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ただいま。

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「……ふにゃ?」


「ああ、目を覚ましたのか」
気が付いたら、ゼノンの腕の中で。

頭を撫でられていた。

どうやら話をしている途中で、突然眠ってしまったようだ。
猫はよく寝るからなあ、で済まされていた。

いや、よく寝るからで済ますな。っていうか、猫族ってみんなそう・・なの?


「夢の中で、クロノスと話してた……」
「え?」


俺は、真剣に勉強をしていた依井に視線をやった。

「依井、叶うなら、今すぐにでも元の世界に帰りたい?」
「はぁ? 当たり前じゃないか。そりゃ、帰りたいよ。家族も心配してるだろうし……」


「わかった。……開け、異世界の扉」
依井の前に、手をかざした。



その言葉通りに。


依井の前に、空間が開いた。

その向こうには、劇の舞台が見えている。
俺達の消えた、あの日、あの時間と繋がっている。


今度は歪まない。
時間神おれの力で繋げたから。


*****


「嘘だろ、マジで!?」
依井は身を乗り出して、開いた空間の向こうを見ている。

「望むなら、身体の時間も、あの時に戻せるけど……」


今、依井は20歳の身体だ。
このまま戻ると、さすがに違和が生じるかもしれない。

依井は首を横に振った。
「いや、ここでの経験を、全部無かったことにしたくない。嫌な事ばっかじゃなかったから。それに、イヌミミのイケメンが消えたことを説明するにはが必要だろ? ……黒野は帰らないの? 六さんは?」

「徳田さんは、後で聞くから大丈夫。俺は……元々、こっちの人だったみたい。だから向こうへは戻らない。家族によろしく」


依井は意味ありげににやりと笑って。
「……わかった。黒野の家族には、異世界でイケメンな王子様とイチャイチャ幸せにやってるって伝えとくな!」
「ちょ、おま、余計なことは言わなくていいから!」

「あはは、じゃあ、黒野、ゼノンさん、六さん。タキさん、ノエさん。皆、ありがとう!」
そう言って。

依井は、開いた空間に飛び込んだ。

笑顔で。
あっけないほどあっさりと。


「……さよなら、依井。ありがとう。元気でな」

会えて嬉しかったよ。
俺の友達。

もう二度と逢うことはないだろうけど、どうか、元気で。

「扉よ、閉まれ」
万一のことがないよう、すぐに空間を閉じた。


俺は寂しくないから。
もう”耳無”をこの世界に送るのは、終わりにしてほしい。

死ぬ運命だった人を連れてくるのはいいアイデアだと思うけど。
どうせ送るなら、見た目とかが変わらないような世界にしてあげて欲しい。


言葉だけじゃなく見た目も違うと、色々と大変なんだから。


*****


突然のことに、目を丸くしてる徳田さんにも、訊いてみる。

「徳田さんは? お兄さんも生きてたわけですけど……元の時代に帰りたいですか? お望みであれば、依井と同じ時間でも」

「……いや、前にも言ったが、自分はここで骨を埋めるつもりだ。今更新しい生活を始める気にもならないし、まだ面倒をみないといけない生徒もいるからなあ」

徳田さんは採点済みのノートを指差して。
思わせぶりに笑った。

それは……、不出来な生徒で申し訳ない。

全ての生き物の言葉を理解できても、さすがに人間の考えた文字までは読めなかったんだよな。
そこまではチートじゃなかったか。


「……な、何が起こったんだ……?」
さすがにこの展開に着いて行けずに驚いているゼノンに、教えてやる。

「俺ね、時間神の生まれ変わりだったみたい。で、ゼノンは月の神様で。大好きだった俺のことを、神としてのほとんどの力を失ってまで転生して。俺……時間神のいる異世界へ迎えに来てくれたんだって」
異世界の扉を開くのは、全能神が手伝ってくれたんだけど。

「時間神……クロノスの生まれ変わり……? スオウが?」
「うん。だから、俺のことを異世界から連れてきたこと、気に病まなくていいんだ。異世界で眠ってたクロノスの魂を、連れて帰ってきてくれたんだから」


元の世界のほうが恵まれてるように思えただろう。
ゼノンはいっそ、自分があっちに残ったほうが俺のために良かったのでは、って悩んでた。

でも。
向こうで俺は、早く家を出たいと思ってた。

と、漠然と感じてたんだ。

本当の、俺がいるべき場所は、こっちだったんだ。
ゼノンのいるこの世界が、俺の居場所。


「ありがとう、迎えに来てくれて」


*****


クロノスに見せられた過去の記憶を、ゼノンに話した。

「俺は、月狼だったのか……、」
「天空の月はそのままに、残りのほとんどの力を使って転生したんだ」

狼神の守護する、この国に。
月蝕も偶然なんかじゃなく、生まれ変わる時、実際に月は姿を消したんだ。


神様の愛し子。
ゼノンは本当に、神の祝福を受けて育って来たんだ。

生まれながらに持っていた才能に溺れたりしないその気質も愛されていた。


そして、俺も。
多くの神々、この世界の全てが、帰りを喜んでくれている。

神様、かなり過保護すぎると思うけどね。


「……おかえり、俺の可愛い子猫」
ぎゅっと抱き締められた。

そういえばこの青い目、子猫の目だったんだな。

何でクロノスだけ赤ちゃんの姿だったんだ? 末っ子だからだろうか。
ってことは月神はロリ……。

まあいいか。

俺の夢の中では美青年だったし。
999歳くらいだろうし。


「ただいま、俺の大好きな狼」

俺も。
ゼノンを力いっぱい抱き締め返した。


*****


気まずそうな咳払いの声で、はっと気づいた。

徳田さんだけじゃなく。
俺とゼノンの警備として、タキとノエもいたんだった。


「まあ、普通ではないと思ってましたが……」
「まさか時間神の生まれ変わりだとは思いませんでしたね」
タキとノエはそんなに驚いてはいないようだ。

今まで色々びっくりなことが起こりっぱなしだったからかな?


「神様でも文字は読めないもんかね?」
徳田さんは苦笑している。

「んー、神様も人の文字までは興味がないみたい。たぶん望めば一瞬で覚えられるんだろうけど。できれば自分で覚えたいから、もう少し俺の先生でいてください」

覚えるのが遅いのは、俺の問題だ。
英語も苦手だったもんな。

「まあ断る理由は無いわな。飯は美味いし好待遇で申し訳ないくらいだ。まだ畑の面倒もあるし。気長にやろうじゃないか。ただし、このジジイが死ぬまでには覚えてくれないと困るがね」
徳田さんはからから笑っている。


身体が怠けるという理由で、家の庭に畑も作ってた。
70になってもしゃんとしてるのはそうやって毎日細々と働いてるからかも。

焼野原だったっていう戦後の日本が復興したのは、そんな曽祖父や祖父世代が頑張って来たからじゃないかな?


俺も、なるべく神の力クロノスに頼らないよう頑張らなくちゃ。
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