18 / 71
幕間Ⅱ
聖なる水の恩寵
しおりを挟む
夕食まではまだ時間があったので、馬車でロチェスターを案内することにした。
リンは、この世界には長命種はいないと聞いてがっかりしていた。
私もファンタジー映画などは好んで観ていたので、その気持ちはよくわかる。獣人はいるのだが。残念ながら、ドワーフやホビットもいない。
スキート商会では、主のヴァンスにのみ、リンが特別な子供で、神の使いであること。この情報は極秘であり、他言無用なことを告げた。
この先、リンと取引をすることになった場合、決して失礼のないようにと念を押した。
ここで、リンの年齢が判明した。まさか、10歳だとは。
喋り方もたどたどしく、幼い印象だが。
……成人まで、あと5年か。
*****
リンは植物や動物の図鑑が欲しいというので。金に糸目は付けず、なるべく詳しく書かれた図版入りの本を出させた。
この世界は製紙産業が活発でなく、書物のほとんどが写本で高価なものが多い。一冊平均10トーン、つまり10万ほどである。
凸版くらいならば私でも広められそうだが。面倒なのでやる気が起きない。
リンはこの世界に来たばかりだというのに、貨幣価値を瞬時に理解し、本の価格を聞いて申し訳なさそうな顔をしたが。案ずることはない。
私は王子としての俸給や冒険者としての収入をほぼ使うことなく、ただ金庫に眠らせていただけであった。有益な使い道が出来て、嬉しいくらいである。
リンに似合いそうな服の草案をいくつか見繕い、仕立てさせたのだが。
見立て通り、とても似合っていた。
これでしばらくの間、着替えに困ることはないだろう。
スキート商会を後にし、馬車で下町を通る。
この国は、大陸の中心にあり、雨量は多く。
作物は育つが、雨水を貯めるという習慣自体がない。川も遠く、飲み水が不足しているなとの話をすると。
リンは何か思案している様子をみせた。対策を考えてくれているのだろうか。
*****
教会を通り掛かった時。
ここの神職の中でも優秀で、26歳で新たな教会を任されるほど誉れ高いプレストン・メイヤーが、珍しくも慌てふためいた様子でこちらへ駆け寄って来た。
馬車を止め、どうしたのかと問えば。
たった今、神託が下され。神の使者がここを通ると聞いて、取る物も取り敢えず馳せ参じたとのこと。
メイヤー師は、馬車にいたリンと目が合った途端。突然跪いて拝みだした。
「ふ、ふあああっ、なんと尊い……!」
「あの、とりあえずお水でも飲んで、落ち着いてください」
リンは全力疾走したせいで息も絶え絶えなメイヤー師に、氷水が入ったコップを差し出した。心優しい子だ。
……待て。コップだと?
この世界では、ガラスのコップは非常に珍しいものだ。そもそもガラスの材料が稀少で滅多に手に入らない。
教会にある、ガラスの小さな欠片をモザイク状に配置したステンドグラスもどきですら、見学者が絶えぬほどである。
”氷が浮いている、水の入ったコップ”を。今、出したというのか。
どうやって? どれほどの魔法を複合すれば、それは可能なのだろう。ヒトの力では有り得ない。
これが、神から与えられた力か。
「……これは、どこから取り出したのかな? 水魔法と、土魔法……ではないな。それも、詠唱破棄……?」
「後で説明するから。お水、渡してあげて……」
遠慮がちに、リンに頼まれる。
メイヤー師は私からコップを奪う訳にもいかず、不審者のような動きをしていた。
「ああ、これは失礼した」
「おお……、素晴らしい。これぞ、神の奇跡……、」
私の手から、聖遺物でも扱うように恭しくコップを受け取り。うっとりとコップを見つめ。
ひと口飲み、メイヤー師は目を輝かせた。
「ああ……、リン様の有難い 聖水……!」
……その言い方はやめろ。
何となくだが。
*****
メイヤー師は、甘露だの言いながら水を飲んでいる。
氷など、王子である私でも滅多に口にできない贅沢品である。水魔法の使い手でも、相当の熟練者でなくては作れない。
自然にできる氷も、遥か遠くの氷山から切り出すので、かなり高額になるのだ。
羨ましく思いながら見ていたのを憐れに思ったか。
リンは私だけでなく、オズワルドとオーソンにまで氷水入りのコップを渡してくれた。
神の使徒は、身分など関係なく、ヒト皆平等に扱うのだろうか?
リンは、この世界には長命種はいないと聞いてがっかりしていた。
私もファンタジー映画などは好んで観ていたので、その気持ちはよくわかる。獣人はいるのだが。残念ながら、ドワーフやホビットもいない。
スキート商会では、主のヴァンスにのみ、リンが特別な子供で、神の使いであること。この情報は極秘であり、他言無用なことを告げた。
この先、リンと取引をすることになった場合、決して失礼のないようにと念を押した。
ここで、リンの年齢が判明した。まさか、10歳だとは。
喋り方もたどたどしく、幼い印象だが。
……成人まで、あと5年か。
*****
リンは植物や動物の図鑑が欲しいというので。金に糸目は付けず、なるべく詳しく書かれた図版入りの本を出させた。
この世界は製紙産業が活発でなく、書物のほとんどが写本で高価なものが多い。一冊平均10トーン、つまり10万ほどである。
凸版くらいならば私でも広められそうだが。面倒なのでやる気が起きない。
リンはこの世界に来たばかりだというのに、貨幣価値を瞬時に理解し、本の価格を聞いて申し訳なさそうな顔をしたが。案ずることはない。
私は王子としての俸給や冒険者としての収入をほぼ使うことなく、ただ金庫に眠らせていただけであった。有益な使い道が出来て、嬉しいくらいである。
リンに似合いそうな服の草案をいくつか見繕い、仕立てさせたのだが。
見立て通り、とても似合っていた。
これでしばらくの間、着替えに困ることはないだろう。
スキート商会を後にし、馬車で下町を通る。
この国は、大陸の中心にあり、雨量は多く。
作物は育つが、雨水を貯めるという習慣自体がない。川も遠く、飲み水が不足しているなとの話をすると。
リンは何か思案している様子をみせた。対策を考えてくれているのだろうか。
*****
教会を通り掛かった時。
ここの神職の中でも優秀で、26歳で新たな教会を任されるほど誉れ高いプレストン・メイヤーが、珍しくも慌てふためいた様子でこちらへ駆け寄って来た。
馬車を止め、どうしたのかと問えば。
たった今、神託が下され。神の使者がここを通ると聞いて、取る物も取り敢えず馳せ参じたとのこと。
メイヤー師は、馬車にいたリンと目が合った途端。突然跪いて拝みだした。
「ふ、ふあああっ、なんと尊い……!」
「あの、とりあえずお水でも飲んで、落ち着いてください」
リンは全力疾走したせいで息も絶え絶えなメイヤー師に、氷水が入ったコップを差し出した。心優しい子だ。
……待て。コップだと?
この世界では、ガラスのコップは非常に珍しいものだ。そもそもガラスの材料が稀少で滅多に手に入らない。
教会にある、ガラスの小さな欠片をモザイク状に配置したステンドグラスもどきですら、見学者が絶えぬほどである。
”氷が浮いている、水の入ったコップ”を。今、出したというのか。
どうやって? どれほどの魔法を複合すれば、それは可能なのだろう。ヒトの力では有り得ない。
これが、神から与えられた力か。
「……これは、どこから取り出したのかな? 水魔法と、土魔法……ではないな。それも、詠唱破棄……?」
「後で説明するから。お水、渡してあげて……」
遠慮がちに、リンに頼まれる。
メイヤー師は私からコップを奪う訳にもいかず、不審者のような動きをしていた。
「ああ、これは失礼した」
「おお……、素晴らしい。これぞ、神の奇跡……、」
私の手から、聖遺物でも扱うように恭しくコップを受け取り。うっとりとコップを見つめ。
ひと口飲み、メイヤー師は目を輝かせた。
「ああ……、リン様の有難い 聖水……!」
……その言い方はやめろ。
何となくだが。
*****
メイヤー師は、甘露だの言いながら水を飲んでいる。
氷など、王子である私でも滅多に口にできない贅沢品である。水魔法の使い手でも、相当の熟練者でなくては作れない。
自然にできる氷も、遥か遠くの氷山から切り出すので、かなり高額になるのだ。
羨ましく思いながら見ていたのを憐れに思ったか。
リンは私だけでなく、オズワルドとオーソンにまで氷水入りのコップを渡してくれた。
神の使徒は、身分など関係なく、ヒト皆平等に扱うのだろうか?
23
お気に入りに追加
1,827
あなたにおすすめの小説
【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話
匠野ワカ
BL
日本画家を目指していた清野優希はある冬の日、海に身を投じた。
目覚めた時は見知らぬ砂漠。――異世界だった。
獣人、魔法使い、魔人、精霊、あらゆる種類の生き物がアーキュス神の慈悲のもと暮らすオアシス。
年間10人ほどの地球人がこぼれ落ちてくるらしい。
親切な獣人に助けられ、連れて行かれた地球人保護施設で渡されたのは、いまいち使えない魔法の本で――!?
言葉の通じない異世界で、本と赤ペンを握りしめ、二度目の人生を始めます。
入水自殺スタートですが、異世界で大切にされて愛されて、いっぱい幸せになるお話です。
胸キュン、ちょっと泣けて、ハッピーエンド。
本編、完結しました!!
小話番外編を投稿しました!
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。
異世界転移したら何故か獣化してたし、俺を拾った貴族はめちゃくちゃ犬好きだった
綾里 ハスミ
BL
高校生の室谷 光彰(むろやみつあき)は、登校中に異世界転移されてしまった。転移した先で何故か光彰は獣化していた。化物扱いされ、死にかけていたところを貴族の男に拾われる。しかし、その男は重度の犬好きだった。(貴族×獣化主人公)モフモフ要素多め。
☆……エッチ警報。背後注意。
もふもふ好きにはたまらない世界でオレだけのもふもふを見つけるよ。
サクラギ
BL
ユートは人族。来年成人を迎える17歳。獣人がいっぱいの世界で頑張ってるよ。成人を迎えたら大好きなもふもふ彼氏と一緒に暮らすのが夢なんだ。でも人族の男の子は嫌われてる。ほんとうに恋人なんてできるのかな?
R18 ※ エッチなページに付けます。
他に暴力表現ありです。
可愛いお話にしようと思って書きました。途中で苦しめてますが、ハッピーエンドです。
よろしくお願いします。
全62話
普通の男子高校生ですが異世界転生したらイケメンに口説かれてますが誰を選べば良いですか?
サクラギ
BL
【BL18禁】高校生男子、幼馴染も彼女もいる。それなりに楽しい生活をしていたけど、俺には誰にも言えない秘密がある。秘密を抱えているのが苦しくて、大学は地元を離れようと思っていたら、もっと離れた場所に行ってしまったよ? しかも秘密にしていたのに、それが許される世界? しかも俺が美形だと? なんかモテてるんですけど? 美形が俺を誘って来るんですけど、どうしたら良いですか?
(夢で言い寄られる場面を見て書きたくなって書きました。切ない気持ちだったのに、書いたらずいぶん違う感じになってしまいました)
完結済み 全30話
番外編 1話
誤字脱字すみません。お手柔らかにお願いします。
悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。
ちんすこう
BL
現代日本で男子高校生だった羽白ゆう(はじろゆう)は、日本で絶賛放送中のアニメ『婚約破棄されたけど悪役令嬢の恋人にプロポーズされましたっ!?』に登場する悪役令嬢の兄・ユーリに転生してしまう。
悪役令息として処罰されそうになったとき、物語のヒーローであるカイに助けられるが――
『助けてくれた王子様は現実世界の義弟でした!?
しかもヒロインにプロポーズするはずなのに悪役令息の俺が求婚されちゃって!?』
な、高校生義兄弟の大プロポーズ劇から始まる異世界転生悪役令息ハッピーゴールイン短編小説(予定)。
現実では幼いころに新しい家族になった兄・ゆう(平凡一般人)、弟・奏(美形で強火オタクでお兄ちゃん過激派)のドタバタコメディ※たまにちょっとエロ※なお話をどうぞお楽しみに!!
異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる