上 下
66 / 83
ローラン・ロートレック・ド・デュランベルジェの人生

Je ne t’oublierai jamais. (あなたのことが忘れられない)

しおりを挟む
忠告もむなしく……いや、私が声を掛けたせいで立ち止まったのか。
その人に、落下物が直撃した。

落下物は、赤子の頭くらいの大きさの石の破片だった。


私は秘書に特別回線で救急車を呼ぶよう言いつけ。
慌てて非常階段を降り、その人のところへ駆け寄った。

「ああ……、なんてことだ……」

頭から血を流し倒れていた青年のオーラを見て。
私は自分を呪った。


この人こそ、私が探し求めていた”運命の相手”だったのに。

魔術で治療しようとしたが。
何故か、全く魔術が効かない。ヒーリングが弾かれる。

からの妨害? 何故だ。何故、邪魔をする。神が、人命救助を?


*****


しばらくして、救急車が到着。
事情を話し、救急車に同乗した。秘書には彼の持ち物から身柄を調べるように指示。

手術には、同意書にサインが必要だ。
私は魔術を使い、自分が身内であると催眠をかけた。

それは正解だった。
彼の実の両親は、彼のことは知らないと言い、見捨てたのだ。


それならば、結構。
私が彼をもらい受けよう。

彼の名は、エイジ・エノモト……榎本英司といった。
アジア人は若く見えるというが。まさか41歳、5歳も年上だったとは思わなかった。

”オタク”は顔立ちが幼い者が多いそうだが。彼もそうなのだろう。


もしかしたら、と一縷の望みをかけたが。
手術も無駄に終わった。

英司は脳死状態になり、呼吸を補助する器具を外せば、呼吸も停止する。

私は諦めきれず、延命措置を頼み。自らの手で英司の身の回りの世話をした。
私の運命の人の世話を、他人任せにはしたくなかった。

綺麗に身体を拭い、垂れ流される排泄物を処理する。
仕事は部下に任せた。


英司の身辺整理も済ませた。

社員寮の狭い部屋の中には本が山積みだった。
隠すようにしまわれていた薄い本は、同人誌というものだ。手荷物の中にもあった。

こういう本が好きなのか、と。
英司のことをもっと知りたくて、蔵書をすべて読み漁った。面白かった。


目を覚ましてくれたら、本の内容について語り合いたいのに。


*****


「英司。君は何故、あの日、あんな場所にいたのかな?」
手を握り、声を掛けても答えはない。

「私と出会うため、何かに呼ばれて来たの?」
頬に触れる。

彼はずっと外に出ない仕事だったためか、色白だった。
白人はピンク色だが。

彼は陶磁器のように白く滑らかな肌で。触り心地が良い。

「ねえ、早く目覚めておくれ、私の眠り姫。君と、話をしたいんだ」
何も話してくれない唇に、キスをした。


部下に調べさせた彼の人生は、恵まれたものではなかった。

世界にはもっと悲惨な人生を送る者も居るだろうが。この平和な日本でもそんなことがあるのだと知った。
入手した過去の写真で、彼は少女のような恰好をしていた。

長い黒髪をツインテールにして、とても愛らしいが。
現在短く刈った髪は、その反動だろうか?

勤務態度は真面目だが、人付き合いは悪い。
風俗に誘っても絶対に来なかった? それはセクシャルハラスメントだろう。

清らかなオーラからして、童貞なのは間違いない。
かといってゲイでもないようだ。性器も肛門も綺麗なものだ。


*****


病室の窓から、光が差し込んだ。
ぞくりと背筋が凍り付く。はるか上位の存在を感じた。

身体が動かない。指先すら。


私の目の前で。神の見えざる手によって。
英司の魂がどこかへ連れ去られていくのを、ただ眺めていることしかできなかった。

人の身で、神に敵うなどと思い上がってはいない。
神の意志に逆らう気もない。


だが。
連れ去られた魂を、追いかける自由くらいは許されるだろう。


すぐに魂の残滓をトレースし、移動先を特定。

延命治療を中止し。
全ての機能が停止した英司の肉体は、荼毘に付された。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...