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風になって
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「僕も、崇の顔が見られなくて、心細くなってたみたい。憂いは晴れたよ。会いに来てくれてありがとう。……Io amo solo te」
『Ti amo anch'io、君の心を覆う雲を晴らすためなら、私は風になって、いつでも君の元へ馳せ参じよう』
頬に、唇に。
軽いキスを交わした。
こんなに、好きだって。
愛おしく思っていたなんて。
崇のいない日々を、今まではどうやって暮らしてたのか。思い出せなくなりそうだ。
そう告げると。
私は子供の頃に引き裂かれて以来、ずっと奏太欠乏症だったよ? と額にキスされた。
『さて、名残惜しいが。これ以上ここにいたら、紳士の皮を破り捨ててケダモノになってしまいそうだ。……予定より早まったが、改めて、家族の方々に挨拶をさせてもらおうか』
「うん、」
差し出された手を取って、立ち上がる。
「わ、」
「……晃司義兄さん、何やってるの……?」
晃司義兄さんは、扉の前で、コップを手にしたまま転びかけていた。
コップで盗聴って。
原始的だね?
*****
下に降りて行ったら、母さんは、お茶の用意をしていた。
「改めて、お久しぶりです。約束を果たしに来ましたよ」
微笑んでそう言う崇を見上げて。
母さんは、大きくなったねえ、って言った。
そうだよね。
……背は比べなくていいよ?
「何よ、別人ってほどは変わってないじゃないの、たあちゃん」
「ええ、変わったよぉ」
「昔から、楽しそうに、にこにこしながらあんたの面倒見てた、その時のままの顔してるじゃない」
そうか。
母さんと、僕の前だから。
今は、”ヴァレンティーノのボス”の顔をしてないんだ。
崇は、昔から。
こんな優しい顔をして、僕を見ていたんだ。
「…………!?」
仕事から帰ってきたお義父さんと敦司義兄さんは。
リビングにいた崇を見て、息を呑んでいた。
呑み込んだけど。
悲鳴を上げたくなった気持ちはわかるよ……。
存在がもう、非・日常的だよね。
家に帰ったら超有名なハリウッド俳優が座ってた並みの衝撃だよ。
僕の卒業後のこと。戸籍の移動とか、入学する大学のこととか。
崇は様々な書類を持ってきていた。
両親を交えてその相談をするために、多めに時間を取って来たんだって。
晃司義兄さんは「息子さんを僕に下さい、ってイタリア人はやらないんだ」とか言って敦司義兄さんに後ろ頭を叩かれてた。
それじゃあ、とやろうとした崇を、お義父さんと義兄さんたちが必死になって止めるという場面も。
「本人が望んで行くのに、くださいも何もないでしょ」
と母さんが締めた。
*****
イタリアでは、同性婚が認められてる州もあるので、まずそこで身内だけで式を挙げたいって言って。
その後、ヴァレンティーノ一家で行われるお披露目の結婚式では、変装をすることになるが、と断りを入れてた。
僕が名前を出すことを望んでないので、この結婚は表沙汰にはしないことも。
女装と聞いて、お義父さんは眉を顰めたものの。
僕はもうそれで納得済みだと言ったら。
母さんも反対してないし、奏太がいいのなら、と納得したようだ。
大学は、まだ決まってないけど。
実際に下見とかして、合った大学を選ぼうという話になった。
とりあえず話がひと段落ついたので。
崇が、持参して来た自社製品のチョコレートを配った。
これ日本ではレアなんだよね、仕入れ数増やしてよ~と軽口を言った晃司義兄さんに。
今の季節柄、良質なカカオ自体が品薄になっていて。品質を下げて量産をして、肝心の味を落とすわけにはいかない。一つや二つならまだ融通は利くが、大口の仕入れ数はどうにもならないと生真面目に謝ってた。
ここに持ってきたのは、前から予約注文して、確保しといた分なんだって。
トップでも、自由にならないものなんだ。
崇が最高責任者特権を使ってズルをしないからかも。
そこで欲をかいてこっそり品質を下げて利益を上げようとする会社が多い中、仕事にプライドを持って貫き通すのは素晴らしい。
さすが信頼と実績のヴァレンティーノさんだ、とお義父さんが絶賛してた。
上客は舌が肥えているので手を抜けばすぐに呆れて離れてしまう、そして一度離れた上客を取り戻すのは難しい、とかいう話をしてる。
最高の素材で最高の職人を使った商品だとどうしても原価がかかるもの。
安売りは価値を下げるので価格は下げないが、いいものを作ればそれだけで売れるわけでもないとか。
そうなんだ。
商売も、色々大変そう。
*****
愛理さんの分もチョコ貰ったよ、と連絡を入れたら。
大喜びでチョコを受け取りに来て。
実物の崇を見て、きゃあ、と悲鳴を上げた。
そして先日も私にまで贈り物をありがとうございます、とイタリア語でお礼を言って。
握手をお願いしていた。
握手って。
芸能人じゃないんだから……。
まあ、そりゃモデルや俳優よりイケメンだけど。
胡散臭いイタリア人扱いしてたのに。
バレンタインなのに、恋人はいいの? なんてことは聞かないでおこう。
平日だから、もう渡してきたのかもしれないし。
気付けば、あれだけ崇を怖がって警戒していたお義父さんも敦司義兄さんも。
もうすっかり憧れの眼差しで崇を見ている……。
*****
そろそろ帰りの飛行機の時間だっていうので、みんなで揃って玄関先まで出た。
崇はここに来るまでは帽子に伊達眼鏡、つけ髭で。変装してきたみたい。
ステッキまで持っちゃって。決めすぎだよ。
再びそれらを装着した崇に。
似合いすぎる! 逆に目立つ! イケおじすぎ! って。
みんなで笑いながら見送った。
車の運転手は日本人で。
ロレンツォじゃなかったのは、バレちゃうからかな?
どっかで気配を消しながら、護衛してるのかも。
『では、また来月。迎えに行くよ』
車の中から手を振って。
「Ciao! Buon viaggio!」
来月。
僕は、崇の伴侶になるんだ。
2月は、他の月よりも早く終わるから嬉しい。
それだけ早く、崇と会える。
『Ti amo anch'io、君の心を覆う雲を晴らすためなら、私は風になって、いつでも君の元へ馳せ参じよう』
頬に、唇に。
軽いキスを交わした。
こんなに、好きだって。
愛おしく思っていたなんて。
崇のいない日々を、今まではどうやって暮らしてたのか。思い出せなくなりそうだ。
そう告げると。
私は子供の頃に引き裂かれて以来、ずっと奏太欠乏症だったよ? と額にキスされた。
『さて、名残惜しいが。これ以上ここにいたら、紳士の皮を破り捨ててケダモノになってしまいそうだ。……予定より早まったが、改めて、家族の方々に挨拶をさせてもらおうか』
「うん、」
差し出された手を取って、立ち上がる。
「わ、」
「……晃司義兄さん、何やってるの……?」
晃司義兄さんは、扉の前で、コップを手にしたまま転びかけていた。
コップで盗聴って。
原始的だね?
*****
下に降りて行ったら、母さんは、お茶の用意をしていた。
「改めて、お久しぶりです。約束を果たしに来ましたよ」
微笑んでそう言う崇を見上げて。
母さんは、大きくなったねえ、って言った。
そうだよね。
……背は比べなくていいよ?
「何よ、別人ってほどは変わってないじゃないの、たあちゃん」
「ええ、変わったよぉ」
「昔から、楽しそうに、にこにこしながらあんたの面倒見てた、その時のままの顔してるじゃない」
そうか。
母さんと、僕の前だから。
今は、”ヴァレンティーノのボス”の顔をしてないんだ。
崇は、昔から。
こんな優しい顔をして、僕を見ていたんだ。
「…………!?」
仕事から帰ってきたお義父さんと敦司義兄さんは。
リビングにいた崇を見て、息を呑んでいた。
呑み込んだけど。
悲鳴を上げたくなった気持ちはわかるよ……。
存在がもう、非・日常的だよね。
家に帰ったら超有名なハリウッド俳優が座ってた並みの衝撃だよ。
僕の卒業後のこと。戸籍の移動とか、入学する大学のこととか。
崇は様々な書類を持ってきていた。
両親を交えてその相談をするために、多めに時間を取って来たんだって。
晃司義兄さんは「息子さんを僕に下さい、ってイタリア人はやらないんだ」とか言って敦司義兄さんに後ろ頭を叩かれてた。
それじゃあ、とやろうとした崇を、お義父さんと義兄さんたちが必死になって止めるという場面も。
「本人が望んで行くのに、くださいも何もないでしょ」
と母さんが締めた。
*****
イタリアでは、同性婚が認められてる州もあるので、まずそこで身内だけで式を挙げたいって言って。
その後、ヴァレンティーノ一家で行われるお披露目の結婚式では、変装をすることになるが、と断りを入れてた。
僕が名前を出すことを望んでないので、この結婚は表沙汰にはしないことも。
女装と聞いて、お義父さんは眉を顰めたものの。
僕はもうそれで納得済みだと言ったら。
母さんも反対してないし、奏太がいいのなら、と納得したようだ。
大学は、まだ決まってないけど。
実際に下見とかして、合った大学を選ぼうという話になった。
とりあえず話がひと段落ついたので。
崇が、持参して来た自社製品のチョコレートを配った。
これ日本ではレアなんだよね、仕入れ数増やしてよ~と軽口を言った晃司義兄さんに。
今の季節柄、良質なカカオ自体が品薄になっていて。品質を下げて量産をして、肝心の味を落とすわけにはいかない。一つや二つならまだ融通は利くが、大口の仕入れ数はどうにもならないと生真面目に謝ってた。
ここに持ってきたのは、前から予約注文して、確保しといた分なんだって。
トップでも、自由にならないものなんだ。
崇が最高責任者特権を使ってズルをしないからかも。
そこで欲をかいてこっそり品質を下げて利益を上げようとする会社が多い中、仕事にプライドを持って貫き通すのは素晴らしい。
さすが信頼と実績のヴァレンティーノさんだ、とお義父さんが絶賛してた。
上客は舌が肥えているので手を抜けばすぐに呆れて離れてしまう、そして一度離れた上客を取り戻すのは難しい、とかいう話をしてる。
最高の素材で最高の職人を使った商品だとどうしても原価がかかるもの。
安売りは価値を下げるので価格は下げないが、いいものを作ればそれだけで売れるわけでもないとか。
そうなんだ。
商売も、色々大変そう。
*****
愛理さんの分もチョコ貰ったよ、と連絡を入れたら。
大喜びでチョコを受け取りに来て。
実物の崇を見て、きゃあ、と悲鳴を上げた。
そして先日も私にまで贈り物をありがとうございます、とイタリア語でお礼を言って。
握手をお願いしていた。
握手って。
芸能人じゃないんだから……。
まあ、そりゃモデルや俳優よりイケメンだけど。
胡散臭いイタリア人扱いしてたのに。
バレンタインなのに、恋人はいいの? なんてことは聞かないでおこう。
平日だから、もう渡してきたのかもしれないし。
気付けば、あれだけ崇を怖がって警戒していたお義父さんも敦司義兄さんも。
もうすっかり憧れの眼差しで崇を見ている……。
*****
そろそろ帰りの飛行機の時間だっていうので、みんなで揃って玄関先まで出た。
崇はここに来るまでは帽子に伊達眼鏡、つけ髭で。変装してきたみたい。
ステッキまで持っちゃって。決めすぎだよ。
再びそれらを装着した崇に。
似合いすぎる! 逆に目立つ! イケおじすぎ! って。
みんなで笑いながら見送った。
車の運転手は日本人で。
ロレンツォじゃなかったのは、バレちゃうからかな?
どっかで気配を消しながら、護衛してるのかも。
『では、また来月。迎えに行くよ』
車の中から手を振って。
「Ciao! Buon viaggio!」
来月。
僕は、崇の伴侶になるんだ。
2月は、他の月よりも早く終わるから嬉しい。
それだけ早く、崇と会える。
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