればただの水やりじゃない? つまんなくない?


「お疲れ様。ありがとう」
アドニスがトロピカルジュースを手に迎えてくれた。

ゼノンがそれを受け取って、テーブルに置いて。
俺を自分の膝の上に乗せた後に、ジュースのコップを渡された。


「ありがとう」
アドニスと、一応ゼノンにもお礼を言ってジュースを飲む。

ああ美味しい。
ひと仕事したあとの一杯は格別だね。

ひとつまみほど入ってる塩分がまたいいアクセントになってる。


「本当に豊穣神が舞い降りていらっしゃるなんて。びっくりしたよ。魔法でも一部の力をお借りするくらいしかできないのに」
アドニスは、めちゃめちゃ感動してる様子だ。

アドニスにも見えたんだ。
ほとんどこの世界の大気と一体化してるのに。


*****


果物など、作物を主に輸出してるこの国では、獅子神だけでなく豊穣神も主な信仰の対象だ。
その力を借りる魔法は各国随一だったらしい。


「光の粒がくるくると舞い踊るようで、豊穣の女神のようでしたわ……」
レダさんが頬をばら色に染めて、キラキラした目で俺を見た。

ただの水やりなのに。そんな風に見えたんだ。


「うん。何だかすごく神聖なものを見せてもらった感じだね」
アドニスが笑顔で頷いている。

まあ、一応正真正銘、神による祝福だからね。

ちゃんと、目に見える形での御利益もあるぞ。
俺の頭の中はご褒美のフルーツでいっぱいだったけど。

豊穣神に太陽や水、土の神様。みんなが手伝ってくれたから。
絶対、美味しく立派に育つよ。


「果物のかけらが付いているぞ」
セノンが俺の口を舐めた。

ジュースのやつ? ついてたのか、恥ずかしい。
子供じゃあるまいし。


「んん、」
ついでとばかりにキスするなっての。

人前だろうがおかまいなしか!


舌で散々口の中を探られて。
ようやく唇が離れた。

上唇をぺろりと舐める仕草も色っぽい。

「甘いな」
そうだね今飲んだジュースの味だね。って甘いのはゼノンの表情だっての!


そんな顔、他人に見せちゃいけません!


*****


あ。
そういえば、アドニスに加護がついてるか見ようと思ってたんだ。

どれどれ。


おお、やっぱり獅子神だけじゃなく、太陽神の加護も授かってる……。
だからあんなにキラッキラなんだな。

ゼノンと仲良くなったのも必然的か。

ああ、そうか。
ゼノンに足りない部分をフォローする役割だったんだな。


やっぱりここの神様、過保護だよ……。

俺も、ゼノンも。
神様の子供みたいなものだからかなあ?


「ん? 俺の美貌に見惚れてる? いいよ、じっくり見て?」
アドニスは何故か、決めポーズを取っている。

自分の美貌を理解した上でこの態度である。
ちょっとうらやましい。

「いや、学生時代はゼノンとどっちがモテたのかなって」

騎士学校の二大美少年と呼ばれたくらいだ。
モッテモテだったんだろうな。


「俺は見ての通りだけど。ゼノンは男からもモテてたよ」

「ああ、セルジオス王?」
でも、それはフェイクだったんだよな。

「んー、セルジオスだけじゃなく、上級生からも夜這いされてたんだよね。で、最終的に俺と二人部屋になったわけ。ゼノンめっちゃ強いからさ。おかげでよく眠れたよ」
アドニスはからから笑った。

いや笑い事じゃないだろそれ。
っていうか。


「その話、初耳なんですけど!?」
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