人生に絶望した俺が異世界で龍のツガイにされるなんてこれはきっと悪い夢に違いない。

篠崎笙

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登山していたら赤龍王のツガイにされました。

花見の準備

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朱赫に、おにぎりと、お菓子を作って欲しいと言われた。

自分が先じゃないと嫌なんだそうだ。
駄々っ子か。


まあでも、本番前にこっちの台所の調子を見たいので、引き受けることにした。
異世界では勝手が違うだろうし。

電気が通って無いから、レンジも無いだろうし。コンロは竈だよな? どんなもんだか、火加減を見てみないと。


とりあえず、おひつに入ったご飯を渡されたので、塩のおにぎりを握った。
具はナシ。

好吃おいしい
朱赫は満面の笑みで食べている。

そうだな。
米と塩が上等だと美味いよな。


……ん?
台所に、何でプロパンガスがあるんだ?

最新式のシステムキッチン? 発電機と、レンジまで。
どうなってんの?


*****


『必要かと思って、異世界から仕入れてきた。炊飯器って便利だね。料理長が泣いてた』
朱赫は得意げに言った。

そりゃ泣くわ。
最近の炊飯器、マジでかまど並みに性能いいから……。


たいへんありがたいけど。
そんなホイホイ行き来が可能なもんなのか……? あっちの空気は毒なのでは? 家族との涙の別れはいったい……。

いや、俺のために無理して行ってくれたんだ。多分。


もしかしてこのキッチン、担いできたのか……?
設置も自力だろうか。業者呼ぶわけにもいかないもんな。

すげえな。
これが愛情の賜物というやつか……。


材料をきちんと量って。
決まった手順通りに進めていけば、及第点の菓子が完成だ。

子供の頃は入院ばかりで。心臓に負担のない遊びしかできなかったので、母親と菓子作り、くらいしか楽しみがなかったんだよな。

お菓子作りは楽しかったけど。
外で走り回ってた兄たちを羨ましくも思っていたのは事実だ。


「はいクッキー上がり。こっちココアでこっちバター」

冷蔵庫で冷やしてから焼くのもあるけど。
まずはシンプルでオーソドックスなクッキーからだ。


……おっと。
スポンジの焼け具合はどうだろう。

うん、上々だ。さすが最新式。優しい旦那に感謝しなくちゃな。


*****


嗯、很好吃うん とても美味しい
嬉しそうにもぐもぐ食べてるが。クッキーの皿を取り上げた。

「あ、全部食うなよ?」
美琳にもあげようと思って、多めに作ったんだからな。


『ええ……、』
「今、ケーキも焼いてるから。我慢」

朱赫はこくりと頷いて、椅子に座って大人しく待っている。
可愛いな。


さて。
生クリームでも作るか。

乳脂肪分たっぷりの牛乳を容器に入れて、涼しい場所でひたすら振る。室温20度以上だとホイップできなくなる。
そこで座ってる、暇そうな人にお願いしよう。

あまり振りすぎるとバターになっちゃうので、注意が必要だ。

バターはこっちにも存在していて良かった。
ここでも、振って作ってるのだろうか。撹拌機とか使ってたり?


焼きあがったスポンジを横に切って。
スポンジの間に生クリームを塗って、ミカンとか桃とかを挟む。

卵白と砂糖でメレンゲを作って、搾り出して飾りに。


手についたクリームを味見する。
うん、生クリームの甘さもいい感じだ。

わりと覚えているもんだな。


*****


「はい、ケーキ一丁上がり!」

朱赫の前にケーキを出すと。
食べていいの? 全部食べていいの? と、期待した顔をしている。

これくらいはいいかな。

「食べられるなら、全部食べていいよ」
『ありがとう! いただきます』
満面の笑顔だ。


おお、すごく嬉しそうに食べている……。

自分の作ったものを、こんなに美味そうに食べてもらうというのはいいものだ。
俺も、もっと母親に感謝しておけばよかったな。


料理長が扉の陰からこちらを見ているので、クッキーをお裾分けした。
ちゃんと美琳の分は死守してある。

作り方を教えて欲しいというので、レシピを教えた。

練習して、おやつに出してくれるそうだ。
やった。


洋菓子の作り方はさすがに知らないよな。
料理長という地位に驕らず、勉強熱心なのはいいことだ。

でも俺、胡麻団子とか愛玉子オーギョーチとか杏仁豆腐、好きだよ。


*****


花見当日、早朝。


パンも焼いて持っていったら、これで定番のサンドイッチが作れる、と喜ばれた。
この日のために、天然酵母を仕込んでおいたのだ。

料理長にもレシピを教えたら、最近、朝食がパンになった。
パン作りに凝り出したようだ。はまると奥が深いからな。


望ちゃんはパンを薄く切って。
端っこの部分をつまみ食いして、目を瞠って驚いている。

「わ、お店のパンみたいに美味しい。よく作れたね。発酵とかどうしたの!?」
「リンゴから天然酵母作った」

「プロなの? パン屋さんなの? 大学ってそんなのも習うの?」

いや、単に母親が凝り性で、趣味人だったんだ……。
お陰で食事は美味しかったっけ。


卵、ハム、チーズはあるので、卵サンドとハムチーズサンドが作れるな。酢と塩もあるから、マヨネーズも自作できる。
蜂蜜バタートーストもいいけど、ガーリックトーストもいい。

こっちは生の野菜を食べる習慣はないようだ。
堆肥だもんな。気分的にも、火は通したいものだ。


「こっちの台所、向こうと比べたら不便じゃない? よくあれでお菓子とか作れるね」

ん?
雷音陛下を見ると。あからさまに視線を逸らした。誤魔化し方、下手だな!


わりと自由に行き来できることを教えてないのか。
しょうがないなあ。

教えたって、逃げたりしないだろうに。
嫉妬深いツガイを持つと大変だ。


「うちの台所、最新式で便利なんだ」

「わーいいな。今度見に行かせてー」
「いいよ。お菓子作りも教えようか?」
などと、女子か! みたいな話をしながら、弁当作りを手伝って。


俺は朱赫、望ちゃんは陛下の手の上で。
お弁当を持って出発だ。

元白達は、通りがかりに拾っていくとか。


麒麟の国を通って、合流して。
その先へ。
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