従姉妹の身代わりで茶会に行ったらヤマトナデシコ扱いされてアラブ系の王子様に砂漠の王国へ攫われてしまいました。

篠崎笙

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大和撫子、砂漠の王子に攫われる

飛行機は一路、マクランジナーフ国へ

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「話は戻るが。私は帰国後、将来、妻にヤマトナデシコを貰うと宣言し、着々と準備を進めていた。成人を迎え、結婚出来る歳になった故、こうしてユキヤを迎えに来たのだ」

さあおいで、みたいに手を差し出された。
手を取るのが当然、みたいな顔と態度ですけれども。

いや待て。
俺の意思はどうなる。


「俺男だし! ヤマトナデシコじゃねえし!」

私服で化粧もしてないんだから、女の子には見えないはずだ。
アラブ圏では髭の生えてない男性は女として扱われるから襲われる危険があるとか聞いたことあるけど。王子も髭生えてないし!

「いや、ユキヤは間違いなく私のヤマトナデシコだ」

絶対に逃がさん、今すぐにも攫おうという雰囲気なんだけど。
やだこのストーカー怖い。

勘弁して欲しい。
身に覚えなんかないし!


俺にしてみれば、全く記憶に無いんだから。

あ。
覚えている人に聞いてみればいいのか。


「ちょっ、タンマ! 一つ、確認させてくれ」

「?」
王子は不思議そうに首を傾げた。


ふっ、日本の死語まではさすがに知らなかったようだな。
Time out待った」が語源説、「一旦待つ」説、「短間」説など諸説あるのだ。

どうでもいいが。


†††


最終確認として、当時のことを知っているだろう善之おじさんに電話してみた。

「あ、善之おじさん? 今、大丈夫? あのさあ、覚えてないんだけど、10年前、雷に打たれる前に俺、銀座の茶会で振袖着させられてたことある?」
何をいきなり、と苦笑した気配。

王子も側に寄って、聞き耳を立てている。
あんま寄るなっての。

やっぱりいい匂いがするな畜生。

何がヤバいって。ここまで野郎に密着されてるってのに嫌悪感がゼロなとこだよ。
これがロイヤルオーラというやつか?


『ああ、そういえば、美咲たちによってたかって振袖を着せられて、会場から逃げ出したことはあったよ。しばらくして財布を忘れたとかで戻って来て捕まってたね。……それがどうかしたのかい?』

美咲伯母さんと母さん、二人掛かりでか……。
そりゃ逃げるしかないわ。

昔から、タッグを組んで俺を着飾らせるのが好きだったからな。
幸いというか、俺も実家を出て、リアル美少女の美雪が大きくなってからは、あまりなくなったが。


「うん。今、判明したんだけど。王子が探してた”ヤマトナデシコ”って、俺のことだったみたい……」
『……はぃ?』

王子は俺の手から携帯を取り上げると、笑みを浮かべながらおじさんに言い放った。
「そう。私の妻となる相手は、ユキヤであると判明した。故にノギは明日、ホテルへ来なくてもよいぞ」

『え、何で王子が!? 今、どこにいるんだ、雪哉くん!?』
おじさんの慌てた声が聞こえたけど。王子は勝手に通話を終了させた。あくまでマイペースなやつだ。


さすがは生まれながらの特権階級。
いっそ天晴あっぱれなほどのゴーイングマイウェイっぷりである。


†††


「ふむ、ユキヤは小説家か。仕事はどこでも出来そうだな。ああ、仕事はやめなくてもよい。私は心の広い夫であるので。必要なものは後で国へ送らせよう。身一つで来るがよい」
王子は自分の携帯を確認して言った。

部下だかなんかに俺のことを調べさせていたようだ。
名前でそこまでわかっちゃうのか。すげえな。

特権階級には一般人の個人情報など秘匿されないのか……。

何が仕事はやめなくてよい、だ。
作家として、読者からの需要がなくなるまでは仕事を辞めるつもりはない。

大きなお世話である。


「……本当に、男の嫁をめとるつもりなのか?」
一国の王子が? それも、第一王子なんて、王位継承権候補最高位じゃないか。

「婚約の証を、肌身離さず持ち歩いていたのだろう? ユキヤが私のヤマトナデシコなのは間違いない。何の問題がある?」

自分はの嫁を娶る、とは宣言してない。
”ヤマトナデシコ”だからいいのだ、という超理論をかまされた。


「宗教上、同性愛は禁止されてるんじゃないの?」
「安心したまえ。我が国の公用語はアラビア語だが、ムスリムではない。我が国の法律で同性愛は禁止されてはいない。問題ない」

って。
いや、俺が問題ありありなんですけど⁉


「こんな身体じゃ、気持ち悪いだろ?」
火傷を示す。

「私との約束を覚えておらぬのは誠に残念ではあるが。雷を受け、なお命があったのは私との大切な記憶を失う代償と思えば軽いもの。神のご加護だろう。むしろ誇りに思うがよい」
代償重すぎるわ!

……俺が嫌だって言っても聞きそうにないなこれ。
思わず遠い目になるが。まだ何か逃げ道はあるはず。頑張れ俺!


「あ、俺引きこもりだからパスポート持ってないわー」

というか今まで海外旅行なんてしたことない。
やったー。

「問題ない。先程作成したとの報告があった」
勝手に作られていたミラクル。


「いつ写真盗撮して作ったの!? 身分証明! 提出書類は!?」

王子は不敵に笑って。
それには答えてくれなかった。


パスポートって、そんな簡単に作れるんだね! 特権階級すげえな!!


†††


そんな訳で。
俺は今、マクランジナーフ王国専用のプライベートジェットに乗っています。


空港のVIP専用待合室では、用意されてたきらびやかな振袖に着替えさせられました。ひと目で最高級品だってわかる。いつ仕立てさせたのこれ。

着付けをしに来た美容師らしき人は、男に振袖を着せることについて、一切の反応も質問もしてこず。苦しくないですか、とかの必要最低限の会話以外、黙々と着せられました。
さすがVIP専用室に来るような美容師。プロですね。
金持ちの奇行に動揺しないよう、メンタルが鍛えられてるんでしょう。


着替えの隙に、辛うじて両親に連絡は出来たけど。
軽く状況を説明したら、もう大パニックです。

……俺もパニックだっつーの。

どういうことなの!? って。
俺が一番聞きたいわ!!


担当さんには当分秘密にしておこう。
どうせ顔を合わせることなど滅多にない。メール連絡だけだし、しばらくはバレないだろう。

あ、献本の送り先……いいか。実家に帰ったことにしてもらおう。

外国の王子様の嫁になったとかバレて話題になったら泣くが。
マクランジナーフは極端に情報が閉ざされた国なので、それだけは不幸中の幸いか?


†††


今は電子機器を使っていいというので。
〆切が近いからと、これだけ持って来たノートPCで原稿を書いている。

PC本体は後で国に送らせるそうだ。……まあ文書ソフトさえあれば何でもいいんだけど。
お気に入りの動画サイト、マクランジナーフからでも閲覧できるかな?


ははは、驚くほど筆が進むぜ!

色々ショックなことがありすぎてハイになってるのかね。
脳内麻薬出てるのかも。


王子は隣で優雅にシャンパン……じゃなくて炭酸水飲んでるし。
俺の右手を握りながら。

片手じゃキーボード打ちにくいんだけど!
エンターキーだけは打つの協力してくれるけども。

手を放してくれないのは、目を離した隙にでも逃げそうだからか?

逃げたいけど。
逃げたら乃木一家だけじゃなく、大勢の人に迷惑が掛かるし、逃げねえよ。


こんなクソ汚い手使ってまで、”ヤマトナデシコ”を手に入れたかったのかよ。
初恋の彼女の正体は男だったってのに。

国で色々言ってた手前、今更、引っ込みがつかなくなったのかね?


っていうか。
空の上でどうやって逃げるんだよ?

ノーパラシュートダイブなんてする勇気は無いぞ。
高所恐怖症なんだよ俺。


絶対! 窓の外は見ないからな!!


†††


「ألا تشعر بالعطش؟」


「え?」
突然、アラビア語で話しかけられて。

驚いて王子を見たら、王子は「あ、いけね」という顔をした。
そういう、の表情は年相応って感じだな。


「あー、大丈夫、わかった。ウリードゥ アン珈琲が アシュラバ カフワ飲みたいです
喉渇いてないか、と聞かれたんだ。

集中すると、すぐ周りが見えなくなっちゃうんだよな。
現実逃避とも言う。


حَاضِرٌ かしこまりました
いつのまにか脇にいた、客室乗務員キャビンアテンダント……プライベートジェットでも客室乗務員って呼んでいいのかしらないけど……は、綺麗な礼をしてドリンクコーナーへ向かった。

「ちゃんと通じたかな?」
「あまりに愛らしく、抱き締めたくなった」

真顔でおかしな冗談言うな。
あと手を恋人繋ぎするな。いい加減、手を離せよ。

……手、大きいなおい。18歳のくせに。


الانتظارお待たせعلى 致しشكرا ました
すぐに珈琲を持って来てくれた。

全然お待たせされてないよ。
まあお決まりのセリフなんだけど。

シュクランありがとう

俺の拙い礼に、客室乗務員はにっこり笑って。
綺麗に日本式の礼をして下がっていった。


香りからもわかっていたが、お高い味がする……。
紙コップじゃないし。

珈琲専門店で一杯1500円は下らないだろう品だ。間違いない。
種類はわかんないけど。


さすがは王国専用機。サービスも超一流だ。
王子の奇行もスルーである。
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