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冷静に考えて
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「そうだ。卒業後の進路はどうするつもりだったのかね?」
顕正さんに訊かれて。
「奨学金を頂いて、大学に通うつもりでしたが。祖父も祖母も亡くなったので、悩んでいたところです」
去年までは、ぼくが大学に通えるくらいの貯金はあったみたいなんだけど。
それはおじいさまの入院費で消えた。おばあさまは倒れる前まで、そのことを何度も謝っていた。
でも、ぼくはおじいさまが亡くなった時点で、唯一の男手になるのだから。
高校をやめて働いて、大黒柱となって家計を支えるべきだったのではないだろうか。
おじいさまの看病や家事とかで、あわあわしているうちに時間が過ぎて。
おばあさまも亡くなってしまった。
安心して逝けなかっただろうおばあさまには申し訳ないばかりだ。
*****
「なら、希望する大学に進学したまえ。学費は私が払おう。奨学金は他の、生活が困窮している生徒に譲るといい」
「うん、そうしなよ。大学は行っておいた方が有利だよ。どうせ腐るほど金はあるんだし、甘えちゃいなよ」
「資産を腐らせはしないが?」
「もののたとえじゃん」
顕正さんと正頌さんから、進学を勧められた。
ご両親も、進学には賛成な様子で。
ここは素直に、近衛家の皆さまのご親切をお受けした方がいいのかな?
大学で色々勉強をして。
そこで得た知識を生かした職に就いて、働いて。受けたご恩を返せたらいいけど。
今、ぼくにできるのは、家事くらいだ。
でも、使用人の大勢居るこの家では役立てない。
何も出来ない自分が歯がゆい。
「ありがとうございます。大学で学んで、精一杯、ご恩返しが出来ればいいと思います」
ありがたく、援助を受けさせていただくことにした。
「恩返しなど考えなくてもいいんだ。君が幸せに暮らしてくれればね」
顕正さんは優しく微笑んだ。
「ヒュー、兄さんやるなあ。熱い熱い」
「こらこら、茶化すんじゃない」
正頌さんは口笛を吹いて、お父さまに窘められていた。
兄弟同士も仲良さそうで、楽しそうだ。
うちはあまり会話が多くなかったな。特に食事時は。
ここは、暖かい家庭だと思った。
だから、顕正さんも優しいのかな?
*****
今日はここで寝るように、と。
客間に案内された。
「何しろ、急な話だったので、まだ用意が無くてね。このような部屋ですまない。すぐにでも、周君のための部屋を整えよう」
謝られたけど。
この客間でも、十分贅沢だと思う。
ベッドのシーツもきちんと整えられているし。
今日は学校の制服だったけど、夕食用の正装も何着か用意させると言われた。
晩御飯を食べるのに、わざわざ正装するのか。
未だにそんな貴族みたいな暮らしをしている人がいるんだ。元華族だからかな?
おばあさまは、ずっと着物だったな。
背筋もしゃんとして。苦労をしても、泣き言は言わない、高潔な人だった。
それは、元華族の誇りというものだったのかもしれない。
「あの、」
顕正さんを見上げて、訊いてみる。
「本当に、ぼくで良いんでしょうか? おじいさまの遺言といっても、強制ではないんでしょう?」
男だし。子供も産めないのに。
元華族というだけで、こんなに親切にしてもらえていいのだろうか。
ここに居て、いいのだろうか。
「君がいいんだよ。……写真をひと目見て、この子となら結婚したいと思った」
優しい手つきで、頭を撫でられた。
ぼくでいいの? 本当に?
「君は、相手が私のようなオジサンでは嫌かもしれないがね?」
苦笑している。
「え、あの、嫌じゃないです! そんな、おじさんだなんて思いません。とてもハンサムで、素敵な方だと思います!」
今までぼくの周囲には居なかったタイプの人だ。
大人で、格好良くて。紳士で。
もう、会社を経営してるんだよね?
立派な社会人だ。
男ならこうなりたいと、誰もが憧れるだろう。
ぼくだって、そう思うし。
*****
「それは……、ありがとう、」
顕正さんは、顔をあらぬ方向に向けていたけど。
耳を赤くしていた。
照れたようだ。
褒められるのも慣れてそうなのに。意外だ。
ずっと年上なのに。
何だか可愛いと思ってしまった。
「今日は色々あって疲れただろう。……おやすみ、私の可愛い婚約者どの」
そう言って。
ぼくの額に、口付けた。
……顕正さんって、外国育ちなのかなあ?
あんな風に自然に、おやすみのキスをするなんて。
こんなの、初めてだ。
ドキドキして。
……全然、嫌じゃなかった。
優しい手だったな。
あの手を取るのにふさわしい、立派な婚約者にならないと。
花嫁修業はいいとして。
お行儀見習いとか、した方がいいのかな?
上流階級の人が集まるパーティーとかありそうだし。
挨拶とか、仕草とか。
立場に相応しい行動をとらないと、パートナーに恥をかかせることになる。
顕正さんは、動作からして品が良さそうだったな。
ぼくも見習いたい。
明日から、花嫁修業頑張らなくっちゃ。
*****
……いやいや、何でぼくが花嫁なんだよ!?
一晩寝て。
冷静に考えて。
何で流されて、ここに来てしまったのか。疑問に思えてきた。
うちの相続税を肩代わりしてくれて。
大学の授業料も払ってくれる、という話だけど。
それって、パトロンと同じでは……? 何だか愛人契約みたいな感じだ。
顕正さんも、遺言で婚約者の存在を知ったのが、昨日の今日だというのに。
どうしてそんな突然、ぼくと結婚する気になれたんだろうか。
こんな、性格もよく知らない、男子高校生と。
あんなにモテそうなのに、今まで結婚してなかったのも不思議だけど。
何故、結婚する気になったのか。
写真を見て、この子なら結婚しても良いと思った?
男だよ? それなのに。
そんな軽い感じで結婚していいの?
社会的な立場もありそうなのに。社員から反発受けないかな。
……弟さんも普通に、ウエディングドレスが似合いそうとか言ってた。
顕正さんも、それに頷いていたし。
まさか。
ぼくが結婚式で女装すること、決定してるの!?
会社には、結婚相手は女の子ってことにするのかな?
発表はしないで、内縁の妻とか?
……顕正さん、相手が誰だろうが良かったんじゃないかな。
ぼくじゃなくても。
顔が許容範囲なら、誰でも。
だって。
男が相手でも良かったくらいなんだし。
顕正さんに訊かれて。
「奨学金を頂いて、大学に通うつもりでしたが。祖父も祖母も亡くなったので、悩んでいたところです」
去年までは、ぼくが大学に通えるくらいの貯金はあったみたいなんだけど。
それはおじいさまの入院費で消えた。おばあさまは倒れる前まで、そのことを何度も謝っていた。
でも、ぼくはおじいさまが亡くなった時点で、唯一の男手になるのだから。
高校をやめて働いて、大黒柱となって家計を支えるべきだったのではないだろうか。
おじいさまの看病や家事とかで、あわあわしているうちに時間が過ぎて。
おばあさまも亡くなってしまった。
安心して逝けなかっただろうおばあさまには申し訳ないばかりだ。
*****
「なら、希望する大学に進学したまえ。学費は私が払おう。奨学金は他の、生活が困窮している生徒に譲るといい」
「うん、そうしなよ。大学は行っておいた方が有利だよ。どうせ腐るほど金はあるんだし、甘えちゃいなよ」
「資産を腐らせはしないが?」
「もののたとえじゃん」
顕正さんと正頌さんから、進学を勧められた。
ご両親も、進学には賛成な様子で。
ここは素直に、近衛家の皆さまのご親切をお受けした方がいいのかな?
大学で色々勉強をして。
そこで得た知識を生かした職に就いて、働いて。受けたご恩を返せたらいいけど。
今、ぼくにできるのは、家事くらいだ。
でも、使用人の大勢居るこの家では役立てない。
何も出来ない自分が歯がゆい。
「ありがとうございます。大学で学んで、精一杯、ご恩返しが出来ればいいと思います」
ありがたく、援助を受けさせていただくことにした。
「恩返しなど考えなくてもいいんだ。君が幸せに暮らしてくれればね」
顕正さんは優しく微笑んだ。
「ヒュー、兄さんやるなあ。熱い熱い」
「こらこら、茶化すんじゃない」
正頌さんは口笛を吹いて、お父さまに窘められていた。
兄弟同士も仲良さそうで、楽しそうだ。
うちはあまり会話が多くなかったな。特に食事時は。
ここは、暖かい家庭だと思った。
だから、顕正さんも優しいのかな?
*****
今日はここで寝るように、と。
客間に案内された。
「何しろ、急な話だったので、まだ用意が無くてね。このような部屋ですまない。すぐにでも、周君のための部屋を整えよう」
謝られたけど。
この客間でも、十分贅沢だと思う。
ベッドのシーツもきちんと整えられているし。
今日は学校の制服だったけど、夕食用の正装も何着か用意させると言われた。
晩御飯を食べるのに、わざわざ正装するのか。
未だにそんな貴族みたいな暮らしをしている人がいるんだ。元華族だからかな?
おばあさまは、ずっと着物だったな。
背筋もしゃんとして。苦労をしても、泣き言は言わない、高潔な人だった。
それは、元華族の誇りというものだったのかもしれない。
「あの、」
顕正さんを見上げて、訊いてみる。
「本当に、ぼくで良いんでしょうか? おじいさまの遺言といっても、強制ではないんでしょう?」
男だし。子供も産めないのに。
元華族というだけで、こんなに親切にしてもらえていいのだろうか。
ここに居て、いいのだろうか。
「君がいいんだよ。……写真をひと目見て、この子となら結婚したいと思った」
優しい手つきで、頭を撫でられた。
ぼくでいいの? 本当に?
「君は、相手が私のようなオジサンでは嫌かもしれないがね?」
苦笑している。
「え、あの、嫌じゃないです! そんな、おじさんだなんて思いません。とてもハンサムで、素敵な方だと思います!」
今までぼくの周囲には居なかったタイプの人だ。
大人で、格好良くて。紳士で。
もう、会社を経営してるんだよね?
立派な社会人だ。
男ならこうなりたいと、誰もが憧れるだろう。
ぼくだって、そう思うし。
*****
「それは……、ありがとう、」
顕正さんは、顔をあらぬ方向に向けていたけど。
耳を赤くしていた。
照れたようだ。
褒められるのも慣れてそうなのに。意外だ。
ずっと年上なのに。
何だか可愛いと思ってしまった。
「今日は色々あって疲れただろう。……おやすみ、私の可愛い婚約者どの」
そう言って。
ぼくの額に、口付けた。
……顕正さんって、外国育ちなのかなあ?
あんな風に自然に、おやすみのキスをするなんて。
こんなの、初めてだ。
ドキドキして。
……全然、嫌じゃなかった。
優しい手だったな。
あの手を取るのにふさわしい、立派な婚約者にならないと。
花嫁修業はいいとして。
お行儀見習いとか、した方がいいのかな?
上流階級の人が集まるパーティーとかありそうだし。
挨拶とか、仕草とか。
立場に相応しい行動をとらないと、パートナーに恥をかかせることになる。
顕正さんは、動作からして品が良さそうだったな。
ぼくも見習いたい。
明日から、花嫁修業頑張らなくっちゃ。
*****
……いやいや、何でぼくが花嫁なんだよ!?
一晩寝て。
冷静に考えて。
何で流されて、ここに来てしまったのか。疑問に思えてきた。
うちの相続税を肩代わりしてくれて。
大学の授業料も払ってくれる、という話だけど。
それって、パトロンと同じでは……? 何だか愛人契約みたいな感じだ。
顕正さんも、遺言で婚約者の存在を知ったのが、昨日の今日だというのに。
どうしてそんな突然、ぼくと結婚する気になれたんだろうか。
こんな、性格もよく知らない、男子高校生と。
あんなにモテそうなのに、今まで結婚してなかったのも不思議だけど。
何故、結婚する気になったのか。
写真を見て、この子なら結婚しても良いと思った?
男だよ? それなのに。
そんな軽い感じで結婚していいの?
社会的な立場もありそうなのに。社員から反発受けないかな。
……弟さんも普通に、ウエディングドレスが似合いそうとか言ってた。
顕正さんも、それに頷いていたし。
まさか。
ぼくが結婚式で女装すること、決定してるの!?
会社には、結婚相手は女の子ってことにするのかな?
発表はしないで、内縁の妻とか?
……顕正さん、相手が誰だろうが良かったんじゃないかな。
ぼくじゃなくても。
顔が許容範囲なら、誰でも。
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男が相手でも良かったくらいなんだし。
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