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幸見

教団の最期

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教会の奥。
禍々しい悪神の像を祀ってある祭壇に、巨大な影があった。

いや、5メートル以上ありそうなヒグマが、悪神に祈りを捧げていた。
多くの人の血に染まった、黒い牧師服を着ている。

それは、のっそりと立ち上がり、振り返った。


『……今更、救済に来たか。神よ』

ヒグマは。
グレゴリーは、俺を見て言った。

『いや、神子か。同じことだ。……私はおまえを信じない』


光を映さない、暗く、黒い瞳。
暖かく家族を、村の人々を見守っていた優しげな緑色の瞳とは、かけ離れている。


絶望が、彼を変えてしまったんだ。


*****


「村の結界を破ったのは悪神である。やつの妨害が入り、わたしの加護がゆき届かなかったこと、申し訳なく思っている」

口から、勝手に言葉が出てきた。
自分の声とは思えない、尊さを感じる。

「此度の救済は、そなたへの謝罪と思って欲しい」

神様が、謝罪するのか。
案外人間っぽい感情があるのかな?


『だから感謝して、死ねと? ……ふざけるな!!』

激昂で、教会がビリビリと震えて。
おぞましい絵の描かれたステンドグラスが粉砕した。

風圧が来るが、防がれる。
加護だ。

「ありがとう、」


グレゴリーは忌々しそうに俺を睨み付けた。
『神に愛され、精霊に愛されし、神の子か。……だが、その寵愛はいつまで続くかな? 気まぐれな精霊を、神を信じるな。裏切られた時、それは激しい憎しみとなろう』

今回の神の加護や、精霊たちの協力は、悪神の使い魔へと堕ちたグレゴリーに対する救済のための、いわば特別措置であって。永遠に続くものではないだろう。

だからといって。恨みはしない。
今まで助けてくれてありがとう、と。感謝をするだけだ。

元々、俺の持っていなかったものだ。


「……大事な人を助けられなくて、悔やんだことはあるよ。力があれば、命を助けられたのにって」

お祖母ちゃん。
力及ばず助けられなかった動物たち。

今あるこの治癒能力を、あの時に持っていれば。とは思う。


*****


『ならば、わかるだろう。何の罪もない愛する妻と我が子を盗賊などに奪われた、私の苦しみが!』
血の涙を流し、咆哮している。

「俺が憎んだのは、無力な自分だよ? 神様じゃない」
グレゴリーは目をみはった。

『きれいごとを……、』


「レイチェルさんとメルルについてのことは、悪いのは盗賊と、悪神だけだ。他の人に罪はないよ。なかったんだ」

『おまえ……何故その名を……!?』

一瞬、隙ができた。
アレックスが、光の刃でヒグマを解放した。

アレックスの力で、グレゴリーのケモノ化を解除したけど。

現れたのは。
人間には見えない、異形そのものだった。

憑いていたのは、元々のヒグマを狂わせ、更に、人に恨みを持たせ殺したヒグマを融合させた、いびつな”ケモノ”だった。
神と人へのすさまじい憎しみで、グレゴリーの元の姿までも変質させてしまったのだろうか。


『おのれ……我が半身を……』

「……聞こえないの?」
憎しみから解放されて、感謝するヒグマたちの声が。

それに。

「お願いだ。レイチェルさんとメルルの声を、聞いてあげて!」
祈り、彼女らの魂に呼びかける。

その声が、彼女たちが愛するその人へ、届くように。


*****


レイチェルは言った。
自分は、夫の愛する村を守るために、1人残って鐘を鳴らした、と。

メルルは言った。
村人に預けられたけど、母親が心配で、逃げて。それで捕まってしまったのだと。

村人には、罪はなかったのだと。

彼女たちは言った。

死んでしまったのは悔しいし、悲しいけど。
グレゴリーが、自分たちのせいで世の中を憎み、苦しんでいる姿を見るのが一番つらい、と。


『ならば、私は。どうすればよかったのだ……!』

愛する妻が命がけで守った村人を。その手にかけてしまった。
後悔が、痛いほど伝わってくる。


囁きが聞こえた。

”それは幻だ。彼女らは言っている。自分達を殺した人を、世の中を、神を。憎め、殺せ、と。決して神を許すなと”
悪神か。

心の隙に、入り込んでくる。
優しげな声を出して。


禍々しい悪神の像が、揺れている。
を媒介にして、そこから、邪悪なものが出てこようとしているのがわかった。

ええと。
どうすれば。あれ、壊せばいいのかな?

見れば、みんな、ぴたっと時間が止まってるみたいに動かない。
動けないのかな?


『”劫魔の火炎”!』

爆炎が上がって。
悪神の像が、一瞬で消し炭になった。

すると。
悪神の気配も消えてなくなった。


振り返ると。

『おじさんも、やるときゃやるでしょ?』
ジャスパーがウインクしてみせた。

うん。
「特級なのに、うっかり捕まっちゃったけど。かっこいいよ!」


『それは言わない約束でしょ~』


*****


『……幻なわけがあるか』
グレゴリーは、がくりと膝をついた。

『私が、亡骸とともに埋めたはずの、贈り物を。身に着けているというのに……』


レイチェルは、真珠のネックレス。
メルルは白い貝殻の小さなイヤリングをつけていた。

渡せなかった贈り物を。
彼女らは死後、身に着けてくれていたんだ。


グレゴリーは、その場で断罪されることはなかった。

抵抗することなく、連行されて。
詳しく聞き取りをして。余罪も問われて。

法廷で、改めて裁かれるだろう、という話だ。


別れ際に、彼女らの声を聞かせてくれてありがとう、と言われた。

激しい憎しみにとらわれて。
今まで、二人の声が聞こえていなかった。いや、聞こうとしなかった。

自分の無力を知りたくなくて、目を逸らしていたのだ、と。
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