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亜樹:SNS炎上、担当襲来

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夕食の前に、メールのチェックをしたら。

担当さんから、メールが来ていた。
見れば、トレパクを疑われて、炎上してるって?

事実確認をしたいので、至急連絡が欲しいとのこと。
どういうこと?


僕の漫画の背景が。
ある・・写真家の風景写真と一致してる……?

それって。


調べてみたら。
とあるWEB漫画の背景が、ある写真家が自分のブログにアップしている写真とそっくりだ、という書き込みから、写真と背景を重ねて検証するサイトが作られ。
出版社に脅迫紛いな問い合わせや、SNSに直接中傷などを書き込むやからが現れて、炎上中だという。

奈津に確認してみると、自分の手持ちの写真を使ったので、自分が撮った写真で間違いないと言った。
自分のブログにもアップしていたものだという。


担当さんに、その写真家は、離婚して別々だったけど最近20年ぶりにイタリアから帰って来た自分の弟だと説明したら、『それでは、誹謗中傷はすべて事実無根だと突っぱねます』、と言ってくれた。
それは心強い。


◆◇◆


初めて、奈津の撮った生の写真を見せてもらった。

なんてことない風景写真でも、心を掴まれる。
いい写真だと思った。

見た人間が、これは奈津の撮ったものだとすぐにわかるほど、印象的な。


奈津は”NaZ”という名前でモデルもやっていたらしく。
何冊か出ている写真集は、写真集と思えないレベルで売れているようだった。

もちろん、僕の本よりもずっと。


奈津がすぐに自分のブログに、作業画面のスクリーンショットと。
『縁があって知り合いになった漫画家の仕事を興味本位で手伝い、自分の写真を使ったせいで騒ぎになってしまい、申し訳ないことをした』
と書いてくれたことで、騒ぎは収まった。


兄の漫画、と書かなかったのは、下手に騒がれないためらしい。
それはありがたかった。

あの料理を作った噂のスパダリ弟の正体がこの写真家だとバレたら大騒ぎだ。
だって、”NaZ”は顔も知られているのだから。


結局。
パクリだと僕のことを中傷した人達が謝ることはなく。

検証サイトもいつの間にか消えていた。


本人に事実確認を取ったり、何故同じ写真だったのか理由を考えることもなく。どうしていきなり関係ない人を犯罪者扱いして、正義面して、糾弾できるのか。
何の権利があって、そういうことができるのか。

理解できない。


◆◇◆


「Minchia! 俺の亜樹を中傷したcazzo全部訴訟して、短絡的な人生を後悔させてやるからな! Può andare all'inferno!」
と。

奈津がおそらく放送禁止用語的な言葉を発しながら、僕以上に怒ってくれたし。

SNSの書き込みは、誤解が解けるまで見ないよう言って、代わりにチェックしてくれた。
だから僕はそんなに精神的なダメージを受けなくて済んだんだ。


奈津はまるで悪役のような悪い表情をして。

「スクショはとってあるし、マネージャーを通して訴訟すればこっちの素性はバレないから大丈夫だ」
って言われても。

……え、まさか。本気なの!?


どうやってあの”NaZ”と知り合いになったんですか? とフォロワーから質問されたので、弟の友人だと誤魔化しておいた。
なるほど、イタリアで仲良くなったんですね、と納得したようなので一安心。


そんなこんなで、ネットの恐ろしさを知ったけど。

この騒ぎで興味を持ったのか、電子図書も売れたようで。
単行本にも重版が掛かったので、失うものは別になかったことだし、訴訟は許してあげようよ、と奈津に言ったが。

「もう手続きは済んだ。亜樹が許しても俺が許さねえ。ぜってえ後悔さす」
「えええええ」


冗談でも何でもなく、奈津は本気で訴えた。

プロパイダーから事実確認の問い合わせがあった時点で泣きを入れてきたのもいたらしい。
しかし、少額だろうが絶対慰謝料払わせて謝罪させてやる、との執念で。

謝罪をさせ、二度としませんと念書を書かせて慰謝料を取ってやったー! と、得意げに言われたけど。
弁護士を雇うのにいくら掛かったのかと思うと怖ろしい。


こういうネットでの誹謗中傷は、被害者の方が損をするだけだと泣き寝入りする人が多いそうだし。
これで、気軽に誹謗中傷する人が減ればいいんだけどね。


◆◇◆


玄関の呼び鈴が鳴って。


奈津がドアフォンのモニターを見て。
首を傾げていた。

「……知り合い?」
と、指をさしたモニターに映っていたのは。

担当さんだった。


「本当に、弟さんなんだ……」
担当さん……チカはあんぐりと口を開けて奈津を見た。


大学の漫画研究会で知り合って。
絵を描くのは好きだったけど、素人同然だった僕に漫画の描き方を教えてくれて。

一緒に行ったイベントで出版社からスカウトされて、僕は漫画家になったけど。
チカは漫画雑誌を作る道を選んだ。


しばらくして、僕の新しい担当として紹介された時には驚いたものだ。
驚かせたかったからって、ギリギリまで担当に決まったことを黙ってたんだからひどい。

以来、ずっと漫画家としての活動を支えてもらっている。


「はじめまして。近田仁司ちかだひとしと申します。お兄さんとは大学からの知り合いで、その縁で担当をさせてもらってます」
と、名刺を差し出した。

「どうも、弟の奈津です。この度は兄ともども、ご迷惑をおかけしたようで……」
頭を下げる奈津に、チカは慌てて言った。

「いいえ、とんでもない! あんなの、事情も知らないくせに勝手にパクリ呼ばわりするほうが悪いんですから!」

「ですよね!」
奈津は全開の笑顔を見せた。


◆◇◆


いきなりカミングアウトしたらどうしよう、とヒヤヒヤしていたので、奈津がちゃんと僕のことを兄だと言ってて安心した。
さすがに仕事相手には言わないよね。

って、そんなことで安心してしまう環境って。


「陣中見舞いじゃないですが、どうぞ」
手土産に、僕の好きなメーカーのチョコクッキーを持ってきてくれた。

「わー、ありがとうチカ、……じゃなかった近田さん……」
喜んでいただく。


「ほんと変わってない……ついでと言っては何ですが、例のネームの打ち合わせを……」
と言いながら。

あれ? という顔で、奈津の顔を見ている。

……しまった。
奈津をモデルにしたの、バレてしまったようだ。


「ずいぶんなイケメンをモデルにしましたね?」
チカはいい笑顔だった。

そりゃそうだよ。
奈津は、イケメンなんだし。
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