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J・J
ツガイと風呂に入る
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「戦争が終わったのはいいが。我が国はまだ復興途中だ。優秀な医者もあまり育たない。打つ手がなく、見殺しにする形になった両村の者達にも申し訳ないと思っている」
レシフ・ヴィラージュで医療魔法の効かない高熱の続く病が発生するも、原因は不明。
ほとんどの村人が死亡し。
村ごと焼却すればこの件は解決するものと思っていたが。
隣のボール・ヴィラージュにまでも同じ病気が発生し、他国に助けを求めるべきか、ボール・ヴィラージュも焼却するまで待つべきか悩んでいたのだと言う。
未知の病気である。対策など不可能だっただろう。
異世界から来たクロエだからこそ、原因を突き止めて対処できたのだ。
施政者だけでなく、国民にも最低限の知識が必要だ。
無知による失敗は、時に国をも脅かす。
だからこそロイは国同士で知識を共有しあうことを提案したのだ。
ロイは馬鹿正直に、どのような知識でも惜しみなく報せるが。
それを他国にも徹底させるのは難しいか。
†‡†‡†
「情けないが、医療が遅れている我が国に、その知識をいかばかりか授けていただけないだろうか」
ジェローム王は再びクロエに握手を求めた。
「喜んでご協力させていただきます」
クロエは両手で手を握り返した。
握手が長い。
さり気なくクロエの肩を後ろへ引く。
「それはありがたい。まだ若いが、見どころのありそうな医者を貴方の診療所に助手として送るので、教育してやって欲しい」
「はい。僕で良ければ」
クロエは、俺の方を振り向いた。
「ところで、何でジャンは”トゥールビヨン”って言われたの?」
「……つまらんあだ名だ」
「その爪の一振りでまるで風に飛ばされたように兵が吹っ飛ぶので”トゥールビヨン・J・J”と呼ばれてたのだよ」
聞かせたくなかったあだ名の由来をジェローム王がクロエに教えた。
余計な真似を。
この手は、まだ覚えている。
ヒトを、同胞の肉を引き裂いた感触を。
そんな凶暴な自分を、知られたくなかった。
だがクロエは、そうなんだ、相当強かったんだろうな。と頷くだけで。
血腥い想像はしていないようだった。
「今はクロエのツガイで、森林管理人兼、医療助手だ。他の何者でもない」
レザンの出来が良くなかったのか、ぼやけた味のヴァン・ルジュを呷る。
これではいくら飲もうが酔いもしない。
しかし、ここに並んでいる料理も、精一杯のもてなしなのだろう。
我が国は活気を取り戻し、戦争のことなど忘れたかのようだが。
この国には、戦争の痕跡が未だ色濃く残っている。
†‡†‡†
今日はペイ・プリマットの王城に泊まることになった。
「まずはこちらで、どうぞ一日の疲れを落として下さい」
案内役の兵に浴室へ案内された。
風呂に入ったら、余計疲れるのではないか? 奇妙な事を言う。
それともヒトは風呂で回復するのか?
城の近くに温泉の源があり、湯を引いているようだ。浴槽は不必要なほど広い。
そういえば、クロエも長く湯に浸かるのを好んでいた。
成程、ヒトというのは皆、風呂が好きな生物なのだ。覚えておこう。
「わあ、温泉だ」
風呂を眺め、クロエは嬉しそうな声を上げた。
しかし、鼻を突くような刺激臭がする。クロエにはわからないのだろうか。
これは硫黄だな。毒になるほどの濃度ではないが。
「変なにおいがするな」
「これ? 硫黄の匂いだよ。温泉の成分」
クロエも知っていたのか。
「そっちにも、これはあるのか?」
「あるよ。色々な種類の温泉。白かったり青かったり。入浴剤でしか知らないけどね」
そう言うと。
クロエはざっと身体を流し、湯に浸かった。
ふああ、と声を上げた。
そんな、幸せそうな表情をする程なのか。
どれ、においは気になるが。
試してみるか。
俺も同様に身体を流し、クロエの隣に行く。
ふむ。
……これはなかなか、心地好いかもしれない。
†‡†‡†
「ジャン、これは?」
クロエの指が、肩や背に触れる。その場所は。
「ああ、これか? 古傷だ。体温が上がると出てくるようだな」
体温が上がると、白い筋のように浮かび上がるようだ。
銀の武器で負った傷を、腐る前に周辺の肉ごと抉り取った。
魔法で治したものの、完全には修復しなかったのだ。
「痛かった?」
心配そうな声で問われる。
「いや、当時は、痛みとか感情はあまり無かったからな。よく覚えていない」
今思えば、血に酔い、力に溺れ。
ありとあらゆる感覚が麻痺していたのだ。
感情も、感覚も鈍かった。
あの頃の俺は、デュランの操る殺戮人形のようなものだった。
クロエは何と言っていいのかわからないというような、迷子のような顔をして俺を見ていた。
その顔を見ていると、胸が痛む。
俺のことで、心を痛めないで欲しい。
戦争で遭ったことなど、俺にとってはもう、昔話に過ぎない。
そんなことで可愛いクロエの表情を曇らせたくはない。
笑っていて欲しい。
「そんな顔をするな。今、俺はとても幸せだ。クロエとツガイになれた。これ以上の幸福はない」
顔を引き寄せ、可愛らしい唇に口づける。
愛するツガイ。
お前と出逢い、俺は愛を知り。
自分がヒトでもあったことを思い出せたのだから。
†‡†‡†
「戻ったら、デュランに危機は去ったか聞いてみないとね」
クロエは顔をほんのりと赤く染め、俺の胸を押した。
「もう大丈夫だと思うが。慎重だな」
デュランに確認すれば、伝染病の脅威が無くなったことがわかる。
つまり。
「もしかして、今夜最後まですると案じたか? さすがにここではしないぞ」
「!?」
耳まで真っ赤になった。
その視線が、俺の腕や胸板に向けられている。
約束を思い出し、意識したのだろう。
「真っ赤になって。クロエは可愛いな」
再びその愛らしい唇に己のそれを重ねる。
「触れてもいいか?」
もう、腕に抱き寄せた後だが。
クロエは抗わなかった。
レシフ・ヴィラージュで医療魔法の効かない高熱の続く病が発生するも、原因は不明。
ほとんどの村人が死亡し。
村ごと焼却すればこの件は解決するものと思っていたが。
隣のボール・ヴィラージュにまでも同じ病気が発生し、他国に助けを求めるべきか、ボール・ヴィラージュも焼却するまで待つべきか悩んでいたのだと言う。
未知の病気である。対策など不可能だっただろう。
異世界から来たクロエだからこそ、原因を突き止めて対処できたのだ。
施政者だけでなく、国民にも最低限の知識が必要だ。
無知による失敗は、時に国をも脅かす。
だからこそロイは国同士で知識を共有しあうことを提案したのだ。
ロイは馬鹿正直に、どのような知識でも惜しみなく報せるが。
それを他国にも徹底させるのは難しいか。
†‡†‡†
「情けないが、医療が遅れている我が国に、その知識をいかばかりか授けていただけないだろうか」
ジェローム王は再びクロエに握手を求めた。
「喜んでご協力させていただきます」
クロエは両手で手を握り返した。
握手が長い。
さり気なくクロエの肩を後ろへ引く。
「それはありがたい。まだ若いが、見どころのありそうな医者を貴方の診療所に助手として送るので、教育してやって欲しい」
「はい。僕で良ければ」
クロエは、俺の方を振り向いた。
「ところで、何でジャンは”トゥールビヨン”って言われたの?」
「……つまらんあだ名だ」
「その爪の一振りでまるで風に飛ばされたように兵が吹っ飛ぶので”トゥールビヨン・J・J”と呼ばれてたのだよ」
聞かせたくなかったあだ名の由来をジェローム王がクロエに教えた。
余計な真似を。
この手は、まだ覚えている。
ヒトを、同胞の肉を引き裂いた感触を。
そんな凶暴な自分を、知られたくなかった。
だがクロエは、そうなんだ、相当強かったんだろうな。と頷くだけで。
血腥い想像はしていないようだった。
「今はクロエのツガイで、森林管理人兼、医療助手だ。他の何者でもない」
レザンの出来が良くなかったのか、ぼやけた味のヴァン・ルジュを呷る。
これではいくら飲もうが酔いもしない。
しかし、ここに並んでいる料理も、精一杯のもてなしなのだろう。
我が国は活気を取り戻し、戦争のことなど忘れたかのようだが。
この国には、戦争の痕跡が未だ色濃く残っている。
†‡†‡†
今日はペイ・プリマットの王城に泊まることになった。
「まずはこちらで、どうぞ一日の疲れを落として下さい」
案内役の兵に浴室へ案内された。
風呂に入ったら、余計疲れるのではないか? 奇妙な事を言う。
それともヒトは風呂で回復するのか?
城の近くに温泉の源があり、湯を引いているようだ。浴槽は不必要なほど広い。
そういえば、クロエも長く湯に浸かるのを好んでいた。
成程、ヒトというのは皆、風呂が好きな生物なのだ。覚えておこう。
「わあ、温泉だ」
風呂を眺め、クロエは嬉しそうな声を上げた。
しかし、鼻を突くような刺激臭がする。クロエにはわからないのだろうか。
これは硫黄だな。毒になるほどの濃度ではないが。
「変なにおいがするな」
「これ? 硫黄の匂いだよ。温泉の成分」
クロエも知っていたのか。
「そっちにも、これはあるのか?」
「あるよ。色々な種類の温泉。白かったり青かったり。入浴剤でしか知らないけどね」
そう言うと。
クロエはざっと身体を流し、湯に浸かった。
ふああ、と声を上げた。
そんな、幸せそうな表情をする程なのか。
どれ、においは気になるが。
試してみるか。
俺も同様に身体を流し、クロエの隣に行く。
ふむ。
……これはなかなか、心地好いかもしれない。
†‡†‡†
「ジャン、これは?」
クロエの指が、肩や背に触れる。その場所は。
「ああ、これか? 古傷だ。体温が上がると出てくるようだな」
体温が上がると、白い筋のように浮かび上がるようだ。
銀の武器で負った傷を、腐る前に周辺の肉ごと抉り取った。
魔法で治したものの、完全には修復しなかったのだ。
「痛かった?」
心配そうな声で問われる。
「いや、当時は、痛みとか感情はあまり無かったからな。よく覚えていない」
今思えば、血に酔い、力に溺れ。
ありとあらゆる感覚が麻痺していたのだ。
感情も、感覚も鈍かった。
あの頃の俺は、デュランの操る殺戮人形のようなものだった。
クロエは何と言っていいのかわからないというような、迷子のような顔をして俺を見ていた。
その顔を見ていると、胸が痛む。
俺のことで、心を痛めないで欲しい。
戦争で遭ったことなど、俺にとってはもう、昔話に過ぎない。
そんなことで可愛いクロエの表情を曇らせたくはない。
笑っていて欲しい。
「そんな顔をするな。今、俺はとても幸せだ。クロエとツガイになれた。これ以上の幸福はない」
顔を引き寄せ、可愛らしい唇に口づける。
愛するツガイ。
お前と出逢い、俺は愛を知り。
自分がヒトでもあったことを思い出せたのだから。
†‡†‡†
「戻ったら、デュランに危機は去ったか聞いてみないとね」
クロエは顔をほんのりと赤く染め、俺の胸を押した。
「もう大丈夫だと思うが。慎重だな」
デュランに確認すれば、伝染病の脅威が無くなったことがわかる。
つまり。
「もしかして、今夜最後まですると案じたか? さすがにここではしないぞ」
「!?」
耳まで真っ赤になった。
その視線が、俺の腕や胸板に向けられている。
約束を思い出し、意識したのだろう。
「真っ赤になって。クロエは可愛いな」
再びその愛らしい唇に己のそれを重ねる。
「触れてもいいか?」
もう、腕に抱き寄せた後だが。
クロエは抗わなかった。
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