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大和撫子、砂漠の王子に攫われる

桜色の夢

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夢を見た。


夢の中で俺は、母さんと美咲叔母さんによってたかって振袖を着せられていた。
エンペラーホテルのフィッティングルームにて。


美雪は7歳で。
俺とお揃いの着物に大喜びだった。

季節感は無視、夏なのに、美雪のお気に入りの、桜柄の着物だ。


†††


そうだった。

8月20日。
宿題も片付け、夏休みでだらだらしていた俺を、銀座のホテルでお茶の弟子たちが集まる交流会があるので行かないか、と義之おじさんに誘われたんだ。

高級なタダメシが食える、ラッキー! ……と思ったのが間違いだった。


二人の暴走を何とかしてくれと頼んでも。
父さんも善之おじさんも、どうせ女装が似合うのなんて今のうちだけなんだから我慢しとけ、みたいな態度。

所詮は他人事である。

それ、中学の時からずっと言われてたんだけど。
いつになったら来るんだよ、俺の成長期!

家の中ならまだ我慢できるが。
外で着させられるのはさすがにまずいだろ。

大勢の人の前で女装だとバレたら、と思うと胃が痛くなってくる。


高校生男子が花柄の振袖とか。
ねえわ。


†††


「あら可愛らしい、美人姉妹ね」
などと声を掛けられてはヒヤヒヤする。

いとこなのよーと母が言い。
母親同士もひと目で双子だとわかるので、不思議だと盛り上がっている。

俺の性別は言うなよ!?
美雪に「やっくん」とか呼ばれたら、更に危険である。


俺は耐え切れず。
トイレに行くと言って、会場を飛び出した。

財布は着てた服のポケットだった、と気付いたのは、地下鉄の入口でだった。

携帯も持ってないとは。
うかつ。


一応夏用で生地が薄いとはいえ、この季節に振袖は目立つことこの上ない。
暑いし。

しかたない、荷物を取りに戻ろう、とホテルに向かう途中。


一人の少年が、地下鉄の駅入り口にある案内板の前に立っているのに気付いた。

浅黒い肌に、癖のついた黒い髪。
蒼い瞳。


横顔を一瞬見ただけでも、視線を奪われる。


思わず立ち止まって、少年に見惚れている通行人もいる。
外国の子供か。
それも、ちょっと見たことがないレベルでかなり可愛い。というか、物凄い美少年。

インドとか、そっち系の子かな?
小学生2年から4年くらい、だろうか。近くに親っぽい人はいない。

どうやら道に迷って困っている様子だ。

小さい子が困ってるようなのに。
何で誰も声を掛けないんだろ?


†††


「きみ、どうしたの?」
声を掛けてみたら。

「أريد الذهاب إلى البيت」

おっふ。
当然ながら、返ってきたのは外国語である。

しかも、英語とかならともかく。これって。


気に掛けてる人もいたようだけど。
これは、誰もどうにもできなかっただろうってことも理解できた。

交番に行っても、多分、対応するのは難しいだろうな。
アラブ圏の人なんて、滅多に見ない。


フフフ、君は運が良かったな。
俺はアラビア語なら、ちょっとだけわかるんだ。


マルハバンこんにちはアハランビックムフィようこそアル ヤーバーン日本へ
勝哉叔父さんから教わったアラビア語で挨拶をしてみたら。

不安そうだった少年の顔がぱあっと明るくなった。


「أضعت طريقي、إذا سمحت、من فضلك قل لي الطريق إلى فندق إمبريال」

うわ。
容赦のない長文が。

でも、知ってる単語があったぞ。エンペラーホテル、って言ったよな。

よかった。
丁度そこに戻るとこだ。


アナーイルシャード案内アフハムわかります

もはやカタコト通り越して単語だったが。
どうにか意図は通じたようだ。

嬉しそうに、こくりと頷いて。
手を差し出したら、ぎゅっと握られた。

よほど不安だったんだろう。
もう大丈夫だよ、と笑いかけると。

頬を染めて恥ずかしそうに俯いた。
何だこの子、可愛いな。


……いけね。
俺、女装してたんだった。

でも、この反応なら女装だってバレてはいないようだ。セーフ。
という悲しさよ。


†††


しかしこの子、いい生地の服着てるなあ。
お育ちの良さそうな感じだし、きっといいとこのお坊ちゃまだな。

滞在してるっぽいホテルも、庶民には縁のないとこだし。


万が一、保護者からお礼を、とかお名前を、とか言われたら困る。
その前に誘拐犯に間違えられたりして。

よし、保護者が来る前に逃げよう。


アンズル見てザーリカあれ、エンペラー・ホテル」
指を差して、先に見えている建物を示す。

手をぎゅっと握られて。
不安げに見上げられるのに、微笑んでみせた。

……ホテルまで、ちゃんと送るから。大丈夫だよ。


なるべく、何かを話しながら歩いた。
賢い子みたいで、なるべく簡単な単語で質問してくれる。

何が好きなの? とか聞かれて。
「俺はね、ええと。……キラーア読書


会話というより、俺は単語しか言えない感じだけど。
少年は嬉しそうだった。


†††


ホテルのロビーに到着して。
少年は、自分の服のポケットに入っていたブレスレットを渡そうとしてきた。

お礼? とんでもない。
いえいえいりません、と意思表示をしたのは伝わったようだ。


أصلان私の名は اسميアスラン
少年は自分の胸に手を当てて、名乗った。

「アスラン?」
頷いて、にこっと笑った。

可愛いな。
大きくなったらさぞかしイケメンに育つだろう。


لا تنسى忘れないで
アスランは、俺の手を握って。

「ما زلت طفلاً ، لكنني سألتحق بك دائمًا عندما أتمكن من الزواج」

何かを一生懸命話している。

でも。
ほとんどわからなかった。

迎えに行く、みたいな言葉はわかったけど。
  

アラビア語、もっと真面目に勉強しておけば良かったな。


†††


「مني الزواج يرجى , اعجبتك لقد」

おっと。
これはわかった。

タザウワジー。結婚してください、だ。


まさか、ついこの間、勝哉叔父さんから習ったばかりの言葉を聞くなんて予想もしなかった。
そんな言葉、使う機会なんて無いよ、とか言ってたのに。

しかも。
子供とはいえ、男の口から聞くことになるとは。


アスランは、真剣な顔をしてる。
これは冗談にして、笑っちゃいけないな。

……もう、会わないかもしれないし。

どうせ、大人になったら忘れるだろう。
俺が男だって、ばれてないようだし。日本のいい思い出にでもなればいいか。


総合すると。
大きくなったら迎えに行くから結婚してください、と言ったようだ。

……本当に迎えに来ちゃったら?
まあそれはそれで、面白いかもしれない。

人生というものは、なるようになるものだ。
明日は明日の風が吹くってな。


俺は頷いて、にっこり笑ってみせたのだった。
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