オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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J・J

生命を掛ける覚悟

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しばらくして。
クロエとデュランが部屋から出てきた。

「どうした? 占いの結果は?」
急かすアンリに、デュランは虫を払うように煩わしそうに手を振った。

「伝染病だってさ。今からその対策に当たる。クロエには魔法の才能がある。しばらく僕が預かるよ。雑談は終わった後にして!」
「伝染病!? なんだそれは!」


体内に入ると悪さをする、目に見えないほどの微生物が鼻や口などから侵入し、深刻な病を引き起こすことがあるという。

その病がヒトからヒト、ヒトから獣へ、獣からヒトへ感染していく。それを伝染病と呼ぶそうだ。
その対策に当たり、まずはデュランの部屋でクロエの魔法属性を調べるというのだ。


†‡†‡†


「あ、J・Jは一緒に来ていいよ。ツガイだし」

デュランの部屋に入室を許された俺を、アンリは羨ましそうに見ていた。
城内にあるが、王ですら気軽に入ることを許されないのだ。


デュランの研究室は、地下にある。
立ち入るのは初めてだが、室内は足の踏み場に悩むほど乱雑であった。

床から天井までびっしりと蔵書が並び、棚には怪しげな呪物がはみ出そうなほど積まれ。
中には俺が採取するのに協力した毒草もあった。

「J・J、わかってるだろうけど、触れただけで死ぬ毒の壺もあるから。その辺のものには触れないようにね」
デュランに注意され、棚から離れた。

危なくてその辺に寄りかかることも出来ない。
万が一、クロエに掛かったりしないよう、いつでも動けるようにしておかねば。


デュランは積み上げた本の中から”判定の書”を取り出した。

促され、クロエが本の表紙に手を置くと。
本全体が、眩い光を放った。

さすが救世主として召喚されただけあって、相当な魔力を持っているようだ。

「ああ、やっぱり一番光が強いのは医療魔法だね。次に植物、土、水……。だいたいの魔法は使えるけど、攻撃系はさっぱりだ。あ、通信魔法も取得できそうだよ。良かったね」

魔法使いになれそうな仲間を見つけ、デュランは嬉しそうだった。
現在、我が国に魔法使いはデュラン一人だからな。


棚から使える魔法の魔導書を数冊抜き出し、クロエに渡している。


†‡†‡†


クロエは医療魔法の書をぱらぱらとめくった。
医療魔法は全て使えるようだ。

「これは魔法の才能がないと、文字も見えない。クロエはこんなにたくさんの本が読めるのか。凄いな」

「ジャンさんにはどう見えてるのこれ?」
才能がなければ、文字として認識すらできないが。

「俺は医療系魔法を少し使えるから、この本なら、少し読める」
「えっそうなの!?」


「J・Jは成人してすぐ、名誉ある森林管理人に選ばれたくらいだからね。魔法の才能はあるよ。ちょっとだけね」
デュランはちょっと、の部分を強調して言った。

正確には、森林管理人に任命されたのは成人後ではなく、戦争が終わってすぐである。

年寄りは時系列がいい加減だ。
些細なことなので訂正はしないが。

「医療魔法は森林管理人に必須な魔法だ」
医療魔法の使い手はそうそう居ないため、森林管理人は名誉職とされている。


「クロエにも何度か治療魔法を使ったが。気づかなかったか?」
クロエは自分の首筋に手をやった。

「噛みすぎた首筋もそうだが。肌を吸ってついた痕や歯型も消しておいた」

クロエは、どうやってその痕がつけられたのかを思い出したのか、真っ赤になった。
初々しくて可愛らしい。


†‡†‡†


夕食の席でデュランはロイに、クロエには魔法の才があったことを告げた。


「なんと、賢いとは思っていたが、クロエは魔法の才能もあったか。ならば災禍が過ぎたのちはここで働くといい」
”魔法使い”と呼べる者は貴重だ。

手元に置いておきたいと考えたのだろう。
ロイは俺の視線に気づいた。


「J・J、城に住居を設けるか? 森へはここから通えばよいだろう」
「考えておく」

魔法使いは通常、城を護る結界を張るなどの仕事があるため、城に詰めているものだが。
出来れば城ではなく、二人だけで暮らしたい。

この辺りに空いた土地があれば、そこに建てるか。


「とりあえず、明日は森の植物を見てみたいと思ってます。薬になりそうな草とかを探したいので」

森の散策には、パーシーも護衛としてついてくるという。

俺一人で充分だが。
万が一ということもあるか。


「薬作りには僕も協力するよ。というか異世界の薬の作り方とか見たいし」
「あ、そういえば毒薬について、ちょっと尋ねたいことが……」

クロエはデュランと毒薬の話をしている。

薬が専門だというだけあり、かなり詳しいようだ。

毒と薬は似たようなものだということ。
効果は、誰かが試さないとわからないこと。

今回の病には魔法が効かないので、薬を使うかもしれないということを。


†‡†‡†


少し一緒に過ごしただけでも、クロエが善良で責任感が強い性格なのだということはわかった。

異世界の者のことなど自分には関係ない、などと言わず。
自分の出来ることなら協力したいと思っている。

薬の効果を自分で試してしまうかもしれない。


「クロエ。俺の身体は獣人の中でも丈夫だ。薬の実験には俺を使えばいい」
「え?」

「新しい薬を作る場合、誰かが実験台にならねばならないのだろう? 俺を使え」

「でも……、」
クロエは躊躇している。


「実は、ツガイを解消する方法は、一つだけある」

その方法を使ってまで解消するツガイは居ないが。
それは、きちんと段階を踏んでツガイの儀式を行った場合だ。

「ツガイは離れ離れになれば衰弱して死ぬが、それは場合だ。俺が死ねば、互いの結びつきは解除され、は消える」
解消するには、俺が死ぬしかないということを告げた。

俺が生きている限り、クロエの身は俺が護るが。

少々の毒なら自分で解毒できる。

もしも薬が効かず俺が死んでも、クロエを道連れに死ぬことはない。
実験台には最適だろう。


クロエは困ったように俯いてしまった。
実験台にしたくない、失いたくないと思う程度には俺に情を持ってくれたのか?

それとも、誰であろうが犠牲を出したくないと思っているのか。
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