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リヒト

救世主のお仕事

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「せめて、家族に無事を伝えることは?」

『ああ、それは可能だけど。僕にはそういった繊細な魔法は苦手でね。たぶん、送り先とか失敗すると思う。君が覚えたほうがずっと早いし確実だよ』
そんな無責任な、と思ったけど。

自分のできる範囲を認識して。
プライドより、自分が出来ることと出来ないことを誤魔化さず、正直に駄目なものは駄目、って前もって言うのは、ある意味フェアというか、良心的かもしれない。

大切なのは、経緯でなく、結果だ。


あっちに無事を報せる可能性があったのが、唯一の救いだと思おう。
だったら、頑張って魔法を覚えないと。

行方不明のままじゃ、心配させてしまう。


『言い訳するようだけど。苦手だって言ったのに、いいからやれって言ったのはロイ……陛下だからね? でも、召喚場所を失敗したお詫びに、ここでなるべく暮らしやすくなるよう、協力するよ……』
ご愁傷様、といった感じで言った。

王様を愛称で呼ぶあたり、親しいようだ。
年齢的にも、祖父ポジションなのかもしれない。


†‡†‡†


デュランは、この国の未来を占いだした。

さっきもそうだけど。
占いに水晶とか使わないんだ?


僕の手を握って、静かに目を閉じている。

『本人が目の前にいるおかげかな? かなり具体的にきた。……こりゃ酷い。死屍累々だ』
顔を顰めている。


僕が手を貸さない未来は、惨憺たるもので。
この国の人たちだけでなく、森の動物の大多数が死に絶える未来が視えたらしい。

更に、その死は伝播し、世界中に蔓延すると。

でも、僕が手を貸せば、みんなが助かるって!?
責任重大じゃないか!


ああ。
救世主なのか!

そりゃ国賓として大事にされるのも納得だ。その代わり、プレッシャーが半端じゃないけど。


†‡†‡†


『これは、おそらく……魔法では治癒不可能な、病気? ……だと思う』


まず、咳が出て。咳が止まらなくなり。
高熱を出し、衰弱して死に至る。

患者に触れた者だけでなく、傍にいた者までも同じ症状になる?


症状は風邪っぽいけど。
風邪、といってもその原因はアデノイドなど色々あって。悪化すれば命を脅かす病気でもある。

感染経緯は接触および、飛沫感染か。

ウイルス性? 細菌? 肺炎か?
結核なら血を吐くけど。

インフルエンザだって馬鹿にならない。
ワクチンや薬があっても、重篤化すれば先進国でも毎年、未だに万単位で死者の出るような病気だ。

過去ヨーロッパで猛威を振るったペストやコレラも。
万単位どころじゃない死者を出して。ひとつの村だけでなく、島ごと滅んだ例もあったという。


ここの国民は丈夫で。
滅多に病気にならないそうなので、外から来たウイルスには耐性が無いのかもしれない。

「ああ、伝染病か。でも、専門の医者じゃなくて、何でが召喚されたんだろう」

ワクチンの作り方とかも、一応、知識では知ってるけど。
実際に、実験して作ったことはないし。

医師免許もない。

ここ、注射器とか、顕微鏡とかあるのかな?
その代わりになる魔法とか。


『伝染する、病気? それを”伝染病”っていうのか……なるほど』
デュランは感心していた。


……え?
まさか。伝染病を知らないとか?


†‡†‡†


そのまさかだった。
この世界には、伝染病、という言葉すら存在しなかったんだ。

『異世界の専門医だろうが、これ・・はどうにもならない。ある程度の知識もあって、魔法の才能もある。異世界に召喚されて、戻れないと聞いても混乱しない、強靭な精神力を持つ君……クロエ・リヒトだけが唯一、救世主に相応しいと選ばれたんだよ』


買い被られてるようだけど。
いや、異世界に召喚されて、しかも戻れないって聞いて。

混乱はしてるよ? 憤ってもいるし。

でも、打つ手がなくてどうしようもないなら。
うじうじ悩んでも時間の無駄じゃないか。

そんな暇あったら、フィールドワークに出たいよ。
こっちの植物とか、生物の分布がどうなってるか気になるし。


他でもない、この僕が。
ここの人達を助けるために、選ばれたんだというなら。

それじゃ、力を貸さない訳にはいかないよね。


まずは魔法の才能を視てもらって。
それから医療魔法を習得して。
薬に使えそうな植物の捜索・採取をしなくちゃ。

幸い、生薬なら、僕の専門分野だからね。


『どうした? 占いの結果は?』
部屋を出たら。

アンリやジャン、パーシヴァルが待っていた。
廊下に椅子を運んで、お茶飲んでたのか。

廊下、部屋くらい広いからな……。


『”伝染病”だってさ。今からその対策に当たる。クロエには魔法の才能がある。しばらく僕が預かるよ。雑談は終わった後にして!』
『伝染病!? なんだそれは!』


†‡†‡†


ツガイであるジャンだけは入室を許されて。
再びフードを頭から被ったデュランの案内で、地下にある魔法使いの部屋に来た。

床から天井まである蔵書や、トカゲの黒焼きとかドクロとか。
禍々しい壺とか怪しい道具でいっぱいだ。

うわあ、魔法使いの部屋っぽくてわくわくするなぁ。
と思ったけど。

ぽいっていうか。
デュランは本物の魔法使いだった。


きょろきょろと周りを見ていたジャンが。
触れただけで死ぬ毒の壺もあるからその辺のものには触れないようにね、とデュランから注意を受けて、身を縮めていた。

それでも充分大きいけど。


自然界の物にも、普通に経皮毒はあるからな。
茹でて、蒸発した気体を吸い込んだだけで死ぬキノコもある。
シャグマアミガサダケとか。

思えば、意外と身近な植物に毒があるって知ってから、植物に興味を持って。
薬学部に入るようにまでなったんだよな。

昆虫や動物にも詳しくなったのは、生薬に使われたりするからだ。
熊の胃とかも薬になる。


実のところ、毒薬についての方が詳しかったりして。

中世だったら、僕みたいな変わり者は魔女狩りで処刑されてたな。
あっちはキリスト教にない医学や薬学の知識は悪魔のものって考え方で迫害されてたし。

こっちでは魔法使いが大事にされてて良かった。

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