オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

文字の大きさ
上 下
46 / 74
J・J

メイベル襲来

しおりを挟む
国の危機が収まるまでの間、城に留まるよう言われた。


国賓が使う部屋に案内される。
長期滞在になりそうな為か、無駄な装飾のない部屋だ。

クロエは興味深そうに部屋を見回している。好奇心の強い子猫のようだ。


「お城に滞在することになるなんて、びっくりだ」
「わざわざ森まで俺達を呼びに来るのも面倒だし、ここに置いたほうが何かと都合がいいのだろう」

首のジャボをゆるめる。
早くこの窮屈な服を脱ぎたいものだ。


「ジャンさんは、何で森に帰らないの?」
つれないことを。

「ツガイは常に一緒にいるのが当たり前だ。だから俺もここに泊まる」
「当たり前?」


「ツガイ同士はあまり離れると体調を崩して、最悪の場合衰弱して死んじゃうからだよ」
パーシーが答えた。

ツガイの儀式による身体変化のことは、後で二人きりになった時に説明しようと思っていたのだが。
人前で話すようなことではない内容もある。


†‡†‡†


「そりゃないよ。合意も無く勝手に噛まれてツガイにされちゃったのに!」


まさかクロエが儀式のことを知らないなどとは知らなかったのだ。
しかし、ツガイであることは間違いない。

まだ納得はいかなくとも、受け入れてもらうしかない。


「目と目が合って、求愛した。抵抗はなく、お前は目を閉じた。だから噛んだ」
「???」

「獣人の求愛は、目と目を合わせてから口づけをするんだ。相手がそのまま目を閉じたら、求婚を受け入れたことになるんだよ」

パーシーの説明が上手いのか、理解したようだ。
「いや、そんな異世界のルール知らないし! クマに喰われるかと思って怖くて目を閉じただけだよ!?」

「では、喰われたと思え。これからは新しい人生だと考えろ」


俺が向かわなければ、野犬に襲われて命を落としていただろう。
森の秩序を守るのも管理人の役目であるので、助けたのを恩に着せるつもりはないが。

デュランの召喚魔法が失敗し、俺達があの森で出会ったのも。
俺とクロエがツガイになるための、運命の導きだったに違いない。


「俺はクロエを愛している。何があっても俺が守るし、生涯大切にすると誓う。お前が望むことは何でもしてやりたいが。離れるのは駄目だ」

眼鏡の奥の瞳を見るように、クロエを見つめた。

クロエの視線は、俺の目に向けられている。
頬が赤く染まっていく。

俺の想いが通じたのだと確信した。

「わあ、J・Jがこんなに喋るの初めて見たよ」
パーシーが感心したように言った。


元々、無駄に言葉を重ねることに慣れていない。
だいたい匂いや視線でわかるのだから。

言葉など、無意味だと思っていた。

しかし、クロエは獣人ではないし、習慣も違う異世界人だという。
それでは、態度だけでなく言葉を尽くさなくてはこちらの想いは伝わらないだろう。

話すのは苦手だが。
どうにか伝わるよう、努力しようと思う。


†‡†‡†


戸を叩く音がした。
また好奇心の強いのが、嗅ぎつけて来たな。

「はいはい」
パーシーが返事をし、部屋の外で従者と話している。


「プランセス・メイベルが救世主様とお話ししたいとのことだけど。どうする?」
「どうするも何も。王女様のご所望とあらば!」

メイベルはローブの裾を摘み、華麗に礼をして部屋に入ってきた。

しばらく見ない間に、随分育ったようだ。
淑女の仕草が身についている。

俺が最後に見た時は、まだやんちゃ坊主のようだった。


使用人が椅子を持参し。
クロエとメイベルは向かい合って歓談した。

茶や茶菓子を出され、クロエは美味しいと言った。
こちらの食べ物も、普通に食べられると知る。

異世界の食べ物と変わらないのだろう。それは幸いだ。


「ほい」
パーシーが兵糧の干し肉を寄越した。

おしゃべりが長くなるとの判断を下したのだ。

若い者同士、気が合うようだ。
干し肉を齧りながら、何とはなしに会話を聞いていた。


クロエは、ここでは現在”女”という性が存在しないことを知らなかったようだ。
獣には居るのだが。

魔法が無ければ、我らはとうに滅んでいただろう。

この世に神が存在するのなら。
このような種は滅びてもいいと考えたのだろうか。

戦争の影響もあるが、かつて”女”が居た頃に比べ、人口は激減した。
この度訪れる危機というのも、増えてきた人口を淘汰する目的なのかと考えるのは穿ち過ぎか。


†‡†‡†


メイベルは話の途中で、クロエに獣の耳を出して見せ。
パーシーにはしたない、と注意されていた。一部とはいえ、獣姿を得意げに見せるとは、やはりまだまだ子供だ。

危機や戦いの時など、獣姿である必要がない時には見せるものではない。
特に王族が獣姿を見せるのは恥とも言われる。

俺は普段から獣姿で森を歩いているが。そのほうが都合がいいからである。


クロエと長々と話していたメイベルは、そろそろ就寝時間だと従者に促され、名残惜しそうに帰っていった。
パーシーも、また明日、と去った。

腹は減ってなさそうなので、寝る前に風呂に入るかと訊いた。

クロエは部屋に風呂があることを驚いていた。
国賓の部屋だ。風呂くらいあるのは当たり前だが。

王族は代々風呂好きで、地下にも大きな湯殿があるほどだ。
城全体に湯が行き渡るほどの大量の湯を沸かす機械を考えたのも王族の一人だったと聞く。

機械技師が休むので、夜遅くと朝早くは湯が出ないことを伝えた。


「ジャンさんは?」
「ここに来る前にパーシーに湯浴みをさせられたので、遠慮させてもらう」

洗い過ぎて毛の油が取れると、雨が降った際、水を弾かなくなるのだ。


「じゃあ、お風呂入ってきます」
クロエはうきうきした様子で浴室へ行った。

風呂好きなのか。覚えておこう。
新居を作る際には風呂場をつけねばならない。


†‡†‡†


クロエはしばらくして、ペニョワールを羽織って出てきた。

湯に浸かっていたようだ。
ほかほかと温まり、上気した桃色の肌を見て、思わず唾を飲み込む。

まだ子供だというのに。
何故こうも欲情をそそられるのか。


クロエは寝台に行き、マトゥラやクヴェルテュルに体重を掛け、その弾力を確かめている。
寝床を確かめる姿が子猫のようで愛らしい。

「よく眠れそう……」

「クロエはやわらかい寝床が好きなのか?」
こくりと頷いた。

俺はあまり柔らかいのは好みではないが。クロエが柔らかい寝具が好きなら揃えよう。
ツガイには、快適に過ごして欲しい。

「では、家の寝床もそのようにしよう。他にも希望があれば遠慮なく言え」
そう告げると、クロエは嬉しそうな様子だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ
BL
【お茶目な挫折過去持ち系妖狐×努力家やり直し系モフリストDK】  トラック事故により、日本の戦国時代のような世界に転生した仲里 優太(なかざと ゆうた)は、特典により『妖力供給』の力を得る。しかしながら、その妖力は胸からしか出ないのだという。 「そう難しく考えることはない。ようは長いものに巻かれれば良いのじゃ。さすれば安泰間違いなしじゃ」 「……それじゃ前世(まえ)と変わらないじゃないですか」   他人の顔色ばかり伺って生きる。そんな自分を変えたいと意気込んでいただけに落胆する優太。  そうこうしている内に異世界へ。早々に侍に遭遇するも妖力持ちであることを理由に命を狙われてしまう。死を覚悟したその時――銀髪の妖狐に救われる。  彼の名は六花(りっか)。事情を把握した彼は奇天烈な優太を肯定するばかりか、里の維持のために協力をしてほしいと願い出てくる。  里に住むのは、人に思い入れがありながらも心に傷を負わされてしまった妖達。六花に協力することで或いは自分も変われるかもしれない。そんな予感に胸を躍らせた優太は妖狐・六花の手を取る。 ★表紙イラストについて★ いちのかわ様に描いていただきました! 恐れ入りますが無断転載はご遠慮くださいm(__)m いちのかわ様へのイラスト発注のご相談は、 下記サイトより行えます(=゚ω゚)ノ https://coconala.com/services/248096

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

処理中です...