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狼と熊

ランドルフとバーナード、王命に困惑する

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慈母神アナスタシアより生まれし四人の女神。

慈悲の女神エリノア、歓喜の女神レティシア、繫栄の女神ルクレティア、希望の女神ネイディーン。
四人の女神により、この世界はあらゆる脅威から護られている。


現在、この世界には人間の女性は存在しない。
慈悲の女神エリノアが、この世界から女性を消してしまったのだ。

しかし、女神の加護によって、男同士でも子は生せる。
愛し合う2人には、多く精を出されたほうの腹に卵が宿り、卵から赤子が生まれるのである。


それが当たり前になって、千年が経った頃の話。


◆◇◆


ここは繫栄の女神ルクレティアが守護する国、ルクレティア。
女神の名がそのまま国の名前となっている。

ルクレティアは、国土の大半が豊かな森である。国民のほとんどが狩猟など、森の恵みで生活をしている。
この国には獣人も多く存在したが、人と共存し、穏やかに暮らしていた。


獅子の獣人であるルクレティア国王ライアンは、前王の突然の死により、史上最年少の若い王となった。

新王が最初に下した王命はただひとつ。
繁殖せよ、であった。

国内は、大混乱に陥った。

何しろ、王命である。
国民は、早急に従わなければいけない。それがどんな無茶振りであろうとも。

免除されるのは、すでに複数子を生したつがいか、子を生せぬ病気のある者のみ。

命令に反せば軽くて罰金、悪くて投獄。
まだ伴侶のいなかった若い国民は、大慌てで伴侶を探すことになったのである。


大迷惑な初勅であった。


◆◇◆


険しい雪山スノーデンと、王城近い街のクレイトン。
メルヴィルという村はその間にあった。

メルヴィル村に住む若者であるランドルフとバーナードは、森をとぼとぼ歩いていた。
クレイトンの教会で、王命を聞かされた帰りである。

近隣の各町村から若者が呼び出されて。

16歳から30歳の健康な若者は、ただちに繁殖せよ。
期限は次の春まで。

そう命じられたのだ。


ランドルフは灰色の髪に紫色の目をした浅黒い肌の精悍な男で、狼の獣人である。
そしてバーナードは赤茶の髪に緑色の目をした大男で、熊の獣人だった。
どちらも緑色のマントを羽織って、瞳と同じ色の宝石で留めている。
革の手袋に革の長靴、チュニックに革のベルト、中は黒いインナーと厚手のズボンという軽装だ。

どちらも22歳で、顔立ちは整っている。
村の中、いや、国の中でも上位に入るイケメンといえよう。

ただし、2人とも好みが厳しかったためか、相手はいない。
絶賛伴侶募集中であった。


「どうするよ……」
ランドルフは溜め息をついた。

バーナードと並ぶと小柄で細身に見えるが、ランドルフは身長が190cmほどある、鍛えられた身体つきをした青年である。背には弓矢を装備している。その装備の通り、狩猟を得意としている。


「どうするもこうするもねえな。おれとランディじゃ、子供できる気がしねえしなあ」
バーナードは大きな手で顔を覆った。

バーナードは体格がよく、全身は立派な筋肉に覆われ、身長は約230cmと、国内でも大柄な部類であった。背負子しょいこと籠を背にしている。こう見えて、狩りではなく採取や物作りを得意としているのだ。


お互い独身であぶれ者だったが。
残念ながらお互いまったく好みとは違っていたため、伴侶には向かないのであった。

「っせーな、それはこっちのセリフだっつの、バーン」
ランドルフはバーナードの尻を容赦なく蹴った。

「だよなあ。困ったなあ」
かなりいい音がしたのだが、何のダメージも受けてない様子でバーナードは頷いた。


◆◇◆


2人は幼馴染である。

お互いのいやなところもいいところも知りすぎていて、今更どうこうなりたいとは思えない。
第一、全く好みじゃないので勃つわけがない。

いくら頑張っても今までの記憶が邪魔をして、萎えてしまうこと必至だろうから、チャレンジしてみようとも思えない。

この世界では、からしか、子供は出来ないのである。
そこが一番の問題だった。


「いっそ、伴侶探しの旅にでも出るか?」

ランドルフの提案に、バーナードは首を振った。
「今からか? 狩りの時期だってのに、どこもそれどころじゃねえだろ」

冬に備えて、たくさん獲物を狩らなければいけない。
国中、一番忙しい時期なのだ。

新王も、わざわざこんな時期にそんなお触れを出さなくても……と2人は思った。
春ならば、まだ繁殖にも気が乗れたものを。

全く迷惑な王令であった。


「あ~あ、その辺におれ好みの美人、落ちてねえかなぁ」
バーナードはひょいひょいと籠いっぱいに栗を拾いながら言った。大量の薪も、大きな背中いっぱいに軽々と背負っている。

「そんなのその辺に落ちてたら苦労しないよな、……と」
ランドルフは弓を構え、ウサギを仕留めた。百発百中の腕前である。


2人は教会からの帰り道。
食料などを狩りながら、憂鬱な気分で森を歩いていたのだった。


◆◇◆


「……ん?」


森の中ほど。
広場のように開いた花畑の中に、見知らぬ男が戸惑った様子で佇んでいた。

軽装で、旅行者ではなさそうである。
見たこともない服装だ。異国から来たのだろうか?

日の光を反射して、きらきらと輝くような髪。
色白で、美しい顔をしているのが遠目からでもわかった。

小さくて、細い。
しかも、見たこともないような美人である。

2人の好み、ど真ん中であった。


「……あれって、だよな?」
「おう。間違いない。あれは、だ」
ランドルフとバーナードはお互い視線を交わし、2人にしかわからない会話をして。


競うように、しかし嬉しそうに。
その美しい男のもとへ走ったのだった。
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