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異世界に来てしまったわけだが。

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気が付けば、佇んでいた森。

周囲を見回していたら。
大きな男が2人、競うようにこちらに向かって走ってきた。

思わず逃げそうになったが。
笑顔でこちらに手を振っていて、敵意はなさそうなので留まる。

下手に逃げたら、余計刺激してしまう場合がある。
基本的に男は、逃げられたら思わず追ってしまう習性のある生き物なのである。
あと、ゆらゆら揺れるものがあると目が吸い寄せられる、とも心理学者が言っていた。牛みたいな生き物だ。


無論、自分は除外する。
なにしろ人類を超越した美しさなので。


◆◇◆


2人とも、やたら背が高い男だ。
ひとりは190cmくらい、大きいほうは230cmはありそうだな。目算でだいたいの大きさを測るのは得意だ。
顔はけっこう整っていた。俳優か、モデルだろうか?

ちょっと見、人種はよくわからない。
ウルフカットというより乱雑な灰色の髪に紫色の目の、肌の浅黒い男と。
白人っぽい、短く刈った赤茶の髪と緑色の目の大男。

2人は、狩りの途中なのだろうか、獲物を持っていた。
ウサギに鳥、薪に木の実。猟師か?

しかし、灰色髪の男は銃ではなく、弓矢を携帯していた。


そして、2人は緑色のマントをはおっている。
革のブーツに革手袋。西洋ファンタジーに出て来そうな、狩人っぽい格好をしていた。

ウイリアム・テルっぽいが。コスプレなのか? コスプレにしては、妙に着慣れているように見えるが。
森で集まって、コスプレ撮影会とかでも催しているのだろうか? 小物がやたら凝っているな。ウサギも本物っぽい。


『**、*******?』

男に話しかけられたが。
言葉が、さっぱりわからなかった。

今のは何語だろうか?
聞いたことのない響きの言葉だ。


英語でもフランス語でもドイツ語中国語でもなさそうだ。
ロシア語でもないのはわかった。他だと、ちょっとわからないが。


◆◇◆


『ランドルフ』
灰色の髪の男が自分を指差して言った。

ランドルフ? ドイツ語圏で使われるような名前だな?
しかし、さっきの言葉は、明らかにドイツ語ではなかった。俺だってイッヒくらいはわかる。

『バーナード』
赤茶の髪も同じように名乗る。

こっちはアメリカっぽい名だし、見た目もそっち系だが。
英語じゃなかったことは確かだ。


森から見える景色からして、日本の風景とは思えない感じだったが。
まさかここは、日本ではないのだろうか? というような気持ちになってきた。

……では、どこだというのだ。

俺は数分前まで日本は東京都、杉並区の道を歩いていたはずなんだが。
神隠しみたいなものか?


とりあえず話しかけてきた相手は友好的なようなので、自己紹介に応えようと思う。

「山中深月。……ミヅキ」
自分を指差す。

『ミヅキ?』
名をオウム返しされ、頷いてみせると。

コミュニケーションが可能だとわかったのか、2人は破顔した。
第一印象やちょっと見た感じでは、悪い人間ではなさそうに見えるが。


ランドルフは、自分の指先を小刀で切った。
いきなり何をするのかと思ったら。


何とその指を、俺の口の中に突っ込んだのだ。


◆◇◆


「!?」

刃物で傷つけた指を突っ込まれたので、鉄の味がするかと思ったら。
妙に甘い。

これ、血じゃないのか。

何なんだ?
何かのマジックだったのか?


「な、なにをする!?」

『これで、通じるはずだが』
どういうことか。
突然、ランドルフがバーナードに言っている言葉が理解できた。

『本当かぁ?』
バーナードの言っていることも。


「え? あんた達、日本語が理解できたのか?」

『ほら』
『本当だ。すげえなロルフの血』

「????」
言葉は理解できたが、意味がわからない。


ランドルフは俺の方に向き直って、言った。
『君は、異世界から来たんだ。そしてここは、ルクレティア国のメルヴィルって村だ。君の来訪を、心より歓迎する』


「……はあ?」


◆◇◆


よくわからないが、俺は異世界に来てしまったらしい。

ここは、ルクレティアという国で。
あちらに見える雪山がスノーデン、反対側の、教会の塔が見えるのがクレイトンという街。

メルヴィルとは、ここら辺一帯の森と、森の中にある村の名前らしい。
雪をスノウというのか。偶然か、発音が似てるだけなのかはよくわからない。

日本の通学路にいたのが、突然、こんな見知らぬ場所に来てしまったのだ。
信じるしかなさそうだ。


「ところで、ランドルフさん、」

『ランディでいいよ。ミヅキ』
ランドルフ……ランディは人懐っこそうな笑顔で言った。

『おれも、バーンでいいぞ』
バーナード……バーンも。

俺が美しすぎるせいだろうか?
やたら親切である。

男をも惑わすこの美貌。罪だ。


「その……もとの世界に帰る方法とか……知らないか?」

異世界の言葉がわかるようになる術が使えるなら、異世界から人が来るのはよくあることなのかもしれない。
それなら帰る手段も知っているのでは、と思ったのだが。

『ごめんな、それは知らない。俺は自分の血を使って、言葉がわかる魔術ができただけ』
何やらランディの一族に伝わる、秘伝の術らしい。

「そうですか……」
困った。
それなら、ここでどうにか暮らす手段を考えなくては、と悩んでいたら。


『どうだろう。君さえよければ、君のことは俺が面倒をみるよ』
ランディが言って。

『いや、おれが見るから大丈夫だ』
いや俺が、と。

2人は肩を押しのけあいながらアピールしてくる。
何なんだろう。その熱心さは。やはり、俺の美貌は男にまで通用するのか。

「それは、とてもありがたいですけど……」


『間に家を作る、でどうだ?』
『よし』

バーンとランディは何かひそひそ言って。
バーンは急いで走って行った。

『バーンが君のために家を作ると言ってる。ちょっと待ってて』


「……は?」
そんな、すぐにできるものなのか?
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