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泉水:結婚式の後
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アッシュは以前から秘かに、石油大臣であるアブドゥルハーディーの不正の証拠を集めていたという。
アブドゥルハーディーとその一派は、その立場を利用して他国から賄賂をもらったり、国の金を着服して私財を増やしたりしていた。
決して国のためにならない彼らを排斥する機会をずっと狙っていて、その調査には、ムスターファや兄弟王子も協力してくれたそうだ。
決定的な汚職の証拠。
それと、第二王子であるアッシュの命を狙ったことで、大臣たちを断罪する材料が揃ったという。
狙撃犯を自決させず、生きたまま捕まえたのも大きかった。
アッシュの的確な指示により、石油大臣アブドゥルハーディーとその一派は次々と捕縛され、裁判の上、しかるべき処分を下されるそうだ。
死刑は免れないだろうとのこと。
アッシュは、今回のことで自分が暗殺されても構わないと思っていたらしい。
それで国を蝕む者を排除できるし。
何よりも、俺を解放するには、それしか方法が思いつかなかったという。
自分は生きている限り、イズミのことを手元に置いて縛り付けていたくなるから、と。
だから最後の思い出に、結婚式を挙げたかった、なんて。
バカだな。
ほんと、バカだよ。
何で俺なんかのことを、そこまで。
†††
銃撃事件で中止になると思われたが。
せっかく祝いに集まってくれた者をがっかりさせてはいけない、というアッシュの一言でパレードは中止にならず。
予定より遅れたものの、そのまま開催された。
アッシュに拾ってもらった耳飾りを付け直して。
化粧も直して、オープンカーに乗り換えた。
狙撃可能な建物は全部押さえたので、もう大丈夫だそうだ。
金属探知機に引っ掛かった人は側道に出られないというので、手荷物を持たず、祝いの花だけを持った観衆が通りの両端に大勢並んで。
美貌の王子が通るのを、今か今かと待っていた。
ボディチェック済みのテレビ局も来ていて、この様子は世界数十か国で放送されるとか。
俺は、目だけしか出てないから誰だかわからないだろうと思う。そう思わなきゃ逃げだしてた。
とはいえ、かなり緊張したんだけど。
集まった観衆を見ていて、アッシュの人気が、よくわかった。
自動車に、道路に。色とりどりの花びらが舞い落ちる。
祝いの言葉も。
皆、アッシュの幸せを祈っていた。
これだけ国民から好かれているのに。
ムスターファをはじめ、兄弟王子も、国王だって。
皆、アッシュを愛しているのに。
……俺なんかのために。
死んでもいい、なんて。
アッシュは頭がいいくせに、ほんと、バカだ。
†††
”鳥籠”に戻って。
重かった飾りを外し。
衣装を脱いで、化粧を落とし、さっぱりした。
こんな怖ろしいもの、早く脱ぎたかった。
ダイヤとか、車に席とかに引っ掛けて無くなってたりしてないといいが。
着替えた俺を見て、アッシュは残念そうな顔をしていた。
花嫁衣裳のまま、初夜を迎えたかったとか。
もう何度もやっといて、何を寝言ぬかしてんだか。
腕や足首に描かれた模様はしばらく消えない。
この模様が消えるまでが新婚期間で、模様が消えるまで、花嫁が家事をするのを免除されるそうだ。
元々ここでは家事とかする余地がなかったから、そんなの関係ないと言えば関係ないんだけど。
しかも、この模様で王子の花嫁だとバレてしまうので、当分外出できないという。
やれやれだ。
日本から俺に国際電話が掛かってきたというので出た。
うちの父親からだそうだ。
料金がとんでもないことになるので、こちらから掛け直すと言って、掛け直した。
母さんが、俺が世話になっているはずのアッシュが結婚をする、というニュースを見て。
その隣にいた、花嫁姿をしている俺に気づいて。
驚いて、父さんに電話させたようだ。母さんは英語がさっぱりなのだ。
しかし、さすが母親のカンというべきか。
目だけしか見えてないのに、王子の結婚相手が俺だとひと目でわかったらしい。
「どういうことなの? まさか、本当に王子様と結婚したんじゃないでしょうね?」
母さんは、偽装結婚を手伝ったのかと思ったようだけど。
「うん。俺、アッシュと結婚したんだ。だから、日本にはもう、帰らないかもしれない」
今度は、本当のことを伝えたら。
アッシュは俺を、驚いた目で見ていた。
日本語、わかるのか。
そうだよな。
日本には半年いたんだし。アッシュは天才だからな。
覚えていても不思議はなかった。
あの後、しばらくアッシュの元気がなかった理由がわかった。
両親に電話で報告をする、と言ったのに。
結婚の報告をしなかったせいで、俺にその気がないことに気付いたんだろう。
それで、絶望して。
死んでもいいかって思ったのか。
ほんとバカだ。
†††
電話を代わって欲しい、とゼスチャーされて。
「あ、アッシュが話したいって。代わるよ」
電話を渡すと。
「ご報告が遅れましたこと、お詫びいたします。わたしはイスハーク国の第二王子、アシェンドゥン・ビン・ハーディ・ビン・ラシード・アル・イスハークと申します。ご子息は、わたしが責任を持って幸せにすると誓います。改めて、そちらへご挨拶に伺いたいと思うのですが……」
ずいぶん流暢な日本語だった。
また電話を代わると。
「いきなり代わるのやめてよ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
と怒られた。
まあ、緊張するよな。そりゃ。
声からしてイケメンオーラバリバリ出てるし。本物の王子様だもんな。
実はうっかり砂漠で熱射病にかかって、そのせいで記憶喪失になってて。
今までアッシュの世話になっていたんだ、と言った。
ずいぶん心配させて悪かった、と改めて謝る。
詳しい話は、二人がこっちに来てから聞かせてもらうから、と言われて。
とりあえず通話を終えた。
「……いいの?」
アッシュは俺を見ている。
あの、熱を孕んだ瞳で。
「だって。俺がいないと、アッシュは寂しくて死んじゃうんだろ?」
アッシュはこくりと頷いた。
何でそこまで俺が好きなのかわからないけど。
天才なくせに、こんな、バカで。
死んでも構わないって思うくらい、俺のことが好きすぎて。
何をされても嫌いにはなれないほど魅力的な男。
放っておけないだろ?
「しかたないから。ずっと、一緒にいてやる」
そう言って。
アッシュの腕の中に飛び込んだ。
アブドゥルハーディーとその一派は、その立場を利用して他国から賄賂をもらったり、国の金を着服して私財を増やしたりしていた。
決して国のためにならない彼らを排斥する機会をずっと狙っていて、その調査には、ムスターファや兄弟王子も協力してくれたそうだ。
決定的な汚職の証拠。
それと、第二王子であるアッシュの命を狙ったことで、大臣たちを断罪する材料が揃ったという。
狙撃犯を自決させず、生きたまま捕まえたのも大きかった。
アッシュの的確な指示により、石油大臣アブドゥルハーディーとその一派は次々と捕縛され、裁判の上、しかるべき処分を下されるそうだ。
死刑は免れないだろうとのこと。
アッシュは、今回のことで自分が暗殺されても構わないと思っていたらしい。
それで国を蝕む者を排除できるし。
何よりも、俺を解放するには、それしか方法が思いつかなかったという。
自分は生きている限り、イズミのことを手元に置いて縛り付けていたくなるから、と。
だから最後の思い出に、結婚式を挙げたかった、なんて。
バカだな。
ほんと、バカだよ。
何で俺なんかのことを、そこまで。
†††
銃撃事件で中止になると思われたが。
せっかく祝いに集まってくれた者をがっかりさせてはいけない、というアッシュの一言でパレードは中止にならず。
予定より遅れたものの、そのまま開催された。
アッシュに拾ってもらった耳飾りを付け直して。
化粧も直して、オープンカーに乗り換えた。
狙撃可能な建物は全部押さえたので、もう大丈夫だそうだ。
金属探知機に引っ掛かった人は側道に出られないというので、手荷物を持たず、祝いの花だけを持った観衆が通りの両端に大勢並んで。
美貌の王子が通るのを、今か今かと待っていた。
ボディチェック済みのテレビ局も来ていて、この様子は世界数十か国で放送されるとか。
俺は、目だけしか出てないから誰だかわからないだろうと思う。そう思わなきゃ逃げだしてた。
とはいえ、かなり緊張したんだけど。
集まった観衆を見ていて、アッシュの人気が、よくわかった。
自動車に、道路に。色とりどりの花びらが舞い落ちる。
祝いの言葉も。
皆、アッシュの幸せを祈っていた。
これだけ国民から好かれているのに。
ムスターファをはじめ、兄弟王子も、国王だって。
皆、アッシュを愛しているのに。
……俺なんかのために。
死んでもいい、なんて。
アッシュは頭がいいくせに、ほんと、バカだ。
†††
”鳥籠”に戻って。
重かった飾りを外し。
衣装を脱いで、化粧を落とし、さっぱりした。
こんな怖ろしいもの、早く脱ぎたかった。
ダイヤとか、車に席とかに引っ掛けて無くなってたりしてないといいが。
着替えた俺を見て、アッシュは残念そうな顔をしていた。
花嫁衣裳のまま、初夜を迎えたかったとか。
もう何度もやっといて、何を寝言ぬかしてんだか。
腕や足首に描かれた模様はしばらく消えない。
この模様が消えるまでが新婚期間で、模様が消えるまで、花嫁が家事をするのを免除されるそうだ。
元々ここでは家事とかする余地がなかったから、そんなの関係ないと言えば関係ないんだけど。
しかも、この模様で王子の花嫁だとバレてしまうので、当分外出できないという。
やれやれだ。
日本から俺に国際電話が掛かってきたというので出た。
うちの父親からだそうだ。
料金がとんでもないことになるので、こちらから掛け直すと言って、掛け直した。
母さんが、俺が世話になっているはずのアッシュが結婚をする、というニュースを見て。
その隣にいた、花嫁姿をしている俺に気づいて。
驚いて、父さんに電話させたようだ。母さんは英語がさっぱりなのだ。
しかし、さすが母親のカンというべきか。
目だけしか見えてないのに、王子の結婚相手が俺だとひと目でわかったらしい。
「どういうことなの? まさか、本当に王子様と結婚したんじゃないでしょうね?」
母さんは、偽装結婚を手伝ったのかと思ったようだけど。
「うん。俺、アッシュと結婚したんだ。だから、日本にはもう、帰らないかもしれない」
今度は、本当のことを伝えたら。
アッシュは俺を、驚いた目で見ていた。
日本語、わかるのか。
そうだよな。
日本には半年いたんだし。アッシュは天才だからな。
覚えていても不思議はなかった。
あの後、しばらくアッシュの元気がなかった理由がわかった。
両親に電話で報告をする、と言ったのに。
結婚の報告をしなかったせいで、俺にその気がないことに気付いたんだろう。
それで、絶望して。
死んでもいいかって思ったのか。
ほんとバカだ。
†††
電話を代わって欲しい、とゼスチャーされて。
「あ、アッシュが話したいって。代わるよ」
電話を渡すと。
「ご報告が遅れましたこと、お詫びいたします。わたしはイスハーク国の第二王子、アシェンドゥン・ビン・ハーディ・ビン・ラシード・アル・イスハークと申します。ご子息は、わたしが責任を持って幸せにすると誓います。改めて、そちらへご挨拶に伺いたいと思うのですが……」
ずいぶん流暢な日本語だった。
また電話を代わると。
「いきなり代わるのやめてよ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
と怒られた。
まあ、緊張するよな。そりゃ。
声からしてイケメンオーラバリバリ出てるし。本物の王子様だもんな。
実はうっかり砂漠で熱射病にかかって、そのせいで記憶喪失になってて。
今までアッシュの世話になっていたんだ、と言った。
ずいぶん心配させて悪かった、と改めて謝る。
詳しい話は、二人がこっちに来てから聞かせてもらうから、と言われて。
とりあえず通話を終えた。
「……いいの?」
アッシュは俺を見ている。
あの、熱を孕んだ瞳で。
「だって。俺がいないと、アッシュは寂しくて死んじゃうんだろ?」
アッシュはこくりと頷いた。
何でそこまで俺が好きなのかわからないけど。
天才なくせに、こんな、バカで。
死んでも構わないって思うくらい、俺のことが好きすぎて。
何をされても嫌いにはなれないほど魅力的な男。
放っておけないだろ?
「しかたないから。ずっと、一緒にいてやる」
そう言って。
アッシュの腕の中に飛び込んだ。
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