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マリッジ・ブルー?

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……どうしよう。

ヴァレンティーノ・カンパニーのことを知れば知るほど。
怖くなって。逃げ出したくなってきちゃった。


今まで、特に何も考えずに出されたものを着てたし食べてたから、あまりブランドとかを気にしたことなくて、知らなかった。

だから、調べてみたんだ。
これからは無関係じゃなくなるな、って思って。


王子様の言ってた通り、ヴァレンティーノ・カンパニー自体は第一次大戦前からある企業で。
不動産経営やオレンジとかオリーブ油、乳製品、ソーセージとか食肉加工品の輸出を主に扱ってる、手堅い会社だった。

でも、ハーバード大学を飛び級で卒業した崇がトップに立ったその時から、その天才的な頭脳と機械的な経営手段、大学で得たコネクションとかも駆使し、各分野の業績を上げていって。

今やその名を知らない者はほぼいない……僕は知らなかったけど……世界的な大企業になったんだ。


食品とかファッションとか、知ってるジャンルは違えど、クラスの女子も男子もヴァレンティーノの名前は当然のように知ってた。

日本にも色々な関連会社の支社があるとか。
もちろん、ハワイにも。


案内したっていう黒服の人は、日本支社の人だったのかな?
中には元々ヴァレンティーノがマフィアだって知らない社員もいそうだけど。

ヴァレンティーノ・カンパニーの日本支社ですら、その就職倍率もとんでもない狭き門だった。
僕が応募しても、バイトすら、受からない気がする。

崇が知ったら、手を回して採用させそうだけど。
それって実力じゃないし。

僕なんかが崇の手助けをしたい、なんて。
おこがましいにもほどがある。


そう。
僕は身の程というものを知ってしまったわけだ。


*****


幹部会議に来てたのは、間違いなくマフィア側だと思う。


男の花嫁じゃ、アメリカやフランスにいる幹部や部下たちが納得しない、とか言ってたっけ。
それで、女装して結婚式を挙げるってことになったんだ。

そのまま・・・・の僕じゃ、ヴァレンティーノの首領の相手には相応しくないから。
なんの取柄もない、ただの一般人だから。


そしたら。
以降は女装して過ごさないといけないのかな。

普段は、誰にも見つからないように、あの部屋に閉じこもってるとか?

内側からは出られないあの部屋で、身奇麗にして。
崇が来るのを待って、抱かれて。

ヴァレンティーノのボスのストレスを発散させるのが役目?
……それって、男娼とどう違うんだろう。


崇は相変わらず、毎朝毎晩こっちの時刻に合わせて、おはようとおやすみのメッセージと、愛の言葉をくれるけど。

僕のどこに、そこまで愛される価値があるのかなあ、と。
どうしても、卑屈になってしまう。

実際に実物を抱いて、がっかりしなかったのかなあ。
夢は夢のままの方が良かったんじゃない?


初物は面倒だって言ってたし。
プロの人の方が、ずっと上手いよね。

今まで目標にしてきたことだからって、引っ込みがつかなくなっただけじゃないのかな。


*****


「溜め息なんてついちゃって、どうしたの奏ちゃん。食欲も無いみたいだし。もしかしてマリッジブルー?」
晃司義兄さんにわしわしと頭を撫でられた。

いつの間に。

マリッジブルーって。
結婚前に、本当にこの人でいいのか、とかこの相手で自分は幸せになれるのか、とか色々悩むことだっけ。


「ああ、そっか。これ、マリッジブルーってやつかも」

崇があまりにハイスペックすぎて。
自分じゃつりあわない気がして悩んでたんだって話した。

僕が頑張って勉強したところで、18歳でハーバード大卒してしまうような天才の手助けになるような仕事も出来そうにない、とかも。


「んー、側にいてくれるだけでも癒しになるんじゃない?」
「それ、ぬいぐるみでも置いとけばよくない?」

愛理さんから貰ったあざらしみたいな抱き枕を抱き締める。
……癒されるー。


「じゃあ結婚なんてやめちゃいなよ」

「え?」
見上げたら、真面目な顔で。

「……こんな風に悩ませてる時点で、奏ちゃんの結婚相手として失格だ」


「悩ませたのは確かに私の不徳の致す所だ。だが、結婚相手としての判定を、君にどうこう言われる筋合いは無いな」
……って。

この声は。
まさか。


ドアの方を見たら。
見上げるほどの長身に三つ揃えのスーツが決まっている、美貌のイタリア紳士の姿が……。


「崇!? 何でここにいるの!?」


*****


『奏太が思い悩んでいる様子なので、心配になって。来てしまった』

来ちゃった、じゃないよ!
びっくりして、心臓が飛び出るかと思った!


思い悩んでるって。
どうしてわかったんだろう?

文字でそんな、気持ちまで伝わってるとは思わなかった。


こないだ、悩みはある? とは聞かれたけど。
でも、本人に話すのも、情けないなって思って、言えなかった。


『とりあえず、ひと月ぶりに、奏太を補給させてくれないか?』
ぎゅっと抱き締められる。

ああ。本物だ。
崇だ。


……イタリアの風を思わせる、どこか官能的な香水の匂いと。
崇の匂い。


『送った石鹸、使ってくれているようだね。嬉しいよ』

崇もにおいを嗅いでるし。
んもー。


*****


「こらこらこらこら、家族の目の前でいちゃいちゃするのはやめたまえ君たち」


『まだいたのか……』
崇は僕を抱き締めたまま、晃司義兄さんに振り返った。


「はじめまして、義理の兄上。私はサルヴァトーレ・崇・ヴァレンティーノ、奏太の夫になる男だ。以後お見知りおきを」

と。
崇は僕の頬にキスして言った。

堂々としてるなあ。
っていうか、普通に日本語話せたんだ。

何か幼くなるような感じなのは、僕と話す時だけだったのかな?


「さっきこの男、イタリア語で悪態つかなかった?」
悪態?

「え、悪い言葉なんて、言ってないよ? 崇は滅多にスラングとかも言わないよね?」


Certoもちろん、紳士なのでね』
崇はすまし顔で頷いた。
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