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最初の貢ぎ物

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しばらくして。
そろそろとリビングに顔を出した永遠は、ちゃんとした服装をしていた。
髪はまだ湿っている状態だったが。


先程の事を蒸し返してからかっては、嫌われてしまうだろう。
テーブルの上に用意された朝食を示すと、彼はおとなしく席について食べ始めた。

その間に、ヘアブラシやワックスなどを持ってきて。
食事が終わった永遠の髪を整えてやる。


「……?」
「柔らかくて触り心地が良い猫っ毛だ。固めてしまうのは勿体ないが。毎朝セットするのは大変だっただろう?」

不思議そうな顔をしていたが。

おとなしく、されるままに髪を弄られている。
不快ではないらしい。


「これでどうかな?」
「ん、早いなぁ。ありがと」
手鏡を渡すと、眺めて満足そうに言った。

こちらが勝手にしたことにまでお礼を言うとは。
生真面目すぎる。

そんな風に無防備では、私のような悪い男にどこまでもつけこまれてしまうぞ?


*****


「そうそう。観察期間を決めておかないと落ち着かないだろう。今日から一週間、でどうだろう」
「いいけど……」

「礼は弾むよ」
もうすでに、用意してあるものもある。


彼の望むものは、何でも与えたい。
目が肥えているらしく、欲しがっていたのは全て彼に似合うものばかりだ。

そういえば、時計を持って来たのだった。

端末ですぐに時間がわかる現在、時計は完全な嗜好品である。
彼のファッションを彩る助けになれば良いのだが。


「ああ、忘れるところだった。今日はこれを着けて欲しい。ちょうどこのコーディネートにぴったりで良かった」
永遠の腕に、最初の貢ぎ物をつける。

彼は自分の腕を見て。
ひと目でそれがだとわかったようだ。

人気の品であり、偽物は多数出回っている。
さすがに良い目をしてる。


「は、はっ、外し、」
永遠は涙目になっていた。

ほんの三百万程度のものだ。
家庭環境からして、決して手の届かないような値段ではないと思うが。彼にとっては贅沢品だったか。
どうやらご両親は、子供を甘やかしてはいないようだ。


「大丈夫。贈り物じゃなくて無期限貸し出しということにすれば、そちらに贈与税は掛からない」

「受け取れるかよ、こんな高価なもの! 昨日初めて話したような相手から!」
金銭感覚も普通のようだ。


今まで私の周囲には、高価なプレゼントを喜んで受け取るか、貰って当たり前という態度の者しかいなかった。ここまで必死に辞退されたのは初めてのことだ。
困ったな。

「気に入らなければ捨てて欲しい。君の腕に着けられないなら、こんなもの何の価値も無い」

永遠が欲しいと言っていたので、永遠のために購入したものだ。
私の趣味でもないし、必要ないならいっそ捨ててもらった方が気が楽である。

しかし。
永遠はまたも涙目で。
「価値? めちゃくちゃあるに決まってるだろ!? 職人さんに謝れ!」

とりあえず、捨てられはしないようだ。


「そうか。そんなに気に入ってくれたのか。嬉しいな。……ではそろそろ行こうか」

あまりゆっくりしている時間もない。
永遠の背に手を添えて、玄関先までエスコートする。


遊澤は指示通り、玄関前に車を停めていた。


*****


これより一週間。
自分の講義は休んで、全て永遠のスケジュールに合わせることにした。


どうしても私の目を通さなければならない重要な仕事はこちらへ回してもらうが。
だいたいタブレットで済ませられるだろう。

端末で何を見ているのか気になるのか、永遠の視線を感じた。
興味を持たれたのなら嬉しい。

仕事の手を止め。
しばし、麗しい横顔に見惚れる。いつまでもこうして永遠の顔を見られればいいのに。
業務連絡のメールはひっきりなしに入ってくるのだ。

やれやれ。


昼前に、馴染みの料亭から受け取った仕出し弁当を手に、板垣が来た。
仕事上の確認をいくつかされる。

「では、また後程。ご連絡差し上げます。……差し入れまで用意されるとは、ご執心ですね」

「ああ、初恋成就を祈ってくれ」
弁当を受け取り。

食券売り場に並ぼうとしていた永遠に声を掛けた。

同じ弁当だと色々言われそうなので、私のは地味なものにしたが。
自分だけ豪華なのを気に病んでいるようだ。


相変わらず、優しい子だ。


*****


今日、永遠は午後の講義が一つだけなので、東条家馴染みのテーラーに連れて行って、服を贈ろうと思った。
永遠が採寸されている間に、私も仕上がったばかりのスーツに着替える。

ホテルのディナーへ連れて行くためだ。


「君という原石を、更に美しく磨き上げたい。それを手伝わせて欲しい」

普段着ている服も似合っているが。コンセプトは手の届くアイドル、のようだ。
それではいけない。

永遠は、高根の花でなくては。

彼に傅くような私の態度に、店主も永遠が私の本命だと理解したようだ。


さすがに今日仕上げるのは不可能なので、身体に合った服を持ってこさせた。
出来合いの物を着せるのは気が引けるが。

身体に添った純白のフリルをふんだんに使ったブラウス、グレイのジレ。リボンタイ。タイトな黒いスラックスに革靴。永遠のスタイルの良さを際立てている。

さすが東条家御用聞きである。良い見立てをする。


ブラウスの袖には、アレキサンドライトのカフスをつけてやる。
光によってその色を変える石は、くるくる変わる永遠の魅力のようだ。

とてもよく似合っている。
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