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おまけ/バルタサール前日譚

運命と出逢う

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ぐすぐすと、泣き声が聞こえた。

様子を見れば。
小さな子供が、カミナルオンゴを泣きながら叩いているところだった。

あの大きさのカミナルオンゴであれば、草を摘む程度の労力も要らないだろうに。


子供は、ぐしゃぐしゃになったカミナルオンゴを見下ろし、悲しげな顔をして。
異国語で、どうしよう、と言っている。

村の子供だろうか? 茸狩りを命じられたのかもしれない。
5、6歳くらいの子供に見えるが。

カミナルオンゴにすら苦戦するような子供に、そんな無体な真似をさせるとは。
憤り、つい、足元の枝を踏んでしまい。

物音に気付いた子供がこちらを振り返った。


目と目が合った。


その刹那。
生きるのに飽いていた私の身体全体に、血が巡るのを感じた。倦みきり淀んでいた精神も、生き返ってゆく。


不老不死になることを選び、これまで生きてきたことを、心から喜んだ。
そうでなければ、この子に出逢うことはなかったからだ。


*****


象牙のような肌に、柔かそうな黒い髪。
黒い瞳は、涙で潤んでいた。

何としても、その涙を止めてやらなくてはいけない。
私は身を翻した。


あの子に、カミナルオンゴよりも褒められるであろう、何か持たせてやらねば、と。
理由のわからない焦燥に駆られ、必死になって獲物を探していた私の前に、チャンピニョンが現れた。

私はこれ幸いとチャンピニョンを狩り、子供に持たせてやった。
これならば、高く売れるはずである。

子供も、親から叱られはしないだろう。

それに、好意を告げることも出来るのだ。
何という幸運か。

否、これこそ運命の出会いであろう。


子供は、まっすぐに私を見上げ、涙を止めた。
泣き止んだのを見て。心から安堵した。

どうやらこちらの言葉は通じていないようだが。
私の顔を、綺麗だと呟いていた。

今まで己の容姿など気に留めていなかったのだが。
喜びで胸が満たされる。


スデステ村の者のように、悪魔だの魔王だの恐れられず、気に入られたなら何よりである。


*****


私はしばらくの間、子供がカミナルオンゴを狩るのを見守ることにした。


子供も、私がやって来るのを心待ちにしている様子で。
とても嬉しく思った。

初めは、その愛らしい容姿に惹かれたのだが。
家の者のために、健気に茸狩りを頑張っている姿を見て、更に惹かれた。


頭を撫でてやると、照れたように微笑むのが愛らしい。

手触りも良く。
まるで子猫を撫でているようであった。

まだ子供であったが。どうしても、手元に置きたくなった。


エリアスから、チャンピニョンの群生地を聞いて。
正式に求婚しようと考えた。

もし、ふたつめのチャンピニョンを受け取ってくれたら、あの子を城に呼ぼう。
そして、私の手元で何不自由なく育てるのだ。

大人になったら、王都で盛大に式を挙げよう。

ああ、一刻も早く、そうしたい。
私の可愛い子猫ちゃん。


南の領地が大雨で土砂崩れを起こし、畑が水没した、との報せを受け。
南へ行き。
畑を再生した帰りに、チャンピニョンを狩った。

これで準備はできた、と思ったのだが。


しばらく、災害の報告が続き。いつも狩りに行く時間に、しばらく森へ行けず。
あの子は大丈夫なのか心配で、気が気でなかった。

だが、森には今、それほど危険な魔物はいないので大丈夫だろう、と思うことにして自分を必死に誤魔化した。


*****


そして、久しぶりに森へ戻ってみて、驚いた。

私の可愛い子猫ちゃんが、モンストルオリエブレの息の根を止めていたのだ。
少し見ない間に、随分と動きが洗練されている。


声を掛けたら、驚いたようで。
レーチェオンゴを握り潰してしまい、白い汁を散らしていた。

何と淫靡な光景だろうか。


一瞬、幼子おさなご相手に欲情してしまった自分が信じられなかった。
幼児趣味ではないつもりだが。

顔についた汁を拭ってやると。
ありがとう、と。こちらの言葉で喋った。

少しだが、こちらの言葉を覚えたのだという。

まさか、私と話すために?
期待に胸が躍るが。問い詰めるわけにもいかない。


私の可愛い子猫ちゃんは、名を小鳥遊優輝といった。

イセベルの名とは違う響きだ。
海の向こうの国から流れて来たのだろうか?

鷹が居ない場所では小鳥が遊ぶので、小鳥が遊ぶ、でたかなし、と言うのだと、一生懸命に自分の名を説明した。
発音も言葉も未熟だが。それも愛らしく、可愛らしい。

ユウキは優しく輝く、か。
側に居ると、優しい光のようにあたたかく感じる優輝に似合いの名である。


優輝は、私の手からチャンピニョンを受け取り。
ありがとうと言い、嬉しそうに微笑んだ。

これで求婚成立である。


愛らしい婚約者から、バル、と愛称で呼ばれるのも何とも面映く、幸せで。
天に昇るような心地だ。

ああ、これが恋情というものか。何と甘やかで、狂おしい気持ちなのか。
生まれて初めて知った。


重そうなので、家の近くまでモンストルオリエブレを運ぶことを進言した。

そのついでに優輝の家族が住んでいる場所を確認し、可能ならば、そのまま城に連れ帰ろうと思ったのだが。


優輝が住んでいたのは。あの、スデステ村であった。
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