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亜樹:我が家

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海外か戻ってきたにしては荷物が少なすぎると思って訊いてみたら。
奈津の服とか大きな荷物はマネージャーさんに頼んだので、後から家に届けられるらしい。

手荷物は、ジュラルミンケースの中のカメラと、ポケットに入れた財布と携帯電話のみだった。

男なんだから、それで何日かは何とかなるだろ、と言っている。
いくら何でもアバウトすぎる。

海外で育つと、そんな大雑把になるのだろうか? それともカメラマンっていうのはカメラ一つでどこでも行くような性質なのかな?
僕は心配性で、荷物がどんどん増えていくタイプなので、信じられない。


電車で最寄り駅まで行って、タクシーを捕まえた。
家まで、徒歩でも大した距離ではないけど、長時間のフライトで疲れていると思ったのだ。

いちおう僕も車の免許は持っているけど。
維持費が掛かるから自家用車は持ってない、と言うと驚かれた。そんなに驚くようなことだろうか?

東京は、別に車がなくても困らない。
バスや電車が、下手すれば分単位で来るからだ。
タクシーの初乗りだって安い。僕は自営業なので、交通機関は滅多に使用しないが。

たま~に取材で写真を撮りに行くくらいだ。
最近は参考にするのでも、目トレスなどと言われて厳しいので、背景や小物を描く場合、資料は自分で撮るか、有料の素材を買うか、フリー素材を使わなければならない。


「買い物に困らないのか?」
外国では、コストコみたいな大きなスーパーで大量に買って、冷凍庫に保存することが多いそうだ。

「ううん。欲しいものは、ネットで通販できるし」

それに近所に大きな商店街も24時間営業のコンビニもあるし、少し歩けば大型スーパーだってある。
生活に必要なものはすぐ手に入るのだと言った。


「ふうん?」
奈津は納得のいかない様子だが。

それは幼い頃から外国育ちだったからだろう。
しばらくすれば、日本での暮らしにも慣れるかもしれない。


◆◇◆


自宅に着いて。

「おお、20年ぶりの我が家!」
奈津は嬉しそうにカメラを構えた。職業病かな?


5LDKの二階建て。狭い庭と、今は使われていないが車庫つき。
バブルの時期に購入したという。

都内でそれは、当時は億の価格がついていたそうだ。
今は土地家屋の価格が下がっているが。借地ではないので、まだそれなりの値で売れるだろう。


相続税で大変な目に遭ったのを思い出す。
稼ぎのない子供は、土地家屋を売り払わなければならないほどの税が掛かるのだ。

何故、先祖代々の土地を継ぐのに金を払わなければいけないのか未だに納得いかない。

これでは今に日本人は自分の土地に住めなくなってしまうのではないだろうか。
情けない息子の先を心配したのであろう父が、生命保険を掛け、僕名義で通帳を作成していてくれなければ、危うく家を手放さざるを得ないところだった。


……こちらにレンズを向けるのはやめて欲しい。

「何でよ? 俺に撮られたいってヤツは列を成すほどいんだぜ?」
避けたら、むくれた顔をした。

「僕は写真を撮られるのが苦手なんだ……」

奈津ほどのイケメンでもないし。
撮っても面白くもないだろう。


ふん、と鼻を鳴らし、奈津はカメラを仕舞った。


◆◇◆


「あっぶね、」
奈津は玄関で、額をぶつけそうになっていた。

「日本の家は、ちっちぇな」
ぶつぶつ文句を言ってる。

奈津が規格外にでかすぎるのだ。
僕はかすりもしたことがないし、これからもしないだろう。

ここまで大きくなったのはどちらの遺伝子の影響なのか。父も母も、そう大柄ではなかった。イタリアという土地は背を大きく育てるのだろうか?


1階の父の書斎は、今は僕の仕事部屋になっている。

今はパソコンで作画をしているので、アシスタントもネットで頼める時代だ。僕はあまり使わないけど。
資料とか出しっ放しで、恥ずかしい。

続きにあった父の部屋だった洋間は、僕の部屋にした。
といっても、ベッドや本棚があるだけだけど。


「2階のなっ……奈津の部屋はほとんど手付かずだから。ざっと掃除はしたけど」

「ういー」
奈津は大股で、数段飛ばして階段をのぼっていった。

足の長さも違うので、すぐに引き離されてしまう。
脚の長さも違う。


「……ここ・・ここは今、何に使ってんの?」
顎で示したのは、階段に近い部屋。

ここは、母の部屋だった。
でも、今はもう。

「荷物置き場になってるよ」

父は、残していった母の荷物はすべて処分して。
荷物置き場にしたのだ。


「ふうん。亜樹の部屋は?」
「今は使ってないよ。僕の荷物は下に移したし」

「じゃあ俺、使っていい? 暗室とか欲しいんだよな」
自分の部屋を覗き込んで言った。


ああ、ひと部屋では足りないのか。
僕も仕事で一階のふた部屋を使ってるし。それは問題ない。

「うん、どうぞ。あ、ベッドがあるけど、捨てていいから」
運ぶのが面倒だったので、新たにベッドを買ったのだ。

「いや、もったいねえからそれ使う」

「奈津には小さいと思うけど……」
普通のシングルベッドだ。奈津だとキングサイズじゃないかな?

奈津は寝るだけなら問題ねえし、と言って元・僕の部屋を覗いた。
地面よりはマシだというが。カメラマンって、野宿までするものなのか?


「なっつかし……」

天井に貼られたままの星座シールを見上げていた。
奈津はこれが好きで、よく僕のベッドにもぐりこんできたものだった。

ベランダが奈津の部屋と続いていたので、ドアを使わず、行き来していた。
母が神経質で、ドアの開閉音に苛々するせいだった。


ああ、懐かしいな。

母がイタリアに行く前の夜も。
僕にしがみついて。泣きながら寝ちゃったんだっけ。


寝ているうちに連れて行かれてしまった奈津は、どれほど傷付いただろう。
20年間、奈津が僕に一度も連絡をくれなかったのも、そのせいだと思っていた。


◆◇◆


夕方。
奈津が台所を覗いていたと思ったら、ふらっと外に出て行って。


大量の買い物袋を手に、奈津が帰ってきた。
「カード使えなくて焦った。今はコンビニにATMがあるのか。便利だな」

商店街で買い物しようとして、カードが使えなかったのでコンビニでお金を降ろしたそうだ。


どうやら、手料理を振舞ってくれるつもりらしい。
疲れているだろうに。

「出前で済まそうとして申し訳ない……」

「出前って、どうせそこの寿司屋だろ? あんた生魚苦手じゃねえか。いいよ」
寿司が苦手だったことを、覚えていてくれたのか。

奈津はお寿司が大好物で、僕の分まで平らげて、よくお腹を壊してたっけ。


ナスやトマトをたっぷり使い、パスタや炒め物、サラダと、イタリアの家庭料理というのを作ってくれた。

「マンマ……っと、母さんはまったく料理駄目だったからな。俺が近所のお母さん達から教わったんだ」
慣れたもんだぜ、と得意げに言うだけあって、凄く美味しそう。

「わあ……、これ写真撮ってもいい?」
「ああ」

許可を得て、写真を撮る。
使う予定がなくとも思わず資料写真を撮ってしまうのは、漫画家のサガか。


「すごく美味しいよ!」
見た目だけじゃなく、味も素晴らしかった。

「そうか」
奈津は全開の笑顔を見せた。


その笑顔は、小さい頃の奈津を思い出させた。
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