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黄龍大帝のツガイ
未知の生物との遭遇
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死のう、と決めたのは良いけど。
問題は、その死に方だ。
高所からの飛び降りはそこの建物に住む人に迷惑だし、万が一落ちた先に人がいて、ぶつかったりして巻き込んでしまったら相手も浮かばれない。
電車や車に飛び込むのは、鉄道会社や運転手がかわいそうだし。
遺体を片付ける業者、遅延により遅刻したり、乗客にとっても迷惑だ。
首吊りは、発見者や処理する人がかわいそうだ。
山の中で、誰にも知られずひっそり死んで。
誰にも見つからないまま骨になり土に還るのが一番いいのではないだろうか?
山の夜は冷える。汗をかいて濡れた衣服をそのまま乾かさずにいるだけで低体温症に陥ることもあるという。
凍死と違い、低体温症による死はあまり苦しくないらしい。
案外、遭難事故で死ぬケースは多い。ニュースでもよく見る。
入山記録を残さなければ捜索もされないだろう。
海と違い、山の捜索は莫大な費用が掛かるというが。
ひっそりと死んで骨になってしまえば、たぶん迷惑も掛からないだろう。
ということで。
遭難事故を装って死のうと決めた。
*****
交通費を残した全財産を使い、山登りの装備を買った。
富士山はだめだ。すぐ見つかってしまう。
どうせなら、遭難者や死者の多い、険しい山がいい。遭難したとしても不自然じゃない場所。
ロープを持っていても、山登りなら疑われまい。
万一捜索隊でも出されてしまったら困るので、登山届けは出すふりだけしておこう。
早朝に登山口に行くと、すでに何人か登山者がいた。
都合のよいことに、登山のハイシーズンだ。
にこやかに挨拶を交わし、山を登る。
この時期、何とかいう花が綺麗なんですよ、この山険しいでしょ、修験道の人もたまに見かけますよ、なんて話を振られて。
さも興味があるように、相槌を打つ。
幸い、その人達とはルートが違ったので、途中で別れた。
前日まで雨が降っていたようで、道はぬかるんでいて歩きにくかったが。
どこか、ハイになっているのだろうか。
泥に足をとられても、疲労感はあまり感じない。
とにかく、上を目指して進んでみよう。
そして、人のいない方へ。
その後は。
適当に横道に入れば、うまく遭難できるだろう。
*****
龍のあぎと、と呼ばれる難所に出た。
名前の通り、まるで龍が口を開けているような形の岩が突き出ている。
その周りを、岩に張り付くようにして進む。
鎖はついているものの、心許ない。
狭い足場の下は急斜面の岩場だ。足を滑らせたら、命はないだろう。
つい下を見てしまい、ぞっとした。
死にに来たというのに。
落ちるのが恐いと思うのがおかしくて、つい笑ってしまった。
きっと、本能的に恐れてしまうんだろう。
龍の口の中、というか、大岩の間にはけっこう水が溜まっているようだ。
横殴りの雨だったんだろうか?
「……?」
水面が、不自然に揺れているように見えた。
目を凝らしてよく見ると、どうやら何か生き物が溺れているようだ。
斜面を滑るように、水溜りに降りてみた。
溜まっていた水は思ったよりも深く、胸まで浸かってしまうくらいだ。
足がつかないほど深いよりはマシか。
ばしゃばしゃと水音を立てている生き物を拾い上げてみる。
……何だこれ、トカゲかな?
でも、トカゲにしては長すぎるような。
前肢と後肢があるから、蛇ではないだろう。
背を鱗に覆われた、白いワニのような、トカゲのような。とにかく今まで見たことない生き物だ。
頭には、角のような突起が二つある。
頭と背と尾には、たてがみのような毛が生えている。
目は、綺麗な青だ。
……なんだこれ。
新種か、突然変異のトカゲか?
*****
「ミャー」
トカゲモドキは俺を見て鳴いた。
みゃあ?
猫みたいな鳴き声だな。
とりあえず、この生き物は泳げないようなので、頭に載せて。
ピッケルを使い、上へ登ろうと試みるが。
内側は取っ掛かりのない、なだらかな斜面で。
壁登りのような上級者向けのことはできなかった。
だいたいハーケンも輪カンもないのに、斜面を登れるかってんだ!
本格的な登山をしに来たんじゃなくて。
死にに来たんだよ、俺は!
などと心の中で逆ギレしてもしょうがない。
首吊り用のロープに、ピッケルを縛りつけ。
ぐるぐる振り回し、勢いをつけて、上に放り投げる。
何回か失敗したが。
上手くどこかに引っかかったようだ。
引っ張っても、戻ってこない。
よし。
トカゲモドキを、ピンと張った状態にしたロープにしがみつかせる。
鉤爪みたいな小さな手は、指が五本あった。
「ほら、上に登りな?」
トカゲモドキはこちらを度々見て。
ミャー、と鳴いている。
何だ、心配してるのか? かわいいな。
「俺はもう、上に登れる体力はないから。ほら、行けよ」
尻のあたりを叩いて、急かせると。
トカゲモドキはこちらを気にしている様子だったが。
するすると器用にロープを登っていった。
「ミャー」
上からトカゲモドキが見下ろして、ミャーミャー鳴いてる。
無事に龍のあぎとから脱出できたようだ。
ドジっこトカゲ。
また落ちたりするなよ?
俺はもう、助けられないから。
*****
水温は低い。
体温を奪われているため、低体温症になっているようだ。
でも、だんだん水の冷たさを感じなくなってきた。
むしろ、熱く感じる。
もう、足元の感覚もわからない。
このまま死ぬんだろうな。
何となく思った。
遭難してから死ぬつもりだったけど。
案外あっけないもんだ。
覗き込まない限り、死体が見つかることはないだろう。
不思議と恐怖もないのは、脳内麻薬でも出てるのかもしれない。
トカゲモドキ、かわいかったな。
ろくでもない人生だったけど。
最期に、何か。いいことができて良かった。
問題は、その死に方だ。
高所からの飛び降りはそこの建物に住む人に迷惑だし、万が一落ちた先に人がいて、ぶつかったりして巻き込んでしまったら相手も浮かばれない。
電車や車に飛び込むのは、鉄道会社や運転手がかわいそうだし。
遺体を片付ける業者、遅延により遅刻したり、乗客にとっても迷惑だ。
首吊りは、発見者や処理する人がかわいそうだ。
山の中で、誰にも知られずひっそり死んで。
誰にも見つからないまま骨になり土に還るのが一番いいのではないだろうか?
山の夜は冷える。汗をかいて濡れた衣服をそのまま乾かさずにいるだけで低体温症に陥ることもあるという。
凍死と違い、低体温症による死はあまり苦しくないらしい。
案外、遭難事故で死ぬケースは多い。ニュースでもよく見る。
入山記録を残さなければ捜索もされないだろう。
海と違い、山の捜索は莫大な費用が掛かるというが。
ひっそりと死んで骨になってしまえば、たぶん迷惑も掛からないだろう。
ということで。
遭難事故を装って死のうと決めた。
*****
交通費を残した全財産を使い、山登りの装備を買った。
富士山はだめだ。すぐ見つかってしまう。
どうせなら、遭難者や死者の多い、険しい山がいい。遭難したとしても不自然じゃない場所。
ロープを持っていても、山登りなら疑われまい。
万一捜索隊でも出されてしまったら困るので、登山届けは出すふりだけしておこう。
早朝に登山口に行くと、すでに何人か登山者がいた。
都合のよいことに、登山のハイシーズンだ。
にこやかに挨拶を交わし、山を登る。
この時期、何とかいう花が綺麗なんですよ、この山険しいでしょ、修験道の人もたまに見かけますよ、なんて話を振られて。
さも興味があるように、相槌を打つ。
幸い、その人達とはルートが違ったので、途中で別れた。
前日まで雨が降っていたようで、道はぬかるんでいて歩きにくかったが。
どこか、ハイになっているのだろうか。
泥に足をとられても、疲労感はあまり感じない。
とにかく、上を目指して進んでみよう。
そして、人のいない方へ。
その後は。
適当に横道に入れば、うまく遭難できるだろう。
*****
龍のあぎと、と呼ばれる難所に出た。
名前の通り、まるで龍が口を開けているような形の岩が突き出ている。
その周りを、岩に張り付くようにして進む。
鎖はついているものの、心許ない。
狭い足場の下は急斜面の岩場だ。足を滑らせたら、命はないだろう。
つい下を見てしまい、ぞっとした。
死にに来たというのに。
落ちるのが恐いと思うのがおかしくて、つい笑ってしまった。
きっと、本能的に恐れてしまうんだろう。
龍の口の中、というか、大岩の間にはけっこう水が溜まっているようだ。
横殴りの雨だったんだろうか?
「……?」
水面が、不自然に揺れているように見えた。
目を凝らしてよく見ると、どうやら何か生き物が溺れているようだ。
斜面を滑るように、水溜りに降りてみた。
溜まっていた水は思ったよりも深く、胸まで浸かってしまうくらいだ。
足がつかないほど深いよりはマシか。
ばしゃばしゃと水音を立てている生き物を拾い上げてみる。
……何だこれ、トカゲかな?
でも、トカゲにしては長すぎるような。
前肢と後肢があるから、蛇ではないだろう。
背を鱗に覆われた、白いワニのような、トカゲのような。とにかく今まで見たことない生き物だ。
頭には、角のような突起が二つある。
頭と背と尾には、たてがみのような毛が生えている。
目は、綺麗な青だ。
……なんだこれ。
新種か、突然変異のトカゲか?
*****
「ミャー」
トカゲモドキは俺を見て鳴いた。
みゃあ?
猫みたいな鳴き声だな。
とりあえず、この生き物は泳げないようなので、頭に載せて。
ピッケルを使い、上へ登ろうと試みるが。
内側は取っ掛かりのない、なだらかな斜面で。
壁登りのような上級者向けのことはできなかった。
だいたいハーケンも輪カンもないのに、斜面を登れるかってんだ!
本格的な登山をしに来たんじゃなくて。
死にに来たんだよ、俺は!
などと心の中で逆ギレしてもしょうがない。
首吊り用のロープに、ピッケルを縛りつけ。
ぐるぐる振り回し、勢いをつけて、上に放り投げる。
何回か失敗したが。
上手くどこかに引っかかったようだ。
引っ張っても、戻ってこない。
よし。
トカゲモドキを、ピンと張った状態にしたロープにしがみつかせる。
鉤爪みたいな小さな手は、指が五本あった。
「ほら、上に登りな?」
トカゲモドキはこちらを度々見て。
ミャー、と鳴いている。
何だ、心配してるのか? かわいいな。
「俺はもう、上に登れる体力はないから。ほら、行けよ」
尻のあたりを叩いて、急かせると。
トカゲモドキはこちらを気にしている様子だったが。
するすると器用にロープを登っていった。
「ミャー」
上からトカゲモドキが見下ろして、ミャーミャー鳴いてる。
無事に龍のあぎとから脱出できたようだ。
ドジっこトカゲ。
また落ちたりするなよ?
俺はもう、助けられないから。
*****
水温は低い。
体温を奪われているため、低体温症になっているようだ。
でも、だんだん水の冷たさを感じなくなってきた。
むしろ、熱く感じる。
もう、足元の感覚もわからない。
このまま死ぬんだろうな。
何となく思った。
遭難してから死ぬつもりだったけど。
案外あっけないもんだ。
覗き込まない限り、死体が見つかることはないだろう。
不思議と恐怖もないのは、脳内麻薬でも出てるのかもしれない。
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