人生に絶望した俺が異世界で龍のツガイにされるなんてこれはきっと悪い夢に違いない。

篠崎笙

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登山していたら赤龍王のツガイにされました。

クライミング・ハイ

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絶景かな、絶景かな。

空気も澄んでるし、天気もいい。雲一つない、絶好の登山日和だ。
そして、さすが上級者コース。誰も居ない。

この辺で遭難したら、ひっそりと白骨になって、いつまでも発見されなかったりして。……なんて、縁起でもねえ。


さて。
この先に待ち受けているのは、この山の超難関コースといわれる、龍のあぎとだ。

岩が口を空けた龍の頭に見えるというのもあるが。
丁度、口のように見える窪みに風が吹き込むと、まるで怪物の鳴き声のように聞こえるからそう名付けられた、とか登山口にいわれが書いてあった。


大岩の間から強い横風が吹きつける中、頼りない鎖が渡してあるだけの細い足場を、岩に添って歩かねばならない。
足場の下は、急斜面のほぼ崖。さすが修験道に使われていただけある難所だ。

俄然燃えてくる。


*****


オオオ、と鳴き声のような音。
風の音だと知らなければ、昔の人とかは怪物の鳴き声かと思って怖がるだろうな。

「ひゃ、」
うっかり足元を見てしまい、ヒヤッとする。

ここから落ちたら、間違いなくお陀仏だ。
風も強いし、気をつけないと。

もう少し先の足場なら、比較的傾斜が緩やかなんだが。
ここだけ、崖のように切り立っている。だからこそ、一番の難所なんだけど。

鎖を渡す前は、もっと怖かったんだろうな。つけた人、凄い。


この山は険しいことで有名なだけあって、天狗伝説もあり、修験者の姿をよく見る、という話だ。
しかし、登っていく姿は誰も見たことがないという。ミステリーだ。

本物の天狗だったりして。

そういえば、下の神社には天狗のストラップが売ってたっけ。
帰りにでも買えたら、兄達のお土産にでもしようか。赤と緑の、可愛いカラス天狗だった。


「……ふう、」

やっと、広めの足場へ出た。
緊張したけど、それほど息は乱れていない。鍛えた甲斐があったなあ。


……あれ?
坂の途中に、何か光るものが。

あれ、ピッケルじゃないか? 何でこんな所に。
誰かの忘れ物か?

と、覗き込んでいたら。


『早まるんじゃない!』
突然、後ろから、リュックごと何者かに抱き締められた。

「うわあ!?」


足、足、浮いてる!?
こわっ!


*****


俺は、背後から謎の人物によって持ち上げられていたのだ。
20kg以上ある、装備ごと。

そのままバックブリーカーかまされるかと思った。


嘘だろ。
俺の体重とあわせて、合計100kg近くあるんだぞ!?

何だこいつ、もの凄い力だ。


『死ぬにはまだ早いぞ。生きていればきっと、いいことがあるから!』

は? 何だって?
俺、飛び降りと勘違いされたのか? こんな緩やかな傾斜の場所で?

アホか!
どうせするなら龍のあぎとのとこでするわ! しないけど!


「ち、違う、俺はただ、そこの落し物を見ようとしただけだ!!」

『……え?』
抱き上げられたまま、くるりと半回転して。

そいつは、坂の下を見たようだ。

『あ、本当だ。鎌みたいのが落ちてる』
ピッケルだよ。


そっと、地面に降ろされる。
地面に足が着いて、一安心する。

「ああ、びっくりした……」

まだ、心臓がバクバクいってる。
丈夫な身体になってよかったとしみじみと思った。


『すまなかった。とんだ勘違いをして、迷惑をかけたようだね』

頭を下げて。
顔を上げた男は。

やたら背の高い、物凄い美形だった。


*****


見れば、その男はまるで古代中国の文官のような格好をしていた。
文官にしてはカラーリングがやたら派手だが。

赤と黒の胡服で。袖や襟には手の込んだ金の刺繍が入っている。布地もシルクっぽいし。
コスプレや舞台衣装にしては高級そうだ。
鮮やかな赤い髪は上の方で結い上げ、金の簪で留めてあった。

手荷物は一切持ってない。
靴も、平べったい底のようだ。

目は、不思議な色をしている。紫紺、というんだっけ?
カラーコンタクトだろうか?

まさか、こんな格好で、登山したのか? ここまで? 逆ルートから来たにしても相当だぞ? 岩場を歩けるような靴じゃねえだろ。
クレイジーなコスプレイヤーだな。


「まったく。考えてもみろよ。こんな重装備で、わざわざこんな難所へ登山してまで自殺するような奇特なやつが、この世にいるわけないだろ?」
俺が言うと。

男は、微妙な顔をした。
まるで、そういうやつが、実際に居たみたいな。

……居たのかよ。
マジかよ、何の目的で!?


男は悲愴な顔をして。
『その方は、人生に絶望して。飛び降りなどは他人に迷惑がかかるので、誰にも発見されずにひっそりと死体になるため、自殺と見咎められぬよう、登山の装備を整えたと……』

おいおい、随分気合の入った自殺志願者だな。

「そ、そうか。まあ気を落とすな。俺は死ぬ気はないし、安心しろよ」
励ますように肩を叩いたら。


『あ、その方は現在とても幸せに暮らしてるし、ちゃんと生きてるよ』

ちゃんと生きてるのかよ!
紛らわしいわ!!


*****


……ん?

何かこの男、やたらいい匂いがするような気がする。

男も、不思議そうに首を傾げて。

『ちょっといいかな?』
俺の耳元の匂いを嗅いでる。

この人、なんか動物みたいだな。
邪気がないっていうか。


ああ、やっぱりいい匂いがする。
何ともたとえがたいけど、昂揚するような。

『とても、良い匂いがする。香水ではないようだけど……』

俺は、香水なんかつけてない。
むしろ登山で汗くさいくらいじゃないか?

「え、あんたもか?」

目が合った。

……あれ? これ、カラコンじゃねえな。
髪も、生え際を見る限り、染めたわけじゃなさそうな……。生まれつき、こんな派手な赤毛ってありえるのか?

眉と睫毛の色は、濃い赤だ。

綺麗だな。
思わず無言で見惚れてしまうほど。


……ん? 顔、近くね? うわ、近い近い!


*****


「っ!?」

気付けば。
がっしりと抱き締められて、キスをされているという状況だった。

何でだ。
どうしてこうなった?

しかも、すごい怪力だから、動けない。


「んうう、……んー、」
ぬるり、と舌先が唇を割り、侵入してくる。

ベロチューとか、女の子ともしたことがなかったのに! 何でさっき会ったばかりの男に、キスされてんだよ!?

俺のファーストキスを返せ!

などと、がっつり口を塞がれていては言えるわけもなく。


酸素。
酸素が足りない……。

ただでさえ、ここは地上より空気が薄いのに。


男の腕の中。
意識が遠のいていった。
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