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二年半もの時間

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「お待たせ! イケメン・参・上☆」

依井よりいが、髪も顔もさっぱりした様子で風呂場から出て来た。
髪は、風呂付きの使用人に切ってもらったらしい。耳が隠れるカットなのは、思いやりかな……。


元々、満場一致でロミオ役を抜擢されるほどのイケメンだったからか。
そうやって貴族っぽい恰好をして髭を剃って 身形みなりを整えれば、さっきの野人みたいな男とはまるで別人に見える。

真っ黒に日焼けしてるのも、ワイルド系王子のように見えなくもない。

その変身ぶりに。
一緒についてきてた近衛騎士のデメトリだけでなく、ゼノンも驚いているようだ。


*****


さっき、やっとレオニダス王の近衛騎士の名前を知った。

近衛騎士はデメトリっていう名前で、レオニダス王より一つ上。乳兄弟なんだとか。
だから近衛騎士なのに、何かあるじに対して遠慮がない感じがしたんだ。

レオニダス王より背が低くて細身だけど。
ゼノンが言うには、黒騎士じゃないのが不思議なくらい、強い騎士らしい。

何となく、抜け目のなさそうな人って印象だ。


「では、ご友人のお支度も済んだようですので、こちらへ」
デメトリが食事会をするための晩餐館に案内してくれるそうだ。

VIP専用、食事のためだけの建物があるのか……。
さすが王様の城。

レオニダス王は先に行って、会の準備をするって言って張り切ってた。
王様が、自分で用意するの……?


依井はゼノンの隣を歩いている。
俺は当たり前みたいに抱えられたままだ。

依井の入浴タイムを待ってる間は降ろしてもらって、壁の絵とか見てたんだけど。
うっかりカーペットに踵が引っかかって顔から転びそうになった。

転んでもカーペットはふかふかだったし、別に怪我なんてしないだろうに。

俺が転んで顔をぶつける前にゼノンが支えて。
デメトリまで慌てて駆けつけて来てた。

メチャクチャ反応早かった。


それで、危ないから歩くなって、問答無用で抱き上げられたのだった。
俺のツガイは、超がつくほど心配性だからな。仕方ない。

もうこの状態がデフォルトだと思うことにしている。

そもそもハイヒールなんて履かなきゃいいんだけど。
用意された靴がこれしか無いんだもん。


*****


依井が伸びをしながら。
「ふぃ~生き返った~。あったかい風呂なんて二年半ぶりだよ!」


湯船に浸かったらお湯が真っ黒になりそうだったからって、大分遠慮なくゴシゴシ洗われたとか。
他人に身体を洗われて、よく平気だな……。

俺は着替えとかほぼ全部ゼノンがやってくれちゃうけど。
ツガイだからいいんだ。


「……え、二年半も風呂に入ってなかったの?」

「うん、多分。ここに来てからそのくらい経ったはずだよ」
依井は人買いに攫われて農家に売られた日から毎日ずっと、寝床の柱に傷をつけて日数を数えてたらしい。

そうか。
こっちにも暦があることすら知らなかったんだもんな……。


二年半も、あたたかいお湯で身体を洗えないような生活をしてたんだ。
ご飯もちゃんと食べられてたか、わかったもんじゃない。

つらかっただろうな。
俺なんて、ここに来てからずっと上げ膳据え膳でお姫様扱いだったのに。申し訳なくなるじゃないか。


「……あれ? でも。俺がここに来てからまだ、半年も経ってないんだけど……」
半年どころか、一か月も経ってない。

「ええっ、俺が黒野のファーストキス泥棒の後を追い掛けたの、確かに二年以上前のことだよ!?」

おい。
何であれが俺のファーストキスだったって知ってるんだよ!?

童貞臭がしてた? ほっとけ! 同情して損した。


*****


二年半、か。
確かに髪も髭も伸びてたし、そのくらい経過してそうだったな。


徳田さんも、だいぶタイムラグがあったけど。
何でこんなにがあるんだろう。

徳田さんの場合は、撃墜された時の爆発の勢いっぽいけど。
依井はこの世界に正式に招かれた訳じゃないから、時空が歪んで過去のカルデアポリに来ちゃったのかな?

でも、こうして生きてる内に逢えたんだから、運が良かったんじゃないかな。

レオニダス王が国中を探してくれたお陰だ。
改めてお礼を言わなきゃ。


「それにしても。二年半もこっちにいたのに、ひとっことも言葉覚えなかったのかよ?」

全く言葉が通じないってどういうことだ。
自力で辞書とか作って言葉を覚えて、仙人って呼ばれるようにまでなった徳田さんを見習ってほしい。


依井は髭を剃ってすっきりした顎に人差し指を添えてウインクし、決めポーズをとった。

「自慢じゃないが、俺の成績は下から数えたほうが早いぜ?」
本当に自慢にならなかった。

もちろん、そのままゼノン達に訳してあげた。

俺の成績?
ご想像にお任せします……。


「ところで黒野、どうしてそんな面白可愛い姿になったん? 何でこっちの言葉わかるの?」

「面白い言うな。俺も最初、言葉がわからなかったんだけど。……あ、こちら、ヴォーレィオ王国王太子のゼノンな」
ゼノンを示して。

「あ、王子様だったんだ。どうも」
依井がぺこりと頭を下げて、ゼノンは静かに頷いた。


万が一にもそいつは恋敵にはならないから。
視線で威圧するのやめてあげて。


*****


「このゼノンと俺は、運命の相手ってやつだったらしくて。神様が十年に一度開くお見合いの儀式の時に異世界と繋がって、お前も見たようにゼノンが俺を迎えに来たわけなんだけど。……えっと、”ツガイの儀式”をした次の日に猫耳が生えて、こっちの言葉がわかるようになってた」

オマケにいつの間にか呪い……いやおまじないが使えるようになってたんだけど。
それは言わなくてもいいか。


「え、マジで? じゃあ俺もこっちのチャンネーとパツイチヤったらワンナイト異世界カーニバルなわけ?」

微妙な業界用語使うな。
訳さないからな!?

えっちしたって言うの恥ずかしいから、”ツガイの儀式”ってぼかしたのに! 何でそういう方面だけやたら勘が良いんだよ!?


「いや、わかんない。何しろ他に前例がなくてさ。俺とゼノンが運命のツガイってやつだったから、こっちの世界に対応可能なふうに変化したのかもしれないし」

俺達だけのレアケースだったら、どんだけ神様からサービスされてるんだよって感じだけど。
俺にも理由がわかんないんだ。
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