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アッシュ:溜息
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小鳥を拾った。
一度、この”楽園”から逃げ。
飛び立ってしまった、わたしの、何よりも大切な小鳥を。
灼熱の砂漠で 彷徨い、力尽き、倒れ。
まさしく奇跡のような偶然で、わたしの手元に戻ってきた。
しかし。
小鳥は、その生命と引き換えにだろうか?
何もかも、忘れてしまっていたのだ。
自分の名前も。
わたしのことも。
言葉すら。
ありとあらゆる、すべてのことを。
砂漠の熱か。
それとも、死の恐怖か。
逃げるに至った存在を恐れるあまり、自らの記憶を封じたか。
理由はわからない。
問うても。言葉すら、理解できないのだから。
†††
産まれたてのヒナのように、何もかも真っさらになってしまった愛しい小鳥。
目覚めて初めて視界に入ったわたしを、親のように慕って。
他の者を恐れ、わたしだけに懐いた。
わたしが視界に入っていないと泣きじゃくるので、仕事の時もずっと傍に置いて世話をした。
この手で食事を与え、それこそ赤ん坊のようになった小鳥のすべての世話をした。
苦などなかった。
わたしはとても幸せだった。
小鳥は、わたしだけを見て、わたしだけを求めているのだから。
もう二度と、手放すものか。
生きる希望も何もかも。総てを失ったかのような、あの絶望を。もう二度と味わいたくはない。
今度こそ、失敗するまい。
再び奇跡が訪れるとは限らないのだから。
確実に、手に入れなくてはならない。
全ての退路を断ち、どこにも逃げないようにしなくては。
わたしだけを見て、無邪気に笑う。
真っ白な、かわいい小鳥。
言葉を覚え、一番にわたしの名を呼んだ時。
感涙し、震えた。
むしゃぶりつき、すべてを奪いたくなったのを、必死に堪えた。
怯えさせたくはない。
嫌われたくない。
わたしにとって、小鳥は何よりも大切な存在なのだから。
可愛い小鳥を、完全にわたしのものにするには、どうしたらいいだろう。
わたしの元から逃げたりしないようになるには。
自分から、わたしを。
わたしだけを好きだと言ってくれるようにするには。
逃げる気を起こさないよう、教育をして。
甘やかして。
かわいがって。
わたしだけを見るようにさせて。
それから?
†††
言葉も覚え、好奇心の強くなった小鳥は、屋敷の中を飛び回るようになった。
元気になったのは嬉しいが。
賢く、物覚えも良い。
通信機器には触れさせないよう、気をつけねばならない。
いたずらで、どこかに繋がってしまうと。わたしの罪が明るみに出てしまうだろう。
わたしが舞い戻って来た小鳥を手の中に隠していることは、誰も知らない。まだ知られたくない。
最悪の場合、永遠に引き離されてしまうかもしれないのだから。
いつかは、わたしが保護していたことを家族に報せなければいけないと、理解はしているつもりだ。
いつまでも、このままではいられないことも。
だが。
今は駄目だ。
小鳥はまだ、わたしの手に落ちていないのだから。
願わくば、もうしばらくの猶予を。
朝も夜も、小鳥と共に過ごす、この幸福な時間を。
少しでも引き伸ばしたかった。
何かに追われる悪夢を見、飛び起きる小鳥に水を与える。
憔悴した様子で、かわいそうだが。
わたしにはその悪夢を払ってやることはできない。
身体の汗を拭き、抱き締めてやれば安心したように眠りに落ちた。
かわいそうな小鳥。
だが、この手から逃がしてやることはできない。もう、逃がさない。
一度知ったからには、この温もりを手放すことはできない。
わたしだけのものだ。
†††
小鳥のせめてもの気晴らしになれば、と買って来たカナリアが、小鳥の手から飛んで逃げようとしたらしい。
可愛がっていたカナリアが砂漠へ逃げて死んでしまったら、小鳥が悲しむだろう。
わたしはカナリアの風切り羽を切ることにした。
これで、遠くまでは逃げられまい。
しかし、わたしの小鳥が。
もしまた、わたしの元から逃げようとしたら。
今度は、どうすればいいのだろう。
本物の鳥のように、羽を切るわけにはいかない。
……足の腱を切るか?
いや、あのすべすべで触り心地の良い肌に、傷をつけたくはない。
痛い目に遭わせるのは忍びない。
嫌われたくはない。
怯え、怖がらせてしまうのも避けたい。
見張りはつけた。
外には出られないよう、厳重に。
砂漠の危険を、何度も言い聞かせた。
しかし。
それだけでは足りない気がする。
首輪をつけるか。
足枷をつけるか。
手枷をつけるか。
……わたしは、何をしたら良いのだろう。
この鳥籠を、楽園と呼んだきみが、二度とここから逃げないようにするためには。
何をすればいい?
一度、この”楽園”から逃げ。
飛び立ってしまった、わたしの、何よりも大切な小鳥を。
灼熱の砂漠で 彷徨い、力尽き、倒れ。
まさしく奇跡のような偶然で、わたしの手元に戻ってきた。
しかし。
小鳥は、その生命と引き換えにだろうか?
何もかも、忘れてしまっていたのだ。
自分の名前も。
わたしのことも。
言葉すら。
ありとあらゆる、すべてのことを。
砂漠の熱か。
それとも、死の恐怖か。
逃げるに至った存在を恐れるあまり、自らの記憶を封じたか。
理由はわからない。
問うても。言葉すら、理解できないのだから。
†††
産まれたてのヒナのように、何もかも真っさらになってしまった愛しい小鳥。
目覚めて初めて視界に入ったわたしを、親のように慕って。
他の者を恐れ、わたしだけに懐いた。
わたしが視界に入っていないと泣きじゃくるので、仕事の時もずっと傍に置いて世話をした。
この手で食事を与え、それこそ赤ん坊のようになった小鳥のすべての世話をした。
苦などなかった。
わたしはとても幸せだった。
小鳥は、わたしだけを見て、わたしだけを求めているのだから。
もう二度と、手放すものか。
生きる希望も何もかも。総てを失ったかのような、あの絶望を。もう二度と味わいたくはない。
今度こそ、失敗するまい。
再び奇跡が訪れるとは限らないのだから。
確実に、手に入れなくてはならない。
全ての退路を断ち、どこにも逃げないようにしなくては。
わたしだけを見て、無邪気に笑う。
真っ白な、かわいい小鳥。
言葉を覚え、一番にわたしの名を呼んだ時。
感涙し、震えた。
むしゃぶりつき、すべてを奪いたくなったのを、必死に堪えた。
怯えさせたくはない。
嫌われたくない。
わたしにとって、小鳥は何よりも大切な存在なのだから。
可愛い小鳥を、完全にわたしのものにするには、どうしたらいいだろう。
わたしの元から逃げたりしないようになるには。
自分から、わたしを。
わたしだけを好きだと言ってくれるようにするには。
逃げる気を起こさないよう、教育をして。
甘やかして。
かわいがって。
わたしだけを見るようにさせて。
それから?
†††
言葉も覚え、好奇心の強くなった小鳥は、屋敷の中を飛び回るようになった。
元気になったのは嬉しいが。
賢く、物覚えも良い。
通信機器には触れさせないよう、気をつけねばならない。
いたずらで、どこかに繋がってしまうと。わたしの罪が明るみに出てしまうだろう。
わたしが舞い戻って来た小鳥を手の中に隠していることは、誰も知らない。まだ知られたくない。
最悪の場合、永遠に引き離されてしまうかもしれないのだから。
いつかは、わたしが保護していたことを家族に報せなければいけないと、理解はしているつもりだ。
いつまでも、このままではいられないことも。
だが。
今は駄目だ。
小鳥はまだ、わたしの手に落ちていないのだから。
願わくば、もうしばらくの猶予を。
朝も夜も、小鳥と共に過ごす、この幸福な時間を。
少しでも引き伸ばしたかった。
何かに追われる悪夢を見、飛び起きる小鳥に水を与える。
憔悴した様子で、かわいそうだが。
わたしにはその悪夢を払ってやることはできない。
身体の汗を拭き、抱き締めてやれば安心したように眠りに落ちた。
かわいそうな小鳥。
だが、この手から逃がしてやることはできない。もう、逃がさない。
一度知ったからには、この温もりを手放すことはできない。
わたしだけのものだ。
†††
小鳥のせめてもの気晴らしになれば、と買って来たカナリアが、小鳥の手から飛んで逃げようとしたらしい。
可愛がっていたカナリアが砂漠へ逃げて死んでしまったら、小鳥が悲しむだろう。
わたしはカナリアの風切り羽を切ることにした。
これで、遠くまでは逃げられまい。
しかし、わたしの小鳥が。
もしまた、わたしの元から逃げようとしたら。
今度は、どうすればいいのだろう。
本物の鳥のように、羽を切るわけにはいかない。
……足の腱を切るか?
いや、あのすべすべで触り心地の良い肌に、傷をつけたくはない。
痛い目に遭わせるのは忍びない。
嫌われたくはない。
怯え、怖がらせてしまうのも避けたい。
見張りはつけた。
外には出られないよう、厳重に。
砂漠の危険を、何度も言い聞かせた。
しかし。
それだけでは足りない気がする。
首輪をつけるか。
足枷をつけるか。
手枷をつけるか。
……わたしは、何をしたら良いのだろう。
この鳥籠を、楽園と呼んだきみが、二度とここから逃げないようにするためには。
何をすればいい?
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