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祈
初恋の君を求めて
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性差別だのなんだのとフェミニストのうるさい昨今。
日本の学校で行われる学園祭ですら、ミスコンが開催されなくなったという。
その代わり、芸能人を呼んだりライブをしたりで盛り上げているようだ。
とある大学では、本物のアイドルよりも魅力的な学生によるライブが行われたようである。
あの子の捜索を頼んでいた父の部下が、偶然見つけたという。
TOWAという刺繍と、女の子のように可愛らしい顔立ち。
それしか手掛かりはなかった。
トワ、という名前は珍しく。その辺の女性よりも綺麗な顔をしていたので、もしかしたら該当の子ではないか、という連絡が入ったのだった。
大手柄である。謝礼金は多めに渡した。
判明した名前は、伊角 永遠。
写真を見たが、愛らしかった当時の顔立ちを損なうことなく、美しく成長していた。
あの子だと、すぐにわかった。
10年前に出逢った。
私の、初恋の君。
*****
願書の提出に間に合ってよかった。来年には同じ校舎で逢える。
もうすでに海外で大学を卒業しているので、外部受験で院生試験を受けても良かったのだが。科目も変えるので、大学側と話し合った結果、一年から始めることになった。
東条の名でなく、母方の名字を名乗ることも了承してもらった。
11月に試験があり、12月にはもう結果がわかるそうだ。
高校生と並んで入試を受けるのかと思うと面映ゆいような不思議な気分である。
向こうの最難関をスキップで卒業してはいるが、油断は禁物だ。
過去の問題を取り寄せ、国語など、復習しなくてはいけない。
「しかし、日本語は一人称が多すぎて混乱する。何故統一しない? ……板垣、日本の学生らしい一人称はどれが良いだろうか」
英語なら”I”のみで。日本でも会社では”私”で済むのに。
僕、俺、儂、自分、我。オタクカルチャーなどでは某や吾輩、拙者など。それ以外にも、何種類もあるようだ。
「そうですね。目立たず、物静かな青年を演出するには”僕”がよろしいかと」
日本に帰国した後に雇った秘書、板垣はファイルを見ながら言った。
よろしいかと……、の続きは何だ? と思うが。
日本語というのはそうだったな、と思い至る。
”よろしいかと存じます”と皆まで言わず、匂わせるものだ。
面倒くさい。
第一秘書の板垣は、特に口も挟まず今も無言で社用車を走らせている運転手の遊澤と同じく、元々父の会社に勤めていたのだが。
遊澤は、私が日本に戻ると聞き、長年務めてきた父の会社を辞め、うちの会社の採用試験を受けたい、と連絡してきたので採用した。
しかし板垣は、お目付け役のような形で父の会社から寄越されたのだ。
もうすでに第一秘書、という肩書の入ったうちの名刺を持って、である。父の力は借りたくなかったので、断ろうとしたが。クビになったら路頭に迷うというので、仕方なく採用した。
まんまと父の思惑にはまるのは癪だが、板垣はかなり能力の高い男だったので、そのまま捨て置くには惜しかったのだ。
実際、かなり優秀な秘書だった。
私の会社自体はまだ本社をイギリスに置いたままだが。いずれ日本に移す予定であることは社員の総てに伝えてある。
今ある自社ビルは、支社として使う予定である。
私を慕う者で国を出る覚悟がある社員は、今のうちに日本語の勉強をしているそうだ。
突発的な行動にもかかわらず、日本語も話せる秘書や社員が十数人着いてきた。
丁度売り出していたマンションを一棟買い、全員をそこに住まわせて。
私も最上階に住まいを移動した。
今はマンションの近くにあったビルのフロアを借り、仮のオフィスを作った。
土地を買って自社ビルを新たに建てる予定だが、なかなかいい場所が見つからない。
中古を買ったほうが早いのはわかっているが。セキュリティなど、色々な面で一から建てたほうが都合が良いのである。
*****
「僕か。僕、僕……、ふむ、練習しておこう」
「学生なのですから、尊大な命令口調もやめて、もう少し柔らかく」
注意されてしまった。
日本を離れ、ほとんど日本語を忘れてしまったため、覚えているのは小学四年生までで。
新たに覚え直した日本語は、父が話しているのを参考にしたものだった。
英語でなら、上流階級のみが使うクイーンズイングリッシュだけでなく、ブリティッシュイングリッシュや若者言葉、スラングも話せるのだが。
日本語は口語体文語体、尊敬語や謙譲語、和製英語やカタカナ英語などあり、ややこしくて困る。
「……研究しておこう」
端末で日本のドラマを検索しようとしていたら。
「ドラマなどのシナリオライターは、それらしく装っていても若者ではありませんので、生の発音を現場で聞かれたほうが参考になられるかと」
「なるほど。では、しばらくは黙って会話を聞くことに徹した方が良いな」
父はそうでもなかったが、珍しく長身だった祖父の昔の服がぴったりだった。
二世代ほど型落ちしている服ならば、いわゆる”ダサイ”恰好に見えるだろう。女性に目をつけられることもなかろう。
大学へ下見に行った時、私服にサングラスをして行ったのだが。やたら目立ってしまい、あやうく女性に囲まれそうになって逃げたのだ。
*****
入試では全科目満点を取ってしまったらしく、本気を出し過ぎだと板垣に叱られた。
そう言われても、手を抜いて、もし不合格になっていたらどうするつもりだ。と思ったが。
そのせいで、東条の御曹司がT大学を受験し主席合格した、という情報が流れてしまったようだ。
流出元は、アルバイトの女子事務員だった。
アルバイトといえど、守秘義務を守れないようでは当然ながらクビである。
入学式は本社で残務整理などがあったため、参加しなかった。
日本の学校で行われる学園祭ですら、ミスコンが開催されなくなったという。
その代わり、芸能人を呼んだりライブをしたりで盛り上げているようだ。
とある大学では、本物のアイドルよりも魅力的な学生によるライブが行われたようである。
あの子の捜索を頼んでいた父の部下が、偶然見つけたという。
TOWAという刺繍と、女の子のように可愛らしい顔立ち。
それしか手掛かりはなかった。
トワ、という名前は珍しく。その辺の女性よりも綺麗な顔をしていたので、もしかしたら該当の子ではないか、という連絡が入ったのだった。
大手柄である。謝礼金は多めに渡した。
判明した名前は、伊角 永遠。
写真を見たが、愛らしかった当時の顔立ちを損なうことなく、美しく成長していた。
あの子だと、すぐにわかった。
10年前に出逢った。
私の、初恋の君。
*****
願書の提出に間に合ってよかった。来年には同じ校舎で逢える。
もうすでに海外で大学を卒業しているので、外部受験で院生試験を受けても良かったのだが。科目も変えるので、大学側と話し合った結果、一年から始めることになった。
東条の名でなく、母方の名字を名乗ることも了承してもらった。
11月に試験があり、12月にはもう結果がわかるそうだ。
高校生と並んで入試を受けるのかと思うと面映ゆいような不思議な気分である。
向こうの最難関をスキップで卒業してはいるが、油断は禁物だ。
過去の問題を取り寄せ、国語など、復習しなくてはいけない。
「しかし、日本語は一人称が多すぎて混乱する。何故統一しない? ……板垣、日本の学生らしい一人称はどれが良いだろうか」
英語なら”I”のみで。日本でも会社では”私”で済むのに。
僕、俺、儂、自分、我。オタクカルチャーなどでは某や吾輩、拙者など。それ以外にも、何種類もあるようだ。
「そうですね。目立たず、物静かな青年を演出するには”僕”がよろしいかと」
日本に帰国した後に雇った秘書、板垣はファイルを見ながら言った。
よろしいかと……、の続きは何だ? と思うが。
日本語というのはそうだったな、と思い至る。
”よろしいかと存じます”と皆まで言わず、匂わせるものだ。
面倒くさい。
第一秘書の板垣は、特に口も挟まず今も無言で社用車を走らせている運転手の遊澤と同じく、元々父の会社に勤めていたのだが。
遊澤は、私が日本に戻ると聞き、長年務めてきた父の会社を辞め、うちの会社の採用試験を受けたい、と連絡してきたので採用した。
しかし板垣は、お目付け役のような形で父の会社から寄越されたのだ。
もうすでに第一秘書、という肩書の入ったうちの名刺を持って、である。父の力は借りたくなかったので、断ろうとしたが。クビになったら路頭に迷うというので、仕方なく採用した。
まんまと父の思惑にはまるのは癪だが、板垣はかなり能力の高い男だったので、そのまま捨て置くには惜しかったのだ。
実際、かなり優秀な秘書だった。
私の会社自体はまだ本社をイギリスに置いたままだが。いずれ日本に移す予定であることは社員の総てに伝えてある。
今ある自社ビルは、支社として使う予定である。
私を慕う者で国を出る覚悟がある社員は、今のうちに日本語の勉強をしているそうだ。
突発的な行動にもかかわらず、日本語も話せる秘書や社員が十数人着いてきた。
丁度売り出していたマンションを一棟買い、全員をそこに住まわせて。
私も最上階に住まいを移動した。
今はマンションの近くにあったビルのフロアを借り、仮のオフィスを作った。
土地を買って自社ビルを新たに建てる予定だが、なかなかいい場所が見つからない。
中古を買ったほうが早いのはわかっているが。セキュリティなど、色々な面で一から建てたほうが都合が良いのである。
*****
「僕か。僕、僕……、ふむ、練習しておこう」
「学生なのですから、尊大な命令口調もやめて、もう少し柔らかく」
注意されてしまった。
日本を離れ、ほとんど日本語を忘れてしまったため、覚えているのは小学四年生までで。
新たに覚え直した日本語は、父が話しているのを参考にしたものだった。
英語でなら、上流階級のみが使うクイーンズイングリッシュだけでなく、ブリティッシュイングリッシュや若者言葉、スラングも話せるのだが。
日本語は口語体文語体、尊敬語や謙譲語、和製英語やカタカナ英語などあり、ややこしくて困る。
「……研究しておこう」
端末で日本のドラマを検索しようとしていたら。
「ドラマなどのシナリオライターは、それらしく装っていても若者ではありませんので、生の発音を現場で聞かれたほうが参考になられるかと」
「なるほど。では、しばらくは黙って会話を聞くことに徹した方が良いな」
父はそうでもなかったが、珍しく長身だった祖父の昔の服がぴったりだった。
二世代ほど型落ちしている服ならば、いわゆる”ダサイ”恰好に見えるだろう。女性に目をつけられることもなかろう。
大学へ下見に行った時、私服にサングラスをして行ったのだが。やたら目立ってしまい、あやうく女性に囲まれそうになって逃げたのだ。
*****
入試では全科目満点を取ってしまったらしく、本気を出し過ぎだと板垣に叱られた。
そう言われても、手を抜いて、もし不合格になっていたらどうするつもりだ。と思ったが。
そのせいで、東条の御曹司がT大学を受験し主席合格した、という情報が流れてしまったようだ。
流出元は、アルバイトの女子事務員だった。
アルバイトといえど、守秘義務を守れないようでは当然ながらクビである。
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