砂漠の鳥籠

篠崎笙

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泉水:小鳥の反乱

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……逃げるから、追うのだろうか?


人は、手に入らないものほど、欲しくなるという。
アッシュなら、望めば誰もが受け入れただろう。でも、俺が逃げたから。よけいに狩猟心を煽ってしまったのかもしれない。

それなら。

俺が王子であるアッシュに甘えまくって、高い買い物をたかって。
始終べったりになったら、いい加減嫌になって、うんざりするかもしれない。


よし。
いっちょ試してみるか。


†††


ちょっと自力で歩けそうにないので、ジャファルに車椅子を出してもらって。
アッシュの仕事部屋に向かった。


「イズミ? まだ寝ていなくていいの?」
俺が来たことに気付いたアッシュは仕事の手を休め、こちらへ来た。

「……俺に寝てなくちゃいけないようなことをしといて、一人にすんな」
拗ねたように言うと。


「…………わかった。本日の仕事はすべてキャンセルして、添い寝をすることにしよう! ……ええと、今日の予定は某国首相との会談と……」
輝くような笑顔で。

とても嬉しそうに、とんでもないことを言うもんだから。
慌てて、ここにいるから仕事はしてくれ! と言ってしまった。


……駄目だった。

失敗した。
俺のせいで、仕事先の人に迷惑がかかると思ったら。どうしてもワガママなんて言えない。
俺には無理だ。

真面目な自分の性格を恨む。
仕方ない。他の方法を考えよう。


添い寝したかったらしいアッシュは、しぶしぶ俺をソファーまで運んで、毛布をかけて。
めんどくさそうにインカムをつけ、パソコンに向かった。

デスクワーク中は、オンライン会議があるからか、いつもの民族衣装でなく、会社の代表取締役らしいスーツ姿だった。スーツ姿もよく似合っている。
ブルーライトカットだろうか? 薄く色のついた眼鏡も似合っている。

完全に仕事の出来る男の姿だ。実際、仕事も物凄く出来るが。


何を着ても似合っていて、もはや悔しいとも思わない。
つい見惚れてしまいそうになる。

こうしていると、俺のことを朝方までむさぼっていた性欲魔人にはとても見えない。
むしろストイックそうに見えるのに。

アッシュがあんな風に必死になるの、俺だけなのかな。


†††


キーボードを操作する手は止まることなく。

画面の向こうの人と、何ヶ国かわからないくらいの言葉を駆使して会話して。
毎日、夜までずっと仕事をしてる。

こうして真面目に仕事をしている姿は、記憶を取り戻す前から見ていた。
そうあくせく働かなくてもいい身分だろうに。

国王との約束のせいか?
日本人との結婚を許す代わりに、以後も国のために働くとかいう。


そういえば。
「アッシュ。もしかして俺って、日本では行方不明扱いになってるのか?」

言葉を覚えて、意思の疎通が出来るようになった時。
自分がここにいることを誰にも知られないようにして欲しい、と頼んだのは俺自身だ。

それは覚えている、とアッシュに言った。
だから、その件においては彼を責めたりはしないつもりだ。


「……ああ、そうだね」

表情はぴくりとも動かない。
キーボードを打つ手の動きも、滑らかだ。


記憶が戻ったけど。
アッシュはそのことを周囲に伝えるつもりはないんだろう。

俺が日本に連れ戻されることを恐れて。


「家族に生存報告はして欲しいんだけど。あと、泉水はアッシュと結婚するから帰りませんって言いたい」

「……ああ…………えっ?」

目を見開いて。
信じられない、といった表情でこっちを見た。


流れるように動いていた指が、完全に止まっていた。
こんなに動揺しているアッシュを見るのは初めてかもしれない。


†††


「国際結婚する時って、ビザとかパスポートの申請? とか、よくわかんないから、全部アッシュに任せていいかな?」

アッシュは高速で頷いて。
手は、再び物凄い速さでキーボードを打っていた。


「今、すぐに手続きを済ませる」
電話を手にして。色々なところに連絡を入れているようだ。

大使館とか外務省とか。
おおごとみたいだ。

……おおごとか。
一国の王子の結婚だしな。


アッシュは国際電話の使い方を説明して、俺に電話を渡してくれた。


両親はやはり、すごく心配してくれていた。
電話口で泣かれたし、怒られた。

すぐにでも帰ってきて欲しい、と言われたが。

今は友人の、イスハークの王子であるアッシュのところに世話になっている。
色々あって、しばらくは帰れないだろう、と伝えた。

かなりの長期戦になるかもしれない。


とにかく、めちゃくちゃなワガママを言いまくって。
べたべた甘えまくって、たかりまくってアッシュをうんざりさせるか。

どうにか油断させて隙をみて、ここから逃げ出すしかない。

それには、何をすればいいんだろう。
とりあえず。


喉渇いたー、水持ってきてー、とか?


「イズミ、そろそろ喉が渇いただろう? 水でいいかな? お茶がいい? 何でも希望のものを取り寄せよう。そうだ。日本の水でも空輸しようか。何がいい?」
悩んでる傍からミネラルウォーターを差し出された。

「あ、ありがとう」

その上パソコンで、様々な飲料メーカーを示された。
だいたいの会社は、株主になっているとか。


こちらのおねだりを先回りして、更にそれを上回ってくるアッシュを出し抜くには、かなりの努力が必要な気がした。


†††


しかし。
産油国の王子の見せた本気は、とんでもなくスケールのでかいものだった。


日本円で100万円かと思ったら100万USドルの婚約指輪を買おうとしたり。

「お菓子が食べたい? よし、いっそメーカーごと買い取ろう。イズミの好みのものを作らせよう」
とか言って、株買占めどころか会社ごと買おうとしたり。


「そういえば、以前、イズミが見たいと言っていた城が売りに出されているよ。買おうか?」
城を買うそれどころか更に、ここにその城を移築しようかとまで言ったり。


「新婚旅行は船旅がいい? ちょうど、いい船が売り出されているんだ」
とか言って、大型豪華客船を買おうとしたり。


「イズミのご家族を迎えに行くのに、ジェット機を新調しようか?」
と、兆とか、見たことない単位の買い物しようとしたり。


王子様の贅沢は、想像していた以上で。もはや桁が違かった。
庶民の想像をはるかに超えている。

宇宙人と会話している気分になった。

俺の胃が限界である。
お願いだから無駄遣いはしないで欲しいと言ったら。

「持ってる者が溜め込んで、遣わないと、経済がまわらないだろう? それに、きみのために遣うのなら、無駄でも贅沢でもないよ。とても有意義だ。わたしにとっては」
などと言われてしまった。

男前過ぎる発言に、よろめいてしまいそうになった。


何で俺はこんな超絶ハイスペックの男から溺愛されて、プロポーズをされているのだろうか。
さっぱり理由がわからない。

抱いて、強引に手に入れたにもかかわらず。
更に貢いで、俺の歓心を得ようとする、その理由が。
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