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亜樹:弟の帰国
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20年ぶりに、弟と会うことになった。
僕は空港の到着出口付近で。
緊張に身を強張らせながら弟が来るのを待っていた。
弟、といっても。
離れていた20年の間、ほとんど会話もしてこなかったのだが。
血の繋がった、実の弟だというのに。
妙に緊張してしまっているのはそのせいだ。
20年前に離婚して家を出て行った母は、当時、業界内で少々名の売れた服飾デザイナーだった。
公務員……高校教師をしていた厳格な父とは折り合いが合わず。
数年の喧嘩の末離婚し、まだ6歳だった弟の奈津を連れて、契約している会社があるというイタリアへ行ってしまったのだ。
僕は進学校だった私立中学に入り、高校受験を控えていたし。
日本から出るのが嫌だったので、父の元に残ることになったのだけど。
奈津も、外国へ行くのを泣いて嫌がっていたのを無理矢理連れて行かれてしまった。
離婚の際の、慰謝料とかの問題もあったのかもしれない。
養育費はお互いに受け取らない、という約束だったようだ。
没交渉も裁判で決まっていたのか、今まで、奈津からは手紙や電話などの連絡が来たことはなかった。
時折、気まぐれのように送られて来る母からのメールでその近況を知らされていたくらいだ。
イタリア語を、すぐに覚えたこと。
成績はかなり優秀で、高校、大学はスキップしたこと。
イケメンで、女の子にモテモテなこと。
奈津は今、母と住んでいたアパートメントを出て、カメラマンをしているそうだ。
写真集が出たので送ってあげる、と言われたが。
未だにそれは届いてない。
そういう、ちゃらんぽらんなところのある母で。
そこは全く変わっていないようだった。
とにかく。
その、20年も音信不通だった弟の奈津が。
今日。
日本に帰ってくるというのだ。
◆◇◆
それは、突然のことだった。
昨日の話だ。
奈津から、はじめて連絡があったのは。
母からアドレスを聞いたのか、メールで。
僕と一緒に、あの家に住みたいのだが、いいか、という内容だった。
5年前に父が亡くなったときも、奈津からは連絡もなく、帰ってこなかったのに。
どういう心境の変化だろうか?
ちなみに、母からは申し訳程度に弔電が入ったのみである。
離婚で別々になり、名字も変わったとはいえ。元々、奈津の実家でもある。
もちろん、僕はすぐに快諾した。
それでも奈津が来るのは来月か、早くても再来週くらいかな、と思っていた。
しかし。僕がメールを返信した直後。
それならすぐに帰る、と返信してきたのだった。
実際、もうすでに翌日の飛行機のチケットを取ってある、という。
そして、明日空港まで迎えに来て欲しいと。
いくらなんでも急すぎる、との僕の返事に、どうせそんな忙しくない仕事なんだからいいだろ、と奈津は悪びれずに言ったのだった。
漫画家になったことは、母から聞いたのだろうか?
確かに僕は漫画家をやっている。
といっても、現在はwebで細々と糊口を凌いでいる、無名漫画家なのだけど。
何故漫画家になったかといえば、大学時代所属していた漫画研究会で参加していたイベントで、出版社から声をかけられてそのまま商業デビュー、というコースだ。
大学生、20歳の時だった。
運良く商業誌で掲載され、何冊か単行本は出してもらえたが。
特にヒットといえる作品はなく。
現在は原稿料の安いwebに流され、売れない漫画を描いている。
自宅があり、親の遺産を食い潰してるおかげでどうにか専業で生活が出来ている、という程度だ。
PNは夏野千秋。
その名を名乗っても、知ってる人は単行本の部数から考えても、3千人いるかどうかくらいだろう。
まあそれだけの数の人が読んでくれて本を買ってくれているのだから、ありがたいと思わねば。
本名は千川亜樹だ。
本名をもじって、千のアキでチアキにした。名字は適当につけた。
PNのせいか、線の細い絵柄のせいか、描く漫画の内容のせいか。
たまに、僕のことを女性作家だと思ったのか、顔が見たいというファンレターが届くこともある。
主に男性から。
残念ながら、今年35になる、地味ダサ眼鏡のチビぽちゃ中年男である。
がっかりされたくないので、サイン会もしたことはない。
◆◇◆
……なかなかそれっぽい青年は出てこない。
飛行機はもうとうに到着しているはずなのだが。
荷物がまだなのだろうか? 外国は荷物の扱いが杜撰だと聞く。
奈津はもう、26歳になるはずだ。
女の子からとてもモテるという話だし、さぞや立派な青年になっていることだろう。
反抗期も知らず、一番いいときに別れたせいか。
奈津に対して、悪い思い出はない。
小さくて、かわいらしい子だったと記憶している。
大きな榛色の瞳をきらきらさせて。
あきちゃんあきちゃんと、いつも僕の後ろをついてきてたっけ。
可愛かったなあ。
「……?」
目の前に、大きな男が立っていた。
日に焼けたような小麦色の肌。
癖のある黒い髪。
サングラスをかけているが、眉やすっと通った高い鼻、口や顔の形からして、かなりのイケメンっぽい。
逞しい胸板がわかるTシャツに、細身の黒ジーンズ。
登山靴のようなごつい靴を履いていて。
脚は長く、見上げてしまうほど背が高い。モデルのようなスタイルの良さだ。
モデルかもしれない。
一般人とは思えないオーラを発している。
通行人が彼をちらちら見て、何か言っている。十中八九称賛の言葉だろう。
それほど目立つし、目を引く。
荷物はカメラを入れるようなジュラルミンケースひとつのようだ。
ずいぶん軽装だ。
誰かの見送りだろうか?
あっ、もしかして。
通行の邪魔をしてしまったのだろうか?
そう思って右に避けてみたが、男は動かない。
何故、僕を見ているのだろう。
カツアゲとか?
生まれてこのかた一度も喧嘩なんかしたことないし、見た目通り力も弱い。
そういうのに目を付けられやすいので、裏通りとかは歩かないようにしてるのに。
まさか、こんな人目のある空港でそんな。
警備員さんとか、いるだろうか?
挙動不審なくらいあたふたしていると。
男は呆れたように大きく溜め息をついて。
ぽん、と頭に手を置かれた。
いきなり何をするのかと驚いたけど。
◆◇◆
「変わらねえな、あんたは」
と言って、男はサングラスを外した。
想像を裏切らない、男らしく整った容貌。
瞳は、どこか懐かしい榛色。
既視感を覚える。
この人と。どこかで会ったっけ?
でも、こんな格好いい人なら忘れるはずないのに。
男は片眉を上げ、皮肉そうな笑みを浮かべた。
「俺はすぐわかったぜ? 亜樹」
と。
いうことは。
「嘘……。なっちゃんなのか!? 立派になったなあ。大きくなりすぎてわからなかったよ!」
思わず指をさしてしまった。
「26にもなる男をつかまえて、なっちゃんはやめろ……」
奈津は。
20年ぶりに再会した僕の弟は、心底いやそうな顔をした。
可愛いじゃないか。なっちゃんって名前。
僕は空港の到着出口付近で。
緊張に身を強張らせながら弟が来るのを待っていた。
弟、といっても。
離れていた20年の間、ほとんど会話もしてこなかったのだが。
血の繋がった、実の弟だというのに。
妙に緊張してしまっているのはそのせいだ。
20年前に離婚して家を出て行った母は、当時、業界内で少々名の売れた服飾デザイナーだった。
公務員……高校教師をしていた厳格な父とは折り合いが合わず。
数年の喧嘩の末離婚し、まだ6歳だった弟の奈津を連れて、契約している会社があるというイタリアへ行ってしまったのだ。
僕は進学校だった私立中学に入り、高校受験を控えていたし。
日本から出るのが嫌だったので、父の元に残ることになったのだけど。
奈津も、外国へ行くのを泣いて嫌がっていたのを無理矢理連れて行かれてしまった。
離婚の際の、慰謝料とかの問題もあったのかもしれない。
養育費はお互いに受け取らない、という約束だったようだ。
没交渉も裁判で決まっていたのか、今まで、奈津からは手紙や電話などの連絡が来たことはなかった。
時折、気まぐれのように送られて来る母からのメールでその近況を知らされていたくらいだ。
イタリア語を、すぐに覚えたこと。
成績はかなり優秀で、高校、大学はスキップしたこと。
イケメンで、女の子にモテモテなこと。
奈津は今、母と住んでいたアパートメントを出て、カメラマンをしているそうだ。
写真集が出たので送ってあげる、と言われたが。
未だにそれは届いてない。
そういう、ちゃらんぽらんなところのある母で。
そこは全く変わっていないようだった。
とにかく。
その、20年も音信不通だった弟の奈津が。
今日。
日本に帰ってくるというのだ。
◆◇◆
それは、突然のことだった。
昨日の話だ。
奈津から、はじめて連絡があったのは。
母からアドレスを聞いたのか、メールで。
僕と一緒に、あの家に住みたいのだが、いいか、という内容だった。
5年前に父が亡くなったときも、奈津からは連絡もなく、帰ってこなかったのに。
どういう心境の変化だろうか?
ちなみに、母からは申し訳程度に弔電が入ったのみである。
離婚で別々になり、名字も変わったとはいえ。元々、奈津の実家でもある。
もちろん、僕はすぐに快諾した。
それでも奈津が来るのは来月か、早くても再来週くらいかな、と思っていた。
しかし。僕がメールを返信した直後。
それならすぐに帰る、と返信してきたのだった。
実際、もうすでに翌日の飛行機のチケットを取ってある、という。
そして、明日空港まで迎えに来て欲しいと。
いくらなんでも急すぎる、との僕の返事に、どうせそんな忙しくない仕事なんだからいいだろ、と奈津は悪びれずに言ったのだった。
漫画家になったことは、母から聞いたのだろうか?
確かに僕は漫画家をやっている。
といっても、現在はwebで細々と糊口を凌いでいる、無名漫画家なのだけど。
何故漫画家になったかといえば、大学時代所属していた漫画研究会で参加していたイベントで、出版社から声をかけられてそのまま商業デビュー、というコースだ。
大学生、20歳の時だった。
運良く商業誌で掲載され、何冊か単行本は出してもらえたが。
特にヒットといえる作品はなく。
現在は原稿料の安いwebに流され、売れない漫画を描いている。
自宅があり、親の遺産を食い潰してるおかげでどうにか専業で生活が出来ている、という程度だ。
PNは夏野千秋。
その名を名乗っても、知ってる人は単行本の部数から考えても、3千人いるかどうかくらいだろう。
まあそれだけの数の人が読んでくれて本を買ってくれているのだから、ありがたいと思わねば。
本名は千川亜樹だ。
本名をもじって、千のアキでチアキにした。名字は適当につけた。
PNのせいか、線の細い絵柄のせいか、描く漫画の内容のせいか。
たまに、僕のことを女性作家だと思ったのか、顔が見たいというファンレターが届くこともある。
主に男性から。
残念ながら、今年35になる、地味ダサ眼鏡のチビぽちゃ中年男である。
がっかりされたくないので、サイン会もしたことはない。
◆◇◆
……なかなかそれっぽい青年は出てこない。
飛行機はもうとうに到着しているはずなのだが。
荷物がまだなのだろうか? 外国は荷物の扱いが杜撰だと聞く。
奈津はもう、26歳になるはずだ。
女の子からとてもモテるという話だし、さぞや立派な青年になっていることだろう。
反抗期も知らず、一番いいときに別れたせいか。
奈津に対して、悪い思い出はない。
小さくて、かわいらしい子だったと記憶している。
大きな榛色の瞳をきらきらさせて。
あきちゃんあきちゃんと、いつも僕の後ろをついてきてたっけ。
可愛かったなあ。
「……?」
目の前に、大きな男が立っていた。
日に焼けたような小麦色の肌。
癖のある黒い髪。
サングラスをかけているが、眉やすっと通った高い鼻、口や顔の形からして、かなりのイケメンっぽい。
逞しい胸板がわかるTシャツに、細身の黒ジーンズ。
登山靴のようなごつい靴を履いていて。
脚は長く、見上げてしまうほど背が高い。モデルのようなスタイルの良さだ。
モデルかもしれない。
一般人とは思えないオーラを発している。
通行人が彼をちらちら見て、何か言っている。十中八九称賛の言葉だろう。
それほど目立つし、目を引く。
荷物はカメラを入れるようなジュラルミンケースひとつのようだ。
ずいぶん軽装だ。
誰かの見送りだろうか?
あっ、もしかして。
通行の邪魔をしてしまったのだろうか?
そう思って右に避けてみたが、男は動かない。
何故、僕を見ているのだろう。
カツアゲとか?
生まれてこのかた一度も喧嘩なんかしたことないし、見た目通り力も弱い。
そういうのに目を付けられやすいので、裏通りとかは歩かないようにしてるのに。
まさか、こんな人目のある空港でそんな。
警備員さんとか、いるだろうか?
挙動不審なくらいあたふたしていると。
男は呆れたように大きく溜め息をついて。
ぽん、と頭に手を置かれた。
いきなり何をするのかと驚いたけど。
◆◇◆
「変わらねえな、あんたは」
と言って、男はサングラスを外した。
想像を裏切らない、男らしく整った容貌。
瞳は、どこか懐かしい榛色。
既視感を覚える。
この人と。どこかで会ったっけ?
でも、こんな格好いい人なら忘れるはずないのに。
男は片眉を上げ、皮肉そうな笑みを浮かべた。
「俺はすぐわかったぜ? 亜樹」
と。
いうことは。
「嘘……。なっちゃんなのか!? 立派になったなあ。大きくなりすぎてわからなかったよ!」
思わず指をさしてしまった。
「26にもなる男をつかまえて、なっちゃんはやめろ……」
奈津は。
20年ぶりに再会した僕の弟は、心底いやそうな顔をした。
可愛いじゃないか。なっちゃんって名前。
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