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おまけ/ロレンツォの手記
王子と薔薇に祝福を
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翌日。
嬉しそうに組織の所有する畑を案内し。
甲斐甲斐しく世話を焼きながら、幸せそうに奏太少年と昼食を食べる首領の姿を目にした私は。
思わず目を丸くして凝視してしまった。
首領は、元々感情を持っていないわけではなかった。
最愛の奏太少年から離れ離れにされ。唯一の原動力である奏太少年が側にいないせいで、今まで感情を。心を失っていただけなのだ。
首領は、まるで人形に命が宿ったように。生き生きとして見えた。
*****
晩餐会に幹部を緊急集会させ、婚約者を紹介する、と通達した。
予定では、奏太少年が20歳になり、親の許可なく結婚出来る年齢になったら迎えに行くはずだったが。
それが早まったのだ。
結婚指輪を作成するために、ミラノから首領の従兄弟、ミケーレが呼ばれた。
ミケーレには、以前シチリア訛りを笑われ、つい睨んで以来、怯えられているようだ。
なので、なるべくミケーレの前には姿を現さないようにしている。
シチリア訛りは私にとって誇りであり、故郷の魂である。
直す気など今まで無かったが。
奏太少年はシチリア訛りを理解して無いので、私が話しかけても通じないのだと知った。
子リスのような愛くるしい少年から怯えられるのは、わりと堪える。
標準語を覚えよう、と私は思った。
その日の晩餐は、イタリア中からヴァレンティーノの一族……百戦錬磨のマフィアの幹部が集まる場であったが。
奏太少年は強面のマフィアに囲まれていても全く臆すこともなく、マンマ・ルチアの料理に舌鼓を打っていた。
この屋敷の台所を預かるマンマ・ルチアには、早々に気に入られたようだ。
メニューの変更を嫌うマンマが、奏太専用、と、塊でなくスライスした肉を出したのだ。
確かにあの小さな口にはきついだろう。
デザートの時など、首領に甲斐甲斐しく世話をされていた。
初めて見る、首領の嬉しそうな笑顔。
あのように幸せそうな様子を見せられては、反対できまい。
似合うのならば女装をしてもいい、という覚悟もあるようだ。
無論、私も結婚に賛成である。
首領は以前から、奏太は自分の一番大切な存在であり、失ったら自ら命を絶つ、と宣言していた。
その時までは、悪い冗談だと誰も本気にしていなかったが。
皆、それが本気だったのだと気づいたのだ。
*****
残念ながら奏太少年とボスの思いは、違ったものだったようで。
彼は束縛を嫌い、母親の服を身につけ、屋敷から逃げ出してしまった。
それを監視カメラで知った首領は、慌ててその後を追いかけた。
華奢で愛らしい奏太少年は、ナンパ目的の男達にも狙われていた。
それらを捕らえつつ、追いついて。
想いを寄せる女性のスキャンダルという、恋する少年に言ってはいけないことを口にしてしまった首領は、絶縁宣言をされ。
思わずカメラのシャッターを押してしまったくらい、見た事のない表情をした。
自分のショックよりも、奏太少年の無事の方が大事だと。
気を取り直して必死に追いかける背中が哀れだった。その姿も記録した。
姿を見失い、GPSで調べたところ。
奏太少年は、何故か娼館に滞在しているようだった。
自分だって娼婦のお世話になったことがあるので文句は言えませんよ、と言ったら、頭を抱えていた。
しかし、その後。
奏太少年が娼館の女主人と共に攫われたとの報告が入った。
GPSで位置を特定し、一家の緊急召集をかけた。
首領の”愛しの君”が敵対組織に攫われた、という大事件に、シチリア中から幹部、構成員が集まった。
ミラノからはミケーレまで飛んできた。
彼は組織の資金を稼ぐ代わりに、召集に応じなくてもいい特権があるのだが。
顔見知りの少年の危機に、いても立ってもいられなかったようである。
*****
現場に駆けつけ、真っ先に乗り込んだのは首領だった。
情報を聞き出すからと、急所は狙わず、行動だけを奪う精確な射撃。
見惚れるほどの腕である。
私はその背中をサポートする。
首領は自分の身を守ることを一切考えない。
その背を守るのは、私の役目である。
信頼の証だと勝手に思っているのだが。
地下室には攫われたトーニオと、その妹、そして、変装した奏太少年がいたのだが。
私には別人に見えた。
そして、気付いた。
最初の時、本当は、本人だと気付いていたのではないかと。
顔を見なくとも、骨格や耳で、本人とわかっていたはずだ。耳は一人一人違うものだ。
ひと目で気付いたが、思い人の裸体を目の前にし、止められなかったのだろう。
奏太少年は、首領に助け出され、花嫁のように抱き上げられ。
乙女のように頬を染めていた。その瞳には、今までなかった恋情が見てとれた。
ああ。
これは。……惚れたな。
どこまでが、首領の計画だったのだろうか?
常人には考えも及ばない天才である。
しかし、この誘拐事件で、長年ヴァレンティーノをつけ狙っていた組織を壊滅できたのは僥倖であった。
まるで幸運の女神が彼らを祝福しているかのようだ。
*****
思い余って監禁、などというトラブルもあったが。
結局、二人は結ばれたようだ。
奏太少年……いや、奏太様が高校を卒業するために帰国する日。
空港まで見送りに行き、覚えた標準語で挨拶をした。
嬉しそうに私の目を見て、お礼を言ってくれた。
二人が、幸せであればいいと思った。
一度手許に置いてしまった分、離れたその寂しさは倍以上だったようで。
意気消沈した首領に、サプライズで来日すればいいと言ったが。
我儘で迷惑をかけるのはよくない、と躊躇していた。
しかし、奏太様が結婚に思い悩んでいると察知し、バレンタインを理由に急ぎ会いに行った。
会うと決めた首領は、見るからに生き生きとしていた。
*****
結婚式は、二度行った。
以前の名、タカシ・ミキモトとソータ・ウサミとして、そして、サルヴァトーレ・T・ヴァレンティーノとソーニャ・ヴァレンティーノとして。
奏太様は一旦マリオの養子になり、身元を隠し結婚することになったのである。
どちらの結婚式も、二人は幸せそうだった。
可愛らしい少年と浮かれてゴンドラに乗っているあの幸せそうな青年が、世界的大企業の代表であり、泣く子も黙るマフィアの首領、サルヴァトーレ・T・ヴァレンティーノだと誰が気付くだろう。
この日の奏太様は、贅を凝らした花嫁衣裳に負けぬほど、耀かしく美しかった。
首領も誇らしげで。王子のように美しく凛々しかった。
似合いの二人だと、招待客は称賛の溜め息を吐いたのだった。
披露宴が始まり。
私と、新しく奏太様のボディガードになった東郷は二人を見守っていた。
アメリカで従軍経験があるというこの男は、かなり優秀だった。
最高の人材をつけたかったのだろう。
お色直し、と奏太様が男性の姿で現れ。
すべてを暴露した。
やはり首領は、子供の頃から少しも変わっていない。
バラのためにだけ生きている、星の王子様であった。
L’essenziale è invisibile agli occhi。
彼は自分よりも大切な、彼だけのために咲く、ただ一輪のバラを手に入れ。
バラも王子を愛して花開き。
人形だった王子は”愛する心”を得たのだ。
*****
スライドで、振られて呆然とする写真が出て。
首領は目を剥いて私を見た。
誰からの提供か、すぐにわかったのだろう。
そんな反応も新鮮で。
思わず、腹を抱えて笑ってしまった。
ああ、よかった。
本当に。
何も無い星で、たった一人、星を眺めながら寂しく苗に水をやるだけの孤独な王子はもういない。
ここにいるのは、愛する者のために努力をし、幸せな結婚をした、一人の立派な男だ。
みんな、どうか祝ってやってくれ。
二人の幸せを。
これからの晴れがましい人生を。
思わず目頭が熱くなり、ポケットを探っていたら。
東郷が自分の洟をかみつつ、私にもティッシュを寄越した。
そうだな。
これがゴールではない。
二人の人生はまだ続くのだ。
彼らの幸せを、必ず守ってみせよう。
私は目頭を拭い、洟をかんで。
二人への新しい人生の門出に拍手を送るために、立ち上がった。
おわり
嬉しそうに組織の所有する畑を案内し。
甲斐甲斐しく世話を焼きながら、幸せそうに奏太少年と昼食を食べる首領の姿を目にした私は。
思わず目を丸くして凝視してしまった。
首領は、元々感情を持っていないわけではなかった。
最愛の奏太少年から離れ離れにされ。唯一の原動力である奏太少年が側にいないせいで、今まで感情を。心を失っていただけなのだ。
首領は、まるで人形に命が宿ったように。生き生きとして見えた。
*****
晩餐会に幹部を緊急集会させ、婚約者を紹介する、と通達した。
予定では、奏太少年が20歳になり、親の許可なく結婚出来る年齢になったら迎えに行くはずだったが。
それが早まったのだ。
結婚指輪を作成するために、ミラノから首領の従兄弟、ミケーレが呼ばれた。
ミケーレには、以前シチリア訛りを笑われ、つい睨んで以来、怯えられているようだ。
なので、なるべくミケーレの前には姿を現さないようにしている。
シチリア訛りは私にとって誇りであり、故郷の魂である。
直す気など今まで無かったが。
奏太少年はシチリア訛りを理解して無いので、私が話しかけても通じないのだと知った。
子リスのような愛くるしい少年から怯えられるのは、わりと堪える。
標準語を覚えよう、と私は思った。
その日の晩餐は、イタリア中からヴァレンティーノの一族……百戦錬磨のマフィアの幹部が集まる場であったが。
奏太少年は強面のマフィアに囲まれていても全く臆すこともなく、マンマ・ルチアの料理に舌鼓を打っていた。
この屋敷の台所を預かるマンマ・ルチアには、早々に気に入られたようだ。
メニューの変更を嫌うマンマが、奏太専用、と、塊でなくスライスした肉を出したのだ。
確かにあの小さな口にはきついだろう。
デザートの時など、首領に甲斐甲斐しく世話をされていた。
初めて見る、首領の嬉しそうな笑顔。
あのように幸せそうな様子を見せられては、反対できまい。
似合うのならば女装をしてもいい、という覚悟もあるようだ。
無論、私も結婚に賛成である。
首領は以前から、奏太は自分の一番大切な存在であり、失ったら自ら命を絶つ、と宣言していた。
その時までは、悪い冗談だと誰も本気にしていなかったが。
皆、それが本気だったのだと気づいたのだ。
*****
残念ながら奏太少年とボスの思いは、違ったものだったようで。
彼は束縛を嫌い、母親の服を身につけ、屋敷から逃げ出してしまった。
それを監視カメラで知った首領は、慌ててその後を追いかけた。
華奢で愛らしい奏太少年は、ナンパ目的の男達にも狙われていた。
それらを捕らえつつ、追いついて。
想いを寄せる女性のスキャンダルという、恋する少年に言ってはいけないことを口にしてしまった首領は、絶縁宣言をされ。
思わずカメラのシャッターを押してしまったくらい、見た事のない表情をした。
自分のショックよりも、奏太少年の無事の方が大事だと。
気を取り直して必死に追いかける背中が哀れだった。その姿も記録した。
姿を見失い、GPSで調べたところ。
奏太少年は、何故か娼館に滞在しているようだった。
自分だって娼婦のお世話になったことがあるので文句は言えませんよ、と言ったら、頭を抱えていた。
しかし、その後。
奏太少年が娼館の女主人と共に攫われたとの報告が入った。
GPSで位置を特定し、一家の緊急召集をかけた。
首領の”愛しの君”が敵対組織に攫われた、という大事件に、シチリア中から幹部、構成員が集まった。
ミラノからはミケーレまで飛んできた。
彼は組織の資金を稼ぐ代わりに、召集に応じなくてもいい特権があるのだが。
顔見知りの少年の危機に、いても立ってもいられなかったようである。
*****
現場に駆けつけ、真っ先に乗り込んだのは首領だった。
情報を聞き出すからと、急所は狙わず、行動だけを奪う精確な射撃。
見惚れるほどの腕である。
私はその背中をサポートする。
首領は自分の身を守ることを一切考えない。
その背を守るのは、私の役目である。
信頼の証だと勝手に思っているのだが。
地下室には攫われたトーニオと、その妹、そして、変装した奏太少年がいたのだが。
私には別人に見えた。
そして、気付いた。
最初の時、本当は、本人だと気付いていたのではないかと。
顔を見なくとも、骨格や耳で、本人とわかっていたはずだ。耳は一人一人違うものだ。
ひと目で気付いたが、思い人の裸体を目の前にし、止められなかったのだろう。
奏太少年は、首領に助け出され、花嫁のように抱き上げられ。
乙女のように頬を染めていた。その瞳には、今までなかった恋情が見てとれた。
ああ。
これは。……惚れたな。
どこまでが、首領の計画だったのだろうか?
常人には考えも及ばない天才である。
しかし、この誘拐事件で、長年ヴァレンティーノをつけ狙っていた組織を壊滅できたのは僥倖であった。
まるで幸運の女神が彼らを祝福しているかのようだ。
*****
思い余って監禁、などというトラブルもあったが。
結局、二人は結ばれたようだ。
奏太少年……いや、奏太様が高校を卒業するために帰国する日。
空港まで見送りに行き、覚えた標準語で挨拶をした。
嬉しそうに私の目を見て、お礼を言ってくれた。
二人が、幸せであればいいと思った。
一度手許に置いてしまった分、離れたその寂しさは倍以上だったようで。
意気消沈した首領に、サプライズで来日すればいいと言ったが。
我儘で迷惑をかけるのはよくない、と躊躇していた。
しかし、奏太様が結婚に思い悩んでいると察知し、バレンタインを理由に急ぎ会いに行った。
会うと決めた首領は、見るからに生き生きとしていた。
*****
結婚式は、二度行った。
以前の名、タカシ・ミキモトとソータ・ウサミとして、そして、サルヴァトーレ・T・ヴァレンティーノとソーニャ・ヴァレンティーノとして。
奏太様は一旦マリオの養子になり、身元を隠し結婚することになったのである。
どちらの結婚式も、二人は幸せそうだった。
可愛らしい少年と浮かれてゴンドラに乗っているあの幸せそうな青年が、世界的大企業の代表であり、泣く子も黙るマフィアの首領、サルヴァトーレ・T・ヴァレンティーノだと誰が気付くだろう。
この日の奏太様は、贅を凝らした花嫁衣裳に負けぬほど、耀かしく美しかった。
首領も誇らしげで。王子のように美しく凛々しかった。
似合いの二人だと、招待客は称賛の溜め息を吐いたのだった。
披露宴が始まり。
私と、新しく奏太様のボディガードになった東郷は二人を見守っていた。
アメリカで従軍経験があるというこの男は、かなり優秀だった。
最高の人材をつけたかったのだろう。
お色直し、と奏太様が男性の姿で現れ。
すべてを暴露した。
やはり首領は、子供の頃から少しも変わっていない。
バラのためにだけ生きている、星の王子様であった。
L’essenziale è invisibile agli occhi。
彼は自分よりも大切な、彼だけのために咲く、ただ一輪のバラを手に入れ。
バラも王子を愛して花開き。
人形だった王子は”愛する心”を得たのだ。
*****
スライドで、振られて呆然とする写真が出て。
首領は目を剥いて私を見た。
誰からの提供か、すぐにわかったのだろう。
そんな反応も新鮮で。
思わず、腹を抱えて笑ってしまった。
ああ、よかった。
本当に。
何も無い星で、たった一人、星を眺めながら寂しく苗に水をやるだけの孤独な王子はもういない。
ここにいるのは、愛する者のために努力をし、幸せな結婚をした、一人の立派な男だ。
みんな、どうか祝ってやってくれ。
二人の幸せを。
これからの晴れがましい人生を。
思わず目頭が熱くなり、ポケットを探っていたら。
東郷が自分の洟をかみつつ、私にもティッシュを寄越した。
そうだな。
これがゴールではない。
二人の人生はまだ続くのだ。
彼らの幸せを、必ず守ってみせよう。
私は目頭を拭い、洟をかんで。
二人への新しい人生の門出に拍手を送るために、立ち上がった。
おわり
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