人生に絶望した俺が異世界で龍のツガイにされるなんてこれはきっと悪い夢に違いない。

篠崎笙

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ツガイのつとめ

嵐の前の……

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昔から俺は、その気もないのに男を誘うっていう、おかしなフェロモンが出る体質だった。

そのせいで男に襲われたり痴漢されたりで、すっかり男嫌いになっていた。
その上、色々と不運が続いて。

自殺を考えるほど、不幸のどん底だった俺が。
異世界で男……しかも龍の皇帝のツガイになっちゃうなんて。

人生って、ほんとわかんないもんだ。


しかも、龍国の皇帝陛下と結婚式まで挙げて。
その生命といえる龍玉を与えられて。正式に皇后になったんだ。

そしたら、男を誘うフェロモンは、ツガイにしか匂わない体質になった。
それでもこの世界では、背の小さい俺は龍に狙われてしまう存在らしくて、まだまだ気は抜けないんだけど。


未だにこれ、夢なんじゃないかって思うときがある。

夢ならずっと覚めないで欲しい。
だって今、俺は、すごく幸せだから。


*****


俺は今、蔽膝へいしつっていう前掛けに、龍の刺繍を刺している。
黒地に金の糸で。

公務の時は、皇帝しか身に着けられないっていう黄色の服を着ているけど。
雷音は黒も似合うんだよな。背が高いし、男前だし。

金糸で織った着物も似合いそうだ。
聖獣の国に発注して織ってもらおうか。ガタイがいいから2反は欲しいところだ。


お揃いで服、作っちゃおうかな?
別にペアルックでも許されるよな。ツガイだもん。

結婚式でも、色違いの同じデザインの服だったし。
あれも似合ってて、格好良かったなあ。


『……殿、望殿?』

はっ。
つい、妄想に浸ってしまった。

「な、なに?」

『刺繍、終わったけど。これでいいのかな?』
赤龍王、朱赫しゅかくは得意げにクッションの布を掲げた。

クロスステッチで、龍の刺繍を入れたものだ。

丁寧に刺してる。
だいぶ上達してきたな。努力家だ。

「うん、上出来だよ。じゃあ布を裏返しにして、二枚重ねて3辺を縫い合わせて」

『わかった。大変だけど、楽しいものだね』
にこにこしている。

俺もつられて笑顔になる。
一見クールなハンサムなのに、笑うと何か可愛いんだよな、この人。


『望様、わたしも出来上がりました』

麒麟の国から遊びに……いや刺繍を学びに来た剛麒ごうきは、青い布に白い龍を刺繍してる。
聖将白龍王のファンなんだもんな。

手先が器用で、上手に出来ている。


『俺も俺も!』

白龍王、元白げんぱくは、からし色の布に、麒麟を刺繍していた。
仲いいな。

う~ん。
クロスが少々いびつだが、元気があってよろしい。


*****


図書室が、すっかり手芸教室みたいになっている。

ちなみにこの部屋の主である青龍王、青峰せいほうはずっと本を読んでいて、時折お茶とおやつを出してくれる。
細かい作業は得意ではないが、見ているのは好きらしい。


『何で裏返しにして縫い合わせるんだ?』
元白は不思議そうだ。

「えーとね、」

口で説明するより、実際にやって見せた方がわかりやすいだろう。
切れ端を二枚重ねて端を縫い合わせ、引っくり返してみせる。

「ほら、縫い目が見えないほうが綺麗に見えるだろ?」

あえて縫い目を見せる方法もあるんだけど。
初心者にはこの方法が一番わかりやすいし縫いやすいと思う。

『おお……』
みんな、感心したように見てる。


そこら辺に置いてあるクッションも、そうやって作られてるんだけど。
まあ興味がなければ、そういう物にいちいち注目しないか。

俺は細工物とか、どうやって作るんだろって思って、つい興味津々で見ちゃうけど。


「で、こうして綿をつめたら、目立たないように縫っておしまい」

小さなクッションが出来た。
針山にでもするかな。

『わあ、かわいい。小鳥さん用の坐垫クッションでしょうか』

その発想は無かった。
剛麒はかわいいなあ。思わず撫で回したくなる。

麒麟は角の周辺を触られるの嫌がるから、しないけど。


「あ、朱赫。端っこの方は丁寧にね。返し縫いすると、綺麗な角になるよ」

『了解』
真剣な顔で縫っている。こっちもかわいいなあ。

だいぶ年上なんだけど。


*****


物を作るのはいいことだ。

苦労して作れば愛着もわくし。
物を作るのには手間暇が掛かることや、職人の凄さもわかって。物を粗末にせず、大事にしようと思う気持ちにもなるだろうし。

大切にしたい、MOTTAINAI精神。
決して貧乏性ではないのだ。


「布の切れ端もパッチワークに使えるから、捨てないようにな」
『はーい』

素直で、いい生徒達である。


『楽しそうだな? 望』
雷音が顔を出した。

「あ、雷音れいん


色々あったけど、晴れて夫となった、俺のツガイ。

ちょいちょい仕事を抜け出しては様子を見に来るんだから。
さびしんぼめ。

剛麒が慌てて拝礼をしているのを、いいから楽に、と声を掛けている。


「雷音、これちょっと合わせてみて?」

丁度いいときに来た。
早速、刺繍の終わった蔽膝をあててみる。

『おお、素晴らしいな』

「上衣の襟と袖にも、金糸で刺繍入れたいんだよね。公務用のはこれくらい派手でもいいと思うんだけど。……どうかな?」
朱赫にも聞いてみる。

『大変お似合いだと思いますよ、陛下』
いいと思う、と頷いている。

『ああ。では上衣も頼めるか?』

「うん。腕が鳴るなあ」
みんな、もうすっかり職人だな、と笑った。

自分の技術が、喜んでもらえて。人の役に立つのは嬉しい。
幸せなことだ。


雷音は蔽膝の刺繍を見て言った。
『望、この金の龍に、銀の龍を添わせることは可能だろうか?』

銀の龍って。
……俺、だよね?

「出来るけど。……何か恥ずかしくない?」

ある意味、ペアルックより恥ずかしいような気がするんだけど。


『そんなことはない。ツガイが仲良く寄り添うのは当たり前だ。大変な手間がかかるなら、諦めるが』

「いや、大変じゃないよ。わかった。銀の龍、添わせるよ」


蔽膝を受け取って。
どういう風に追加しようか、図案を考える。
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