オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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リヒト

新しい人生と言われても

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の部分の材質は何かね? 陶器でも金属でも無いようだが。初めて見るものだ』
「フレームは強化プラスチック、レンズはガラスです。あまり曲げたら壊れますから、お手柔らかに」

度がきつすぎて、ガラスじゃないと駄目なのだ。
これがないと怖くて歩けない。慣れた自宅なら何とか大丈夫だけど。


『強い、何だ? プラスチック……? ほう、異世界の技術か……』

ガラスに言及しないあたり、ガラスはあるっぽい。
プラスチックは無いんだ。

陶器や金属もあるし、甲冑もあった。

ここ、中世くらいの文化レベルはあるのかな?
移動は馬車だし。


魔法がある分、科学の発展が遅れてたりして。

眼鏡が無いからよく見えないけど。
どうやら王様は自分で眼鏡をかけてみて、確かめたようだ。白っぽいのが、ゆらゆらしてる。
眩暈がしたのかな?


『うう、これはきつい。頭が痛くなってくるな。……クロエよ、これが何本か見えるか?』
指を立てて、ひらひら動かしているようだ。

視力が低いって言うと、だいたいみんな、これやるよな……。
見えないのが面白いのかね?

もう少し近くなら、指くらいは見えるんだけど。
王座遠い。


「まったくわかりません」

『うわ、目つき悪っ』
パーシヴァルが引いてた。

だって眼鏡がないと、ぼんやりとしか見えないんだもん。
「眼鏡、返して……」


†‡†‡†


眼鏡を返してもらって。
そういえば、名乗るのを忘れていたな、と王様が言った。

王様の名前は、ルロイ・オーレリアン・エルネスト・シルヴェストルというそうだ。
長い。

ロイと呼んでもいいぞ、と言われたけど。
とんでもない。王様を気安く愛称で呼ぶとか、そんな度胸、僕にはないよ。ジャンはありそうだけど。


隣りにいた黒髪の人は、なんと王様の弟だった。名前はアンリ・オーギュスト・シルヴェストル。
王佐。つまり王様の補佐をしているそうだ。

髪や目の色も違うし、全然似てない兄弟だな。どっちかが父親似とか、隔世遺伝だったりしするのかな?


魔法使いの名前は、デュラン。
名字とかはなくて、ただのデュランだって。

占いの腕はいいけど、普通の魔法はイマイチだとか。もうそれ、占い師でよくない?
こっちに召喚する魔法も位置を間違えたみたいだし。


僕、ちゃんと元の世界に戻れるんだろうか……。

アメリカとかに飛ばされたらどうしよう。
植物とかの学名を読むのにラテン語は勉強したけど、会話まではできないし。

英語すら、挨拶程度しか話せない。
それ以外は壊滅的だ。

大使館、助けて、くらいは色々な外国語で覚えておくべきだったか……。


†‡†‡†


しばらく……というか。

国の危機が収まるまでの間、お城の客室に留まることになった。
なんと、国賓扱いだ。


案内された客室は、思ったよりシンプルだった。
でも、あまりに華美過ぎても戸惑うし、ちょうど良かった。

一見質素に見えるけど、調度品や寝具の質はかなり良さそうだ。

金を使うべき場所を心得ているというか、派手好みでないところに好感が持てる。
金ピカ趣味とか、引いちゃうもんな。


「お城に滞在することになるなんて、びっくりだ」

びっくりなのは、異世界に来てしまったこともだけど。
まさか、自分が救世主として召喚されて。

こんな、国賓として特別扱いされる身分だなんて。
何だか申し訳ない。

大学ではオタク眼鏡呼ばわりされてるド底辺ですよ?

薬学部の院生だけど。研究所や薬局に勤めるつもりはないし。
ただの穀つぶしだ。


『わざわざ森まで俺達を呼びに来るのも面倒だし、ここに置いたほうが何かと都合がいいのだろう』
ジャンは襟元を緩めている。

僕も森に一緒に帰るのが当然みたいな感じだ。
元々、こっちに呼ばれるはずが、手違いで森に出現しちゃったんだけど。

「ジャンさんは、何で森に帰らないの?」
『ツガイは常に一緒にいるのが当たり前だ。だから俺もここに泊まる』


「……当たり前?」
どういうこっちゃと困惑してたら。


†‡†‡†


客間ここまで案内するためについてきてくれたパーシヴァルが教えてくれた。

獣人のツガイは常に傍にいるのが当たり前で。距離が離れた状態でいると、体調を崩してしまう。
最悪の場合、衰弱して死ぬとか。

二人とも!?
一蓮托生なの!?

そういうの、何で先に教えておいてくれないかな!

と、いうことは。
元の世界に帰る場合、ジャンも連れて行かないと、二人とも死んじゃうってこと? クーリングオフできないの?


「そりゃないよ。合意も無く勝手に噛まれてツガイにされちゃったのに!」

いきなりツガイになれって言われても、困るし。
ツガイって。要するに、結婚相手ってことだろ?

今日初めて会ったばかりで、よく知らない相手だし。

ヒゲモジャではなくなったけど、灰色熊だし。
そもそも、男だし。


『目と目が合って、求愛した。抵抗はなく、お前は目を閉じた。だから噛んだ』
「???」


†‡†‡†


獣人の求愛は、目と目を合わせてから、キスをする。
で、相手が目を閉じて受け入れたらOK、ということになるらしい。

キス……?
べろべろ舐められはしたけど。


がそうだったの!?

それだと、近所のワンコからも求愛されたことになって。
しかも、OKしたことになるんですけど!?


「いや、そんな異世界のルール知らないし! クマに喰われるかと思って、怖くて目を閉じただけだよ!?」

『では、喰われたと思え。これからは新しい人生だと考えろ』
ジャンは淡々と言った。


無茶苦茶だ!
僕にだって。家族とか、色々あるんだ。

新しい人生って。


……そんな。
簡単に割り切れる訳ないだろ!?
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