砂漠の鳥籠

篠崎笙

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泉水:結婚式当日

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花嫁の準備というのは、とても大変なのだと知った。


数日前からエステとやらで泥パックされたり。
全身磨き上げられて。

全身の毛を剃られて。
薔薇の匂いのする乳液みたいなのを肌にすり込まれて。

爪も、やすりをかけられて、ぴかぴかだ。


前日には、ヘンナとかいう染料で、手足に模様を描かれてしまった。
これ、タトゥーみたいになって、しばらく色が落ちないらしい。

髪も、薔薇の匂いのする油でトリートメントされてツヤツヤだ。
結うほどの長さはないので、オールバック状態にしてある。


眉を整えられて。白粉をはたかれて。
見える部分、特にアイメイクはくっきりばっちり施された。

顔の半分は布で隠されるから見えないだろうに、口紅まで塗られた。


†††


母親とか、出掛ける時にどうして時間が掛かるのか、身をもって知ることになった。
女の支度ってめんどくさいんだな。

確かに男みたいにさっさと出て来るのは無理だと思った。いいとこ髪型かヒゲを整えるくらいだもんな。
こんな知識、別に知りたくなかったんだけど。


腰は女性らしいラインを出すためだとか言われて、コルセットでがっちがちに締め付けられた。
そして、めまいがしそうなほどたくさんのダイヤとレースで飾られた純白の花嫁衣裳を着せられた。

手足にいっぱい、ダイヤのついた細かい白金細工の飾りをつけられたが。
足につけてもドレスで見えないんじゃないか? 

耳飾りやネックレスもジャラジャラつけられる。

指には大粒ダイヤの指輪だ。
たぶん、指先だけで億は軽いんじゃないだろうか。


その上で、真っ白なアバヤという布を被り、顔の半分を覆い隠す。
これも白い糸で細かい刺繍がされていて、ダイヤがいっぱい縫いこまれていた。

このダイヤ、一粒いくらするんだか。想像もしたくない。

どっかに引っ掛けて、落ちたりしたらどうしよう。
泣きそう。


何でこんなに無駄にジャラジャラ宝石を付けるのか。
花嫁の正体が男だとバレないよう、俺の着付けをしてくれたジャファルが教えてくれた。

どうやら、花嫁には花婿の年収の四分の一の財産を身に着けさせるという決まりがあるらしい。
総額いくらするんだか想像もつかないが。アッシュの年収の四分の一か。……ああ、それでダイヤとかがこんな重量になるほど。

本物の女だったら、歩けないと思うぞこれ。どれだけ稼いでるんだよ。

そしてそれは、そのまま花嫁に贈られるという。
つまり俺のものになるという。


いらないよ! 貰っても困る。
いくらするんだよこれ。こわすぎるんだけど。


†††


「綺麗だよ。わたしの花嫁」

そういうアッシュもまた、きらびやかな正装で。
頭に被っている布も、金糸の飾りがついていていつもよりゴージャスだ。

相変わらず、目がくらみそうなほどかっこいい。


今更なんだけど。
何で俺、こんな人から結婚したいほど好かれてるんだか、本当に理解できない。

夢だったら早いとこ覚めて欲しい。


「お2人とも、お似合いです。まるで、天上の絵画のようだ……」
ムスターファがうっとりと見ている。

こうしてアッシュと並んでいる姿を鏡で見ると、身長差もあってか、我ながら女にしか見えない……。

顔を半分以上隠しているせいだろうか。
俺でもちゃんと美女っぽくみえる。アイメイクってすごい。


結局、結婚式の日まで、俺は”鳥籠”から逃げることは出来なかった。
アブドゥルハーディーからの攻撃に備えて、”鳥籠”の警備を強化したのもあるけど。

どうも、アッシュが危なっかしいように見えて。ほっとけない感じだったのだ。

それは弟王子ムスターファも同じ気持ちだったようで。
ムスターファは海外留学を一時休止して。”鳥籠”に留まって、アッシュの仕事の手伝いをしていた。
彼もかなり優秀なようだ。


……何だか、もやもやする。
久々に”鳥籠”から外に出られたというのに。

空は晴天だったが、心は晴れない。


†††


こちらの結婚式は、日本の神前や、教会とかで挙げる式とは全然違うものだった。

モスクみたいなところで何やら説教されただけで。
よくわからなかった。


披露宴も、本来は男女別でやったりするらしいが。
どこぞの姫だと偽っているので、こちらの親族も呼ばないし、今回は事情があってそれは無し、ということで。

身内のみのお披露目会だけすることになった。


王宮でのお披露目会で。
誰々の親戚の、従姉妹の、はとこだの、色々な人が入れ替わり立ち代りやってきて挨拶をされるが。
みんな同じような顔に見えるし、名前も似ている上にややこしくて。
紹介されても、覚えられる気がしない。

まあ、名前なんて覚えなくてもいいか。

どうせ結婚するのは俺であって俺じゃない。どこぞの姫ということになってるんだし。
逃げるにはちょうどいい。


お披露目会には、当然と言えば当然なんだけど、国王陛下まで来てる。

うわ、目が合ってしまった。気まずい。
……なんか笑顔で手を振られたんだけど。男との結婚、反対だったのでは?

ムスターファら弟王子たちも兄王子も、その並びで料理を食べているが。
その目が、周囲を警戒しているのがわかった。

刺客を探しているのだろう。
皆、儀礼用の剣を腰に佩いているが。今日はそれ、本物の剣なんだってムスターファが言っていた。


みんな、アッシュのことを守りたいって思ってるんだ。
アッシュ、愛されているんだな。


†††


「小鳥」

アッシュの指がブルーベリーを摘んで、オレの口元へ運ばれた。
何だよ小鳥って。

「口を開けて?」

仕方なく食べると。
周りがざわざわ言ってる。

王子は花嫁を溺愛してるって?


……全く。
恥ずかしいことをさせるなっての。

自分で摘んで食べる。
よく熟していて、甘い実だった。

それ以上にとろけるような甘い視線をアッシュから送られて。
頬が熱くなってくる。


そんな目で見ないで欲しい。
幸せそうな、愛おしそうな顔をして。

俺は、アッシュを騙して、逃げようとしているのに。
いたたまれなくなってしまう。
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