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見知らぬ場所で

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『アドニス。何か用か?』
俺をお姫様抱っこした男が何か問いかけるように言って。

『何か用か、じゃないだろ。お前の後を追って、突然姿が消えたと思ったら、今、俺の目の前に現れたんだ! びっくりした。……その綺麗なお嬢さんは?』
声を掛けてきた男が答えている。


『お嬢さんではない。は俺の運命の相手ゼーヴゴスだ。どうやら別の次元にいたらしいので連れてきた』
『はあ? 男の子!? 運命の相手? 別の次元って……どういうことなんだ。まだ子供じゃないの? まさか無理矢理連れ去って来たのか?』
『ちゃんと贈り物も受け取ってくれた。結婚成立だ』

どうやら二人は口論してるようだ。

俺のわかんない言葉で会話しないで欲しいんだけど。
でもって、いつまでも俺のことお姫様抱っこしてないで降ろして。

学校に返して。
返却期限は今日、今すぐです。


帰りたいんだけど!


*****


二人が話してる言葉はさっぱりだけど。
とりあえず、俺をお姫様抱っこしてるのがゼノンで、もう一人の美形がアドニスという名前らしいのはわかった。


それにしても。
あのもふっとした房のついたしっぽ、どっかで見たことあるんだよな。

何だっけ……。

「あ、わかった! ライオンだ!」
そうだあれ、ライオンのしっぽじゃん。

あースッキリした。

『ん? 俺のこと呼んだ? 俺ってばそんなに有名なのかな? でも残念。発音が惜しいなぁ。俺の名前はライオンじゃなくて、レオンだよ。アドニス・レオン』
俺の顔を覗き込んできて、嬉しそうな顔をしてる。

キラッキラした美形だなあ。
いや、別にあんたの名前を呼んだんじゃなかったんだけど。

派手な美形は偶然にも、レオンっていう名前だったらしい。
ライオンとレオン、確かに似てる。

だからライオンのコスプレをしてるのかな?


『レ・オ・ン』
いや、口元に指をあててゆっくり言ってくれなくても、それくらいはわかるし。

どうやら名前を復唱して欲しいみたいだ。
しょうがないな。

「あ、はい……、レオン、さん?」

『よく言えました。でも、俺のことはアドニスって呼んでいいよ? 特別に。ほら言ってみて? ア・ド・ニ・ス』
何か、今度はアドニスって呼べって言われてるような気がする。

レオンが名字で、アドニスが名前だったのかな?
それとも逆で、親しくもないのに名前で呼ぶなってことかな?


……ん?
アドニスは、俺の上の方に視線をやって。急にやべっ、ていうみたいな気まずそうな顔をした。

感情がそのまま顔に出るタイプなようだ。

それで、ふと上を見ると。
ゼノンが物凄く不機嫌そうな、ムッとした顔をしてた。

さっきまで笑顔だったのに。

お姫様抱っこしたまま立ち話してたから、疲れたのか?
重いなら降ろしていいよ?

っていうか、とっとと降ろせ。


『お前はお前の嫁を、さっさと探せ』
吐き捨てるように言って。

ゼノンはアドニスに背を向けて、早足で歩きだした。


*****


道路標識とか道案内なんかなく、延々と、白い壁が続いている。

迷路みたいに見えるのに、迷いのない足取りで歩いていく。
慣れた道なのかな?

それにしても。

「あの、いい加減、降ろしてくれないかな……」
話しかけても、ゼノンはムスッとしたままこっちを見ない。


細身に見えても、俺だって170センチはある男だ。
お姫様抱っこなんてしてたら、さすがに重いだろうに。

腕とか疲れてないのかな。
疲れたら降ろしてくれてもいいんだぞ。今すぐにでも。


そうこうしている内に。
迷路みたいな白い壁の一帯から抜け出したようだ。

白い壁を抜けたら、西洋風の街並みが見えた。
雰囲気的に、日本っぽくない。スペイン村とかドイツ村とか、そういう感じ?

……いやいや、だからさあ。
ここ、どこなんだよ。

さっきまで日本の、東京の、学校にいたはずなのに!
テレポート? そんなファンタジーな。


『結婚おめでとうございます!』
獣耳をつけた外国人がわらわらと寄ってきて。

俺の頭にベールみたいな布が掛けられた。
何これ。

皆が、手に持ってる籠に入った花びらを振りまいている。

『お幸せに!』
『幸せな人生を!』

皆、やたら嬉しそうで、にこにこしてるんだけど。
何なんだ……?


全員、獣耳にしっぽ、昔の西洋人みたいなコスプレしてるし。
地域をあげてのイベントでもしてるのかな。

屋台とか出てるっぽいし。
お祭りみたい。

……看板の文字も見たことのない、記号みたいな字だ。

喋ってる言葉もさっぱりわかんないし。
わかったのは、こいつとさっき会ったやつのの名前くらいで。

もう、いい加減イライラしてきた。


どこなんだよ、ここ!?


*****


ゼノンは俺をお姫様抱っこしたまますたすたと歩いていって。

街の出入り口っぽい所に行ったら、そこには馬車が数台停まっていた。
リアル馬車なんて、初めて見たかも。

馬の手綱を持っている人は皆、同じような制服を着てる。従者……いや、御者だっけ? 馬を操る人かも。


『今戻った』
ゼノンは、並んでいる馬車の中でも、際立って大きくて豪華な馬車に乗っていた御者に声を掛けた。

『はっ、殿下、お帰りなさいませ。その方が殿下の花嫁になられるお方ですか?』
『そうだ。城ではなく”離れ”へ向かえ』

『”離れ”ですか? ……承知いたしました』
御者は馬車の扉を開けた。

ゼノンは俺を抱いたまま、馬車に乗って。

奥の席に座らせられて。
その横にゼノンが乗り込むと、馬車は走り出した。


馬車が移動手段とか、レトロだな。
内装は豪華で。舗装されてない道を走ってるっぽいのに、揺れをあまり感じない。

これ、観光用の馬車とかじゃないのか?
塗装とか飾りも安っぽくなくて手が込んでる。


「……これ、どこ行くんだよ? 俺のこと、どこに連れてくつもりなんだ?」
正面を向いていた男のマントを引っ張って聞いてみる。

『ゼノン・リカイオス、だ。夫より先に他の男の名を呼ぶとはどういうことだ』

「……は?」


*****


ゼノンは自分の胸の辺りを指差して、もう一度言った。
何だかムスっとした顔で。

『ゼノン・リカイオス』

こいつのフルネーム、だよな?
追従して言えって? ここの奴ら、やたら名前を呼ばせたがるのは何でだ?


「……ゼノン・リカイオス?」
復唱したら。

ゼノンは満足そうに頷いた。
そして、次は俺の胸の辺りを指差した。

『あなたの名は?』

……もしかして、俺の名前を訊かれてるのかな?

「黒野 蘇芳……」
自分を指差して名乗った。


『クロノス? 十三神の名ではないか』
驚いた顔をしてる。

いや、クロノス、なんて何だかかっこいい名前じゃない。
あ、外国人には名前を先に名乗るんだっけ。


「蘇芳。蘇芳が名前。蘇芳・黒野!」

『スオウ?』
頷いてみせる。

『スオウ・クロノ、か。姓があるのなら、貴族だろう。そうでなくとも、儀式で見つけた相手だ、誰も文句は言うまい。……言葉が通じないのは困るが、ゆっくり覚えてもらえばいいか』
微笑みながら俺の頭を撫でている。


だから何言ってんだよ。
日本語で話せ。

もう誰でもいいから、誰かこの状況の説明してくれよ!
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