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ケモノの最期
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悪神の教会へ、到着した。
暗雲がたちこめ、禍々しく、呪われた場所に。
ユキミには、グレゴリーの過去が見えたようだ。
グレゴリーの妻子の記憶が。
それは凄惨な過去だった。
この地で、過去、そのような惨劇が起こったのか。
この、とてつもない禍々しさも、頷ける。
俺だって、もしもユキミが陵辱されたら。
間違いなく、狂う。
においを辿り、見つけ出したが最後。ひと息には殺さないだろう。あらゆる苦痛を与え、愛する者に与えた苦しみ以上を。
想像するだけでも怒りで我を忘れそうになるほどだ。
グレゴリーと同じ事をしてしまう可能性は、限りなく高い。
*****
「同情はするけど。その後がいけない。悪神がぜんぶ悪いよ」
ユキミはきっぱりと言い切った。
盗賊を、グレゴリーを唆し、悲劇のシナリオを作った悪神が諸悪の根源だと。
「グレゴリーとヒグマを、憎しみから解放してやらないと」
ああ、確かにそうだ。
犯した罪以上の罰を求めてはいけない。
グレゴリーは、明らかにやりすぎた。
ユキミはまず精霊に、教会の浄化を願った。
渦巻いていた暗雲は退き、教会の周囲の浄化は済んだのだが。
それでも、教会をとりまく妖気は晴れなかった。
大元であるグレゴリー、それと邪神像をどうにかしなければなるまい。
教会にいた信者達は、すべて、罪人だった。
人々の苦痛を集めるため、大勢の命を奪っていたのだ。
獣人化を解除し、断罪してゆく。
惨たらしいであろう、その光景に。
ユキミは目をそむけなかった。
弱いものだと、傷付くものと、俺が勝手に思い込んでいただけで。
とても、強い心を持っていたのだ。
*****
教会の深部に、やつは居た。
グレゴリー。
妻子を失い狂った、哀れな男。
自分の守護獣だった羆を変質させた上、生命力の強い羆を捕らえ、人を恨ませた上で惨殺し。
呪い神のようになった羆とかけあわせ、強大な力を得ていた。
「……今更、救済に来たか。神よ」
グレゴリーは、ユキミを見て言った。
「いや、神子か。同じことだ。私はおまえを信じない」
その瞳は空虚だ。
絶望が、グレゴリーをこうしたのか。
ユキミは、神の代弁をした。
神も謝罪するのか。
神はグレゴリーを救おうとしたが、悪神に妨害されたのだという。
神とて、万能ではないのか。
「……大事な人を助けられなくて、悔やんだことはあるよ。力があれば、命を助けられたのにって」
祖母に、子猫。死にかけた生き物たちを。ユキミはすべて救いたかったのだ。
「ならば、わかるだろう。何の罪もない愛する妻と我が子を盗賊などに奪われた、私の苦しみが!」
グレゴリーは、血を吐くように叫んだ。
「俺が憎んだのは、無力な自分だよ。神様じゃない」
ユキミに言われ。
グレゴリーは押し黙った。
「レイチェルさんとメルルについてのことは、悪いのは盗賊と悪神だけだ。他の人に罪はないよ。なかったんだ」
「おまえ……何故その名を……!」
ずっと昔に死んだはずの妻子の名など、誰も知らないと思っていただろう。
それ故の、一瞬の、隙。
そこへ、光の刃を飛ばした。
呪われた憐れな羆たちは、解放された。
*****
そして。
後に残されたのは、異形に変質した男の姿。
「レイチェルさんとメルルの声を、聞いてあげて」
ユキミは祈った。
美しい女性と可愛らしい少女が、グレゴリーを労わるように、寄り添った。
彼女らは、グレゴリーの妻と娘だ。
彼女らの言葉を聞き、グレゴリーは膝をついた。
そこに、悪神が介入して来ようとした。
邪神像を媒介し、この世に限界しようとしたのだ。
その圧倒的な力。重圧で、ほとんどの者が動けなくなったが。
ジャスパーの魔術、”劫魔の火炎”によって悪神の像は灰になり、邪神の現界は防がれた。
隙を見てぶち込むため、詠唱していたのか。なかなかやるもんだ。
ユキミのより威力がアレだが。
まあ、そこは言わないでやるのが優しさってもんだ。
グレゴリーは、総ての罪を供述すると言った。
衛兵に連行されながらユキミを見たグレゴリーの瞳は、もはや空虚ではなかった。
「ありがとう。妻と娘の声を聞かせてくれて」
穏やかな声だった。
彼もまた、救われたのだ。
*****
悪神の教会は、全員の最強魔法で壊そう、という話になった。
範囲を教会敷地のみに限定するのは一苦労だが。
最後の大仕事である。
詠唱が終わって。
「せーの、」
「光魔法、”影なき閃光”」
本来は広範囲を焼き尽くす魔法だが。範囲を狭めたためか、かなり威力が上がってしまっていた。
「神聖魔法、”裁きの雷光”」
アーノルドのは、簡単に言えば、雷のとんでもなく強いやつだ。
「次元魔法、”無限の虚無”」
ジャスパーのは、重力で押し潰す術らしい。
「精霊魔法、”爆炎焦土”」
イアソンは医療魔法師とは思えない爆発系が好きだよな……。
「闇魔法、”煉獄の毒華”」
スウェーンも楽しそうだった。
強化魔法しか使えないティグリスは、最大出力で斧を振るって。
「メテオ」
……ユキミさん!?
加護により皆の能力が最大値まで上がっていたため、威力が桁違いだった上。
ユキミの謎魔法で結界が壊れかけて、あやうく大惨事だった。
あんなのが漏れ出たら、国の半分が焦土と化してしまう。
あんな凄まじい光景、もう二度と見られないだろう。
*****
「精霊たち、張り切りすぎだよ~」
もはや笑うしかない。
教会は、跡形なく消え去り。
すべてを供述した後に、グレゴリーが老衰で死亡したという。
380歳だったらしい。
こうして憐れな”ケモノ”は、この世から完全に消え去ったのだ。
神子、ユキミのおかげだ。
暗雲がたちこめ、禍々しく、呪われた場所に。
ユキミには、グレゴリーの過去が見えたようだ。
グレゴリーの妻子の記憶が。
それは凄惨な過去だった。
この地で、過去、そのような惨劇が起こったのか。
この、とてつもない禍々しさも、頷ける。
俺だって、もしもユキミが陵辱されたら。
間違いなく、狂う。
においを辿り、見つけ出したが最後。ひと息には殺さないだろう。あらゆる苦痛を与え、愛する者に与えた苦しみ以上を。
想像するだけでも怒りで我を忘れそうになるほどだ。
グレゴリーと同じ事をしてしまう可能性は、限りなく高い。
*****
「同情はするけど。その後がいけない。悪神がぜんぶ悪いよ」
ユキミはきっぱりと言い切った。
盗賊を、グレゴリーを唆し、悲劇のシナリオを作った悪神が諸悪の根源だと。
「グレゴリーとヒグマを、憎しみから解放してやらないと」
ああ、確かにそうだ。
犯した罪以上の罰を求めてはいけない。
グレゴリーは、明らかにやりすぎた。
ユキミはまず精霊に、教会の浄化を願った。
渦巻いていた暗雲は退き、教会の周囲の浄化は済んだのだが。
それでも、教会をとりまく妖気は晴れなかった。
大元であるグレゴリー、それと邪神像をどうにかしなければなるまい。
教会にいた信者達は、すべて、罪人だった。
人々の苦痛を集めるため、大勢の命を奪っていたのだ。
獣人化を解除し、断罪してゆく。
惨たらしいであろう、その光景に。
ユキミは目をそむけなかった。
弱いものだと、傷付くものと、俺が勝手に思い込んでいただけで。
とても、強い心を持っていたのだ。
*****
教会の深部に、やつは居た。
グレゴリー。
妻子を失い狂った、哀れな男。
自分の守護獣だった羆を変質させた上、生命力の強い羆を捕らえ、人を恨ませた上で惨殺し。
呪い神のようになった羆とかけあわせ、強大な力を得ていた。
「……今更、救済に来たか。神よ」
グレゴリーは、ユキミを見て言った。
「いや、神子か。同じことだ。私はおまえを信じない」
その瞳は空虚だ。
絶望が、グレゴリーをこうしたのか。
ユキミは、神の代弁をした。
神も謝罪するのか。
神はグレゴリーを救おうとしたが、悪神に妨害されたのだという。
神とて、万能ではないのか。
「……大事な人を助けられなくて、悔やんだことはあるよ。力があれば、命を助けられたのにって」
祖母に、子猫。死にかけた生き物たちを。ユキミはすべて救いたかったのだ。
「ならば、わかるだろう。何の罪もない愛する妻と我が子を盗賊などに奪われた、私の苦しみが!」
グレゴリーは、血を吐くように叫んだ。
「俺が憎んだのは、無力な自分だよ。神様じゃない」
ユキミに言われ。
グレゴリーは押し黙った。
「レイチェルさんとメルルについてのことは、悪いのは盗賊と悪神だけだ。他の人に罪はないよ。なかったんだ」
「おまえ……何故その名を……!」
ずっと昔に死んだはずの妻子の名など、誰も知らないと思っていただろう。
それ故の、一瞬の、隙。
そこへ、光の刃を飛ばした。
呪われた憐れな羆たちは、解放された。
*****
そして。
後に残されたのは、異形に変質した男の姿。
「レイチェルさんとメルルの声を、聞いてあげて」
ユキミは祈った。
美しい女性と可愛らしい少女が、グレゴリーを労わるように、寄り添った。
彼女らは、グレゴリーの妻と娘だ。
彼女らの言葉を聞き、グレゴリーは膝をついた。
そこに、悪神が介入して来ようとした。
邪神像を媒介し、この世に限界しようとしたのだ。
その圧倒的な力。重圧で、ほとんどの者が動けなくなったが。
ジャスパーの魔術、”劫魔の火炎”によって悪神の像は灰になり、邪神の現界は防がれた。
隙を見てぶち込むため、詠唱していたのか。なかなかやるもんだ。
ユキミのより威力がアレだが。
まあ、そこは言わないでやるのが優しさってもんだ。
グレゴリーは、総ての罪を供述すると言った。
衛兵に連行されながらユキミを見たグレゴリーの瞳は、もはや空虚ではなかった。
「ありがとう。妻と娘の声を聞かせてくれて」
穏やかな声だった。
彼もまた、救われたのだ。
*****
悪神の教会は、全員の最強魔法で壊そう、という話になった。
範囲を教会敷地のみに限定するのは一苦労だが。
最後の大仕事である。
詠唱が終わって。
「せーの、」
「光魔法、”影なき閃光”」
本来は広範囲を焼き尽くす魔法だが。範囲を狭めたためか、かなり威力が上がってしまっていた。
「神聖魔法、”裁きの雷光”」
アーノルドのは、簡単に言えば、雷のとんでもなく強いやつだ。
「次元魔法、”無限の虚無”」
ジャスパーのは、重力で押し潰す術らしい。
「精霊魔法、”爆炎焦土”」
イアソンは医療魔法師とは思えない爆発系が好きだよな……。
「闇魔法、”煉獄の毒華”」
スウェーンも楽しそうだった。
強化魔法しか使えないティグリスは、最大出力で斧を振るって。
「メテオ」
……ユキミさん!?
加護により皆の能力が最大値まで上がっていたため、威力が桁違いだった上。
ユキミの謎魔法で結界が壊れかけて、あやうく大惨事だった。
あんなのが漏れ出たら、国の半分が焦土と化してしまう。
あんな凄まじい光景、もう二度と見られないだろう。
*****
「精霊たち、張り切りすぎだよ~」
もはや笑うしかない。
教会は、跡形なく消え去り。
すべてを供述した後に、グレゴリーが老衰で死亡したという。
380歳だったらしい。
こうして憐れな”ケモノ”は、この世から完全に消え去ったのだ。
神子、ユキミのおかげだ。
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