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異世界の知識
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「ええと、すまない」
ゼノンが手を挙げて。
交互に、俺と仙人を見た。
「つまり、二人は同じ国の生まれだということでいいのか?」
俺は普通にしゃべってても、ゼノンにも通じたけど、徳田さんが日本語で話してる言葉は理解できなかった。
俺が話していた内容を総合して、そう判断したようだ。
「うん。国は同じ、日本だった。でも、だいぶ時代が違うみたいなんだよね……」
終戦したのは75年前。
大正15年生まれなら、90歳以上のはずだし。そこまでの年齢には見えない。
「仙人さん……お名前は? 俺は黒野蘇芳、17歳、墨田区民です」
「墨田区! 近いな。自分は徳田 六郎太という。こちらじゃ名前を憶えてもらえなくて困った。ここへ来て、50年は経つが。三社は再開したか?」
「三社祭なら、まだ盛況ですよ」
徳田さんは70歳なのか。
と、いうことは。
えーと、25年ずれてるんだ。ここは時間の流れ方が違うのかな?
*****
「黒野君。君と会えて良かった。気になっていた、日本の未来の話も聞くことができた。潔く自決するべきかと悩んでいたが。いつの日か日本へ帰ることか、同郷の者に会える日が来るだろうと諦めず、生きていて良かった……」
泣きながら手を握られて。困ってしまう。
俺は学校で習ったりして知ってることを話しただけだし。
そんなに感謝されるほどのことはしてない。
徳田さんは、家とか家具とかも自作して、異世界で50年も暮らしてきたんだ。
凄いなあ。立派だと思う。
俺はゼノンに連れられてきたけど。
徳田さんみたいに知らないうちに移動していて、言葉も通じない状況だったら。どうしただろう。
どっかで野垂れ死にしてそう。
「徳田さんは、撃墜されて命を落とす運命だったのを、神様がもったいないと思ってこっちに連れてきたんだと思います。……他の世界にも、そうやって助かった人がいるかもしれません」
そうだったらいいな、と思う。
「……ありがとう。そう言ってもらえて、今までの人生は決して無駄ではなかったのだと。海に散ったと思っていた仲間も、自分と同様に命が助かっている希望を得て、大分気が楽になった」
皺だらけの目に、涙が見えた。
俺と話したことで気が楽になったなら、よかった。
ゼノンは徳田さんと何か話して。
お礼を言って、手土産を渡していた。
どっちも同じ言葉に聞こえると思ったけど。
ゼノンと話している時、徳田さんはちょっとカタコトっぽくて、ゼノンはゆっくりとやさしい言葉で話しているのに気付いた。
わかりやすく話してるんだ。優しいなあ。
*****
ゼノンが子供の頃、社会勉強という名目で国内を見て回っていたそうだ。
その時、鉱山でアドバイスをしていた徳田さんと偶然知り合って。
それ以来、自分の周りの人間と考え方の違う”仙人”に、時々相談に乗ってもらっていたらしい。
徳田さんの事を、最初は他の大陸から流れてきた人かと思ってたけど。
詳しい話を聞いている内に、恐らく異世界の人間だろう、と気付いたらしい。
まさか、俺と同じ国とまでは思ってなかったけど。
もし万が一、同じ世界の人だったらお互い会いたがるだろうと思って、ツガイを紹介するってことで連れてきたって。
期待させておいて違ってたら悪いと思って、ギリギリまで黙ってたんだとか。
本当に、色々気遣って。
俺のことを大事にしてくれてるんだ。
「ゼノン、ありがとう。徳田さんと話ができて良かった。嬉しいよ」
「……そうか。喜んでくれて嬉しい」
ゼノンが照れて耳をぴるぴるさせてるのを見て、徳田さんが吹き出していた。
猫耳のせいか、ツガイになったせいか何故かわからないけど。
こっちの言葉はわかるようになった。
でも、こっちの文字は読めないんだと話したら。
徳田さんが、自分が作ったっていう辞書を渡してくれた。
「では、これを進呈しよう。自分にはもう必要のないものだ。黒野君が役立ててくれたら、作った甲斐もある」
もう捨てようと思ってたって言うけど。
その手書きの辞書は、すごく大切にしていた物だというのがひと目でわかった。
分厚い冊子だ。黄色くなった紙も多いし、紙も貴重だったんだろう。
几帳面そうな整った字。
カタカナ交じりの古い日本語で書かれている。
漢字も、今と違うものも多いようだけど、何とか読めなくはないかな。
会話では、そう違和感はないけど。
75年っていう歳月は、生活だけじゃなく、言葉とかも色々変化するもんなんだな、と実感する。
「貴重なものを譲っていただいて、ありがとうございます! 大切に使わせてもらいますね」
「ああ、使い終わったら我が家の家宝にしよう」
ゼノンの言葉に、徳田さんが笑った。
言葉がわかるとか。
猫族になったことも。この世界では、かなりチートなのに。
俺は、自分がとても恵まれている状況だったという自覚がなかった。
ありがたくこの辞書を使わせてもらって。
頑張って、こっちの文字を覚えよう。
*****
まだまだ話をしたそうだったけど。
自分にも生き甲斐が出来た、生きてるうちに是非また顔を出してくれ、と言われて。
笑顔の徳田さんに見送られ、”仙人の家”を後にした。
「あのように嬉しそうに笑う”仙人”を見るのは初めてだ」
鉱山でのアドバイスとか、異世界の知識で助かったこと。
色々な功績があるので、褒章として爵位のようなものを用意して、広い土地を与えようとしても。
彼はあの場所から動こうとしなかったらしい。
金銭に執着せず、達観したような感じで。
だから仙人って呼ばれてたんだ。
相談すると、中立的な立場で応えてくれるので、何かあれば相談しに行ったって。
親よりも信頼してるとか。
お礼は金品でなく、あまり高級でない食べ物にしていたようだ。
その方が喜んでくれるから。
そうやって、度々質素な生活をしている徳田さんの様子を見に行って。
差し入れしてたんだろうな。
ゼノンはやっぱり優しい。
ゼノンが手を挙げて。
交互に、俺と仙人を見た。
「つまり、二人は同じ国の生まれだということでいいのか?」
俺は普通にしゃべってても、ゼノンにも通じたけど、徳田さんが日本語で話してる言葉は理解できなかった。
俺が話していた内容を総合して、そう判断したようだ。
「うん。国は同じ、日本だった。でも、だいぶ時代が違うみたいなんだよね……」
終戦したのは75年前。
大正15年生まれなら、90歳以上のはずだし。そこまでの年齢には見えない。
「仙人さん……お名前は? 俺は黒野蘇芳、17歳、墨田区民です」
「墨田区! 近いな。自分は徳田 六郎太という。こちらじゃ名前を憶えてもらえなくて困った。ここへ来て、50年は経つが。三社は再開したか?」
「三社祭なら、まだ盛況ですよ」
徳田さんは70歳なのか。
と、いうことは。
えーと、25年ずれてるんだ。ここは時間の流れ方が違うのかな?
*****
「黒野君。君と会えて良かった。気になっていた、日本の未来の話も聞くことができた。潔く自決するべきかと悩んでいたが。いつの日か日本へ帰ることか、同郷の者に会える日が来るだろうと諦めず、生きていて良かった……」
泣きながら手を握られて。困ってしまう。
俺は学校で習ったりして知ってることを話しただけだし。
そんなに感謝されるほどのことはしてない。
徳田さんは、家とか家具とかも自作して、異世界で50年も暮らしてきたんだ。
凄いなあ。立派だと思う。
俺はゼノンに連れられてきたけど。
徳田さんみたいに知らないうちに移動していて、言葉も通じない状況だったら。どうしただろう。
どっかで野垂れ死にしてそう。
「徳田さんは、撃墜されて命を落とす運命だったのを、神様がもったいないと思ってこっちに連れてきたんだと思います。……他の世界にも、そうやって助かった人がいるかもしれません」
そうだったらいいな、と思う。
「……ありがとう。そう言ってもらえて、今までの人生は決して無駄ではなかったのだと。海に散ったと思っていた仲間も、自分と同様に命が助かっている希望を得て、大分気が楽になった」
皺だらけの目に、涙が見えた。
俺と話したことで気が楽になったなら、よかった。
ゼノンは徳田さんと何か話して。
お礼を言って、手土産を渡していた。
どっちも同じ言葉に聞こえると思ったけど。
ゼノンと話している時、徳田さんはちょっとカタコトっぽくて、ゼノンはゆっくりとやさしい言葉で話しているのに気付いた。
わかりやすく話してるんだ。優しいなあ。
*****
ゼノンが子供の頃、社会勉強という名目で国内を見て回っていたそうだ。
その時、鉱山でアドバイスをしていた徳田さんと偶然知り合って。
それ以来、自分の周りの人間と考え方の違う”仙人”に、時々相談に乗ってもらっていたらしい。
徳田さんの事を、最初は他の大陸から流れてきた人かと思ってたけど。
詳しい話を聞いている内に、恐らく異世界の人間だろう、と気付いたらしい。
まさか、俺と同じ国とまでは思ってなかったけど。
もし万が一、同じ世界の人だったらお互い会いたがるだろうと思って、ツガイを紹介するってことで連れてきたって。
期待させておいて違ってたら悪いと思って、ギリギリまで黙ってたんだとか。
本当に、色々気遣って。
俺のことを大事にしてくれてるんだ。
「ゼノン、ありがとう。徳田さんと話ができて良かった。嬉しいよ」
「……そうか。喜んでくれて嬉しい」
ゼノンが照れて耳をぴるぴるさせてるのを見て、徳田さんが吹き出していた。
猫耳のせいか、ツガイになったせいか何故かわからないけど。
こっちの言葉はわかるようになった。
でも、こっちの文字は読めないんだと話したら。
徳田さんが、自分が作ったっていう辞書を渡してくれた。
「では、これを進呈しよう。自分にはもう必要のないものだ。黒野君が役立ててくれたら、作った甲斐もある」
もう捨てようと思ってたって言うけど。
その手書きの辞書は、すごく大切にしていた物だというのがひと目でわかった。
分厚い冊子だ。黄色くなった紙も多いし、紙も貴重だったんだろう。
几帳面そうな整った字。
カタカナ交じりの古い日本語で書かれている。
漢字も、今と違うものも多いようだけど、何とか読めなくはないかな。
会話では、そう違和感はないけど。
75年っていう歳月は、生活だけじゃなく、言葉とかも色々変化するもんなんだな、と実感する。
「貴重なものを譲っていただいて、ありがとうございます! 大切に使わせてもらいますね」
「ああ、使い終わったら我が家の家宝にしよう」
ゼノンの言葉に、徳田さんが笑った。
言葉がわかるとか。
猫族になったことも。この世界では、かなりチートなのに。
俺は、自分がとても恵まれている状況だったという自覚がなかった。
ありがたくこの辞書を使わせてもらって。
頑張って、こっちの文字を覚えよう。
*****
まだまだ話をしたそうだったけど。
自分にも生き甲斐が出来た、生きてるうちに是非また顔を出してくれ、と言われて。
笑顔の徳田さんに見送られ、”仙人の家”を後にした。
「あのように嬉しそうに笑う”仙人”を見るのは初めてだ」
鉱山でのアドバイスとか、異世界の知識で助かったこと。
色々な功績があるので、褒章として爵位のようなものを用意して、広い土地を与えようとしても。
彼はあの場所から動こうとしなかったらしい。
金銭に執着せず、達観したような感じで。
だから仙人って呼ばれてたんだ。
相談すると、中立的な立場で応えてくれるので、何かあれば相談しに行ったって。
親よりも信頼してるとか。
お礼は金品でなく、あまり高級でない食べ物にしていたようだ。
その方が喜んでくれるから。
そうやって、度々質素な生活をしている徳田さんの様子を見に行って。
差し入れしてたんだろうな。
ゼノンはやっぱり優しい。
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