神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙

文字の大きさ
上 下
2 / 71
プロローグ

瀧凛太郎の人生

しおりを挟む
俺の名前は瀧 凛太郎たき りんたろうという。

名乗ると、大概の人が「ん?」と首を傾げる。おそらく大多数の人が思い浮かべているのは、高名な作曲家の名だろう。
あちらは廉太郎れんたろうだし、親戚でも何でもない、全くの他人である。

どういうつもりでこんな名前を付けたのか理由を訊いてみたかったが。
名付けた父は物心つく前に亡くなっていたし、母は理由を訊いておらず、「良い名前ね」と即決したという。


俺は、東京都は某区立保育園に勤める調理師……だった。
専門学校で調理師免許と栄養士の資格を取り、公務員試験を受けて調理師になった。

志望理由は、特に何という事もない。
高校三年の時に亡くなった母は小学校の調理師をしていたのだが。葬式などで母の同僚から話を聞いたりしているうちに自分もやってみたくなって、志望していた大学から調理師専門学校へ進路を変え、公務員試験にも合格したので志望した職に就けた、というだけの話である。

地方公務員なので、とんでもないやらかしでもしない限りは定年まで安泰な仕事である。
しかし、公務員の悲しさで。3年に一度くらいに試験や異動もあり、やっと職場に馴れた時に離れることになる。
それと、有事の際には何よりも職場に駆けつけなければいけない義務がある。台風や大雨などの災害時には炊き出しに呼び出されたこともあった。

冬は水場で底冷えし、夏はクーラーも効かない蒸し風呂のような調理室で。重い寸胴鍋などの調理器具を使うので、肉体的にはかなりきつい仕事だ。

それでも、子供が残さずに完食してくれたり、笑顔で「おいしい」と感想を言ってくれた時は嬉しかったし、異動や卒園時には折り紙で作られたお花を貰ったりして。
この職についてよかったなあ、とほっこりしたものだ。


おばちゃんの多い職場で力仕事を押し付……もとい任されたり、コミュ障気味なのをからかわれたりしていじられつつ。
主任などに昇進して責任を負うのが嫌で、平のまま。

昇進試験や見合いの話を持ってくる上司をのらりくらりとかわしながら調理の仕事をしているうちに30を過ぎ。パワハラだのセクハラだのでうるさくなった昨今、お見合い話を持ってくる人もいなくなってしまった。
そして女性の多い職場だと、女性に対しての幻想とか一切抱けなくなるので、結婚への憧れなんてものもとっくに枯れ果てていた。


そんな感じで。
独身のまま、35歳の誕生日を迎えた。


*****


両親はいないし。親戚とは母親の三回忌以来連絡もなく。
友人は皆、既婚者になり。葬式や同窓会などの大きなイベントでもなければ会わないくらいに疎遠になってしまった。

家に帰っても特にケーキを食べるでもなく。誰にも祝われることのない誕生日にも慣れた。


その日も、普段通りに仕事を終え、商店街で購入した総菜を手に帰るところだった。
40過ぎてもこのままかもなあ、などと思いながら信号待ちをしていたら。

片側二車線の道路の向かい側に、電動自転車の前後に子供を乗せたお母さんがいて。
その子供が俺に気づいて、手を振った。

子供は二人とも、うちの保育園で預かっている園児だった。


どうやら駅前の商店街で買い物をしていたようだ。
前かごの買い物袋がぱんぱんで、子供が剥き出しのネギを持っていた。
歩道が狭いため後ろを人が通れるように、自転車は横向きで停めていたので、子供二人の笑顔がよく見えた。

手を振り返したら。園児らのお母さんも、俺に気づいて笑顔になった。
送迎の時に何度か言葉を交わしたことがあったので、顔を知っていたのだ。


ここまでなら、よくある光景だった。

だが。
この日はいつもと違い、とあるアクシデントがあった。


お母さんも子供たちと一緒になって俺に向かって手を振った。
その拍子に、持っていたスマホをすっ飛ばしてしまったのである。

彼女は慌てて、落ちたスマホを拾おうとして屈み。
バランスを崩した電動自転車が、子供達を乗せたまま車道へ倒れそうになった。

ちょうど、信号も青に変わったタイミングで。
俺は慌ててそちらへ走った。

最悪、自分が自転車の下敷きになる覚悟で。


間一髪。
自転車が倒れる前に支えることができた。

シートにベルトで固定されていたお陰で子供が落ちなかったので、ホッとしたが。
前後に子供が二人乗った状態の電動自転車は重い。
その上、買い物袋もあった。

更に、前傾姿勢になった不自然な体勢で自転車を支えてしまったため、あまり力が入らない状態だったので、起こすのに手間取ってしまった。
冷静に考えれば、ハンドルに掛けられた買い物袋や子供達を一旦下ろして、自転車を建て直せば良かったのでは、と後になって思うのだが。後の祭りである。


*****


信号は赤に変わってしまったが。
幸い、信号待ちしていた車はことの一部始終を目撃していたからか、クラクションも鳴らさずに待ってくれた。


どうにか苦心して、自転車を元通りに起こした。
どこか不安げな顔をしていた子供達は、俺に向けてホッとしたような笑顔を浮かべた。

その時だった。


停止していた車をすり抜けてきたバイクが。
まだ車道に残っていた俺に向かって突っ込んできたのは。


原付だったら、運が良ければ怪我だけで済んでいたかもしれない。

しかし、俺に突っ込んできたのは、排気量の多い外国製の大型バイクだった。
虹色に光るサングラスをかけ、いかつい革ジャンを着た髭のオッサンだったことだけは覚えている。


横断歩道の前で、赤信号にもかかわらず自動車が停まってたら、それにはそれなりの理由があるのだと考えろ、と言いたい。
しかも確認せず、スピードを出して突っ込んでくるなど言語道断の行いである。

……などと、その時の俺には、何も言えなかったが。


何せ、俺は血だらけでバイクの下敷きになっていて。
もはや口もきけない状態だったのだから。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

処理中です...