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おまけ/バルタサール前日譚

千年の苦悩

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「アリリオ、今までよく働いてくれた。ゆっくり休むがいい」

私はアリリオの、年老いてすっかり皺だらけになった手を取った。
白濁し、ほとんど光を失った瞳がこちらに向けられる。

「陛下、わたしのような者をお城に置いていただき、最期を看取っていただけるとは。光栄でございます」


70年ほど前に、”魔王”への生贄としてこの城に差し出され。
使用人として召し上げ、出世し、執事になった男は。

皺だらけの顔に涙を滲ませながら感謝を告げ、この世を去った。


これでもう、9人目になるだろうか。
スデステ村からの”生贄”を、こうして看取ったのは。


*****


神は人々が争い自然を破壊することに悲しみ、善神と魔王に身を分かつことになった。
なので、もう争いはしないよう、自然を破壊することがないよう政策を打ち立てたのだが。

他国は何度説得しようが、私欲での争いや自然の破壊をやめることはなかった。


私は、もはや他国とは相容れないと見切りをつけ、国境を魔術の粋を集めた防御壁で隔て、鎖国をした。
だが、そのどさくさに紛れ、イセベルより違法入国してきた集団が、私の領地で勝手に村を作り、保護区である森を開墾しようとしていた。

領地から出て行け、森には手を出すなと言ったのだが。
彼らは逃げるばかりで、話を聞かなかった。


我が国では、殺人を禁じている。
故に、直接手を下すのではなく、彼らの畑の作物を枯らし、森に侵入しないよう魔物化した動物を放つことで、自主的にこの土地から出て行くことを願っていたのだが。

何を考えたか、村の者は私の元に子供を送ってきた。
子供は、”魔王への生贄”として差し出されたのだ。

そして、”魔王”とは、私のことであった。

実際に魔王がこの世に現れたのは、100年ほど前の話である。
私のように不老不死の身でもなければ、魔王がどのような存在であるかを知る者は少ないだろう。

私を魔王と勘違いしたのも、そのせいか。


子供はこちらの言葉を話せなかったので、魔術をかけ、理解出来るようにしてやった上で。
私は魔王ではない、人など食わぬ、帰れと言ったのだが。

自分は生贄に出されたので、帰る訳にはいかない、もはや死ぬしかない、などというので。
城に置いて、下働きの一人として使うことにした。下働きが一人や二人増えたとて、こちらに負担はなかった。


特に豪華でもない、ごく普通の食事を与え、使用人の部屋をあてがったのだが。

それでも、あの集落に居た時よりもずっと幸せだった、と言い残し。
皆、私への感謝を告げ、寿命で死んでいった。

死なせるつもりでこちらに送って来た者だ。さぞ不幸な生い立ちだったのだろう。


その者に免じ、しばらくは集落の作物を枯らし、動物を魔物にするのを中止し、様子を見ていたが。

忘れた頃に農地を広げ、森に手を出そうとしたので、拡げた農地の作物を枯らし、森に魔物を放った。
するとまた、生贄を送って来たのだった。


次の生贄も、私を魔王と思い込み、食われるものと怯えて震えていたが。
事情を話したところ、前の男と同じように、ここに残りたいと言った。


そうして数百年、懲りることなく同じことが繰り返され。
今日、9人目の”生贄”の最期を看取ることとなった。


*****


7人目から、こちらの言葉を話すようになっていたので知ったが。

スールの教会から神官が村に行き、言葉を教えたり物々交換をしたりと交流があるようだ。
スールの村は元々イセベル国民との混血が多かったため、容姿が似ているので心を許したのだろうか。

どういう話の流れでそうなったかは知らないが。
近頃は生贄を、選ばれた勇者だと騙してこちらへ送ってくるようになった。

鍛えれば、それだけ力量がわかるようになるものだ。
私との力の差は、ひと目で理解できたのだろう。

彼らはみな、己が他の村人に騙されていたと悟り、この城に残ることを望んだ。


いい加減、森には手を出してはならないのだと、学習してくれないものか。
スールの神官に交渉を任ずるべきか?

森に手を出さず、農地を広げず、おとなしく暮らすのならば、目を瞑ってやっても良いのだが。

しかし、税を取らねば他の国民から不満が出る。極端な差は嫉妬を生む。嫉妬は諍いの元である。
学びたい者には機会を与えるが、国民は最低限の知識さえあれば良い。

過剰な発展は魔王の復活を早めるという。


そろそろ”本物の魔王”が目覚めてもおかしくない頃だと言うのに。
くだらぬ面倒事ばかりで、心底うんざりする。

王になった責任感だけで政務に明け暮れ、争いの元である隣国との交流を断ち、国を安定させたのは良いが。
何もかもに飽いてきた。

そろそろ誰かに後継を任せ、私も静かに眠りたい。


エリアスは長年私の側近として控えているが。
良く飽きないものだ。

不死を望まなかった妻を亡くし、子も亡くし、家族も多く見送ってきただろうに。


*****


……また、スデステ村の者が森に侵入したようだ。

人除けに、魔物化させた動物を放ってあるが。
弱すぎれば狩られる、強すぎても村人を死なせてしまうため、調整が難しい。


脅すために、竜にでも化けて出れば、怯えて、もう二度と森に立ち入らなくなるかもしれない。
そう考えた私は鎧を身に着け。

森に入り、人の気配がする方へ向かった。
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