人生に絶望した俺が異世界で龍のツガイにされるなんてこれはきっと悪い夢に違いない。

篠崎笙

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おまけ:赤竜王の思い出

ツガイの手料理

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「あのね、あっちでは色々な種類の桜が生えてて。これもその一種なんだよ」
望殿は、陛下に花の説明をしている。


八重の桜か。
我が国には白いものしか無いが。異世界には、そのように多種多様の桜があるのか。

今度、桜の時期にでも行ってみようか。朔也と一緒に。

「ここにも桜はあるが、ほとんどが白い花だ」
薄紅色の花弁を口に運び。陛下は頷かれた。

「このような色の桜は、どこかの大陸に一本だけ残ってるらしいが」


朔也は、興味深そうにその話を聞いている。

「見てみたい? 薄紅色の桜」
「知ってるの?」

頷いてみせる。
私の職は、皇宮の財宝、美術品などの管理・加工・運営である。珍しい物の情報も、色々入ってくる。

あの桜の管理をしているのは、仙人だったが。
花期を訊いて、立ち入りの許可を貰うか。


「じゃあ、花が咲いたらみんなでお花見しようよ。お弁当持って」
望殿がこちらへ来て、花見の提案をした。

大勢で見るのも楽しそうだ。

「花見か。いいな。俺、ケーキとか菓子なら焼けるけど」
「え、凄い!」

どうやら朔也は食べ物に関して、凄い技術を持っていたらしい。


それは是非。
誰よりも先に味見させてもらわねば。


*****


宴より戻り。
朔也は指輪を外して内側を見ていた。

元白たちの交換会で、裏に文字が彫ってあることに気付いたようだ。

君を離さない、決して離さない。
そう彫った。

どのような反応をするだろうか? あまりの執着に、引くだろうか?


朔也は振り返って。
「朱赫、指輪貸して。字を入れるから」

お返しに、文字を入れてくれるようだ。
嬉しい。


「はい、」
指輪を渡すと、じっと見ている。

念じれば刻まれる、と元白が教えていた。
何と刻むのだろう。

愛している、でも。
好き、でも嬉しい。実のところ、何でも嬉しい。


朔也は、私には見えないよう、文字を刻んでいる。

「お手」
犬に命じるように手を出されて。

「わん」
その手の上に、手を置いた。朔也になら、飼われてもいい。


私の薬指に、指輪をはめて。
そっと私を見上げてくる。

「ありがとう、嬉しいよ」

私は幸せだ。
こんな愛らしいツガイが側にいてくれるのだから。


指輪には。
貴方が側にいるだけで有你在身边幸せです就是我的幸福”。と刻まれていた。


幸せで、涙が出るなど。初めて知った。


*****


大陸の桜を管理している仙人に花期を訊き、木の根を踏まなければ良い、と花見会をする許可を得た。
酒が好きな御仁なので、礼には仙桃の酒を渡すと、とても喜ばれた。

人気で、滅多に出ないものらしい。


必要になるだろうと思い。最新式だというシステムキッチンとやらと、プロパンガスを購入した。
ガスがないと、キッチンは使えないのだという。水道は、泉から管を通し、繋げた。

それと発電機にガソリン、炊飯器、オーブンレンジとやらも購入した。

異世界での商品取引で使う事務所に配達させ。
そこからは自力で運んで設置したのである。

安くない出費であったが、朔也の笑顔には代えられない。


井戸まで水を汲みに行き大甕に溜め、竈で火を起こすのは手間である。
道具は使ってこそ意味があるのだ。

説明書を読みながら米を炊いていたら、料理官が味見をし、泣いていた。

これからは炊事が楽になるな、と云ったら、もっと泣かれた。


料理官のために購入したのではなく、朔也のためだと云ったが。
この設備を使わせていただけるだけで嬉しいと云う。

朔也のおかげで、皆が幸せになる。
とてもよいことだ。


*****


「おにぎりと、菓子を作って欲しい」

他の誰よりも、味わいたいので、朔也にねだると。
快く受けてくれた。

炊飯器からひつに移した飯を渡すと。

朔也は手をよく洗い、手に塩をつけ。あっという間に三角に仕上げた。
ああ、握り飯をおにぎりと云うのか。


「おいしい」

これが噂のおにぎり。
羅刹が感動するわけだ。旨い。

味付けは塩だけだというのに。何故このように旨いのか。
隠し味は愛だろう。

それは、大変美味になろうというものだ。


「……ん?」
朔也は、台所の異変に気付いたようだ。

私の愛を知るがいい。

云わないが。とても、とても大変だった。
だが、何でもないことのように、澄まして云う。

「必要かと思って、異世界から仕入れてきた。炊飯器って便利だね。料理長が泣いてた」


*****


朔也の注文した道具と材料を出すと。
ささっと分量を量り、粉と卵と砂糖を混ぜ、形を整え、キッチンペーパーとやらに並べていく。

それをオーブンへ入れて。
焼いている間に、他の作業をしていた。手際がいい。

銀色の丸い型に、ケーキの生地を流し込んでいる。


「はいクッキー上がり。こっちココアでこっちバター」
ざらっ、と。

大量の焼き菓子が皿に載せられた。
甘く、美味そうな匂いがする。

さくっ、とした歯ごたえ。
口の中でほろほろと溶けるようで。

「うん、とても美味しい」
菓子をつまむ手が止まらない。


「あ、全部食うなよ?」
クッキーの皿を取り上げられてしまった。

「ええ……、」

美琳にもあげるという。
女官にまで気を遣うとは。優しすぎる。


「今、ケーキも焼いてるから。我慢」
椅子に座り、おとなしく待つ。


ああ、もっと食べたい。


*****


作業を見ていたら。牛奶ミルクの入った容器を渡され、振るよう頼まれた。

生クリームというものを作るという。
振りすぎると黄油バターになってしまうそうだ。

「うん、そのくらいで。ありがとう」

できた生クリームを混ぜ、ミキサーで泡立てている。

お菓子を作るなら必要です、と家電量販店でミキサーを勧められたのだが。買って良かった。
随分、活躍しているようだ。


「はい、ケーキ一丁上がり!」

焼き上げたスポンジなる物体に白い生クリームを満遍なく塗り、上に卵白で作った飾りを置いて。スポンジの間には、果物を挟んでいた。
これがケーキ? とても甘い匂いがする。


これは、どの程度食べていいものなのだろうか、と考えていたら。

「食べられるなら、全部食べていいよ」
と云ってくれた。

ああ。
これは、私のために作ってくれたのか。

「ありがとう! いただきます」

叉子フォークで切ると、やわらかい。ふわふわした生地だ。


おお、これが生クリームの味か。
牛奶の風味があるのに、口溶けが優しい。

旨い。
このような旨い料理が作れるツガイを得た私は、何と幸せなのだろう。


朔也は焼き菓子を料理官に渡していた。
作り方を教えている。

しかし、仕事熱心な彼には悪いが。


私は朔也の作った菓子がこの世で一番美味だと思う。
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