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永遠

過去の思い出

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それは東条が、小学4年生の時。

お坊ちゃま学校に通っていたものの、東条の名前の影響あまりに強すぎた。
学校で、教師からは腫物に触るような扱いをされて。
クラスメイトからも遠巻きに見られたり、妬まれたり、ゴマをすられたりで。

直接ちょっかいをかけてくる人どころか、まともに相手をしてくれるような人もいなかったという。


ストレスが限界まで来ていた東条少年は。
送迎の車に乗って帰る途中、運転手に下町を見たい、と言って寄り道をしてもらった。

車に酔ったふりをして。
ドアを開けてもらった途端、外に飛び出して。公園にあった、大きなタコの形をした滑り台の下に隠れたという。

環境に不満があっても変えられない。こうして逃げて、隠れるだけ。
そんな無力な自分が情けなくて泣いてた時。

そこに、先客がいたことに気付いたんだ。


*****


「うわぁ!?」

「わあ、」
驚いて声を上げたら、その子も驚いたように飛び上がった。


「お、おどかすなよ」
「お互い様」
ムッとしたような様子だったけど。

「ん、」
ハンカチを差し出されて。

「な、何だよ?」
「鼻水出てる」

「!?」
思わず差し出されたハンカチを奪い取って、涙と鼻を拭いた。


しばらく、無言で。
沈黙に耐えられなくなった俺は、睨むようにそいつを見た。

逆光で、顔はよくみえなかったけど。
たぶん男だろうと思った。

女だったらキャアキャア騒ぐだろうし。女は金持ちで顔が良ければ何でもいいんだ。くだらねえ。
などと思いながら、ちらりと横顔を盗み見る。

レンズの外れた眼鏡を弄っているようだった。


「……何も言わないのかよ」
「何を?」

「男のくせに、こんな風に隠れて泣いてて情けねえな、とか」
「男だって、泣きたいときは泣いていいと思うよ」

車のヘッドライトが通り過ぎて。
一瞬だけ、照らされた。

零れそうなくらい大きなその子の目元が、赤くなっていたことに気付いた。

先客も、同じ用事でここに来たんだと。
なら、だ。

どうせ二度と会うこともないだろうと思って。今まで溜め込んでいた不満をその子にぶちまけた。


「ふーん、人生いろいろだね」
俺より小さいくせに、わかったようなことを言って。

「逃げたってどうにもならないってことはわかってるんだけどな……」
「僕は本を読むのが好きなんだ。本には色々な人生が書かれてる。楽しいことも、苦しいことも。でも、それは感じ方次第で変わると思う」
いきなり何を言うかと思えば。

「……受け取り方で変わるって?」
「日本にいるのが嫌なら、誰も自分のことを知らない外国に行ってみれば?」

「うーん、英語は習ってるけど。日常会話まではまだだな」
「だったら勉強すればいいじゃない」

「他人事だからって気楽に言うなよ」

「だって、他人事だし」
その子はくすくすと笑って。

いつの間にか、自分も笑ってることに気付いた。
最悪だった気分も、かなり良くなっていた。


「……、どこに……」
「……様、」

遠くから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
数人いる。

早く戻らないと、大事になってしまう。


「やべ、そろそろ帰らなきゃ。お前、名前は……」
振り返ると。

その子はぐったりと、滑り台に寄りかかっていた。
額に触れてみたら、熱があるようで。

滑り台から、どうにかその子を引っ張り出した。


公園の電灯に照らされた、その子の姿は。
女の子みたいに可愛い顔をしてるけど。
髪は短いし短パンだから、たぶん男だろうと思う。

左足が真っ赤になって腫れていた。足を挫いたかどうかしたんだろう。
誰かに押されたか、転んだかして怪我をして。一人で泣いていたんだと思い至った。

自分で転んで怪我をしたなら、隠れて泣く必要はない。


*****


東条は、僕が倒れたので、慌てて人を呼んだそうだ。


駆けつけてきたのは、東条のボディーガードと運転手で。
病院まで一緒に行ってやりたかったのに、車に押し込まれてしまって。

ボディーガードの一人が、おそらく近所の子だろうと思って近くの病院に連れて行ったら、看護師が僕を知っていたので、預けて戻って来たという。

名前とかを聞きたかったのに。
東条はそのまま、家に連れ戻されてしまった。


あの辺りに住んでいるのはわかっていたので。
後で調べれば名前とか判明するだろうと高をくくっていたようだけど。

その後、引っ越してしまってために、行方がわからなくなったそうだ。


東条の手元に残ったのは。
TOWA、と刺繍が入ったハンカチ一枚きりで。

「それと、女の子みたいに可愛い顔の子だったってこと。わかってるのはそれだけだった」


東条は、会社の人に、そのままその子の捜査を続けるよう、言い置いて。
イギリスの親戚の家にホームステイして、色々な勉強をしたそうだ。

東条は、イギリスの大学を卒業したら。
親の力じゃなく、自分の力で会社を立ち上げて稼いだ。

自分の望む人生を過ごすために。


*****


「立派になって。自分の力だけで生きていける強さを持ったら。いつか、あの子を迎えに行こうと思った」

「……ごめん、全然記憶にない」
こうして詳しい話を聞いても、全く思い出せない。


小学生の時。いじめられて突き飛ばされて、足の骨にヒビが入る怪我をしたんで。転勤でちょうどいいからって引っ越したのは覚えてるけど。

確か、公園の滑り台のところで倒れてたっていうのは聞いたかな?
そうか。病院まで運んでくれたの、東条の関係者だったんだ。


「ひどく腫れていた。熱に浮かされていたんだろう。仕方ない」
優しく頭を撫でられた。


僕が熱に浮かされて言った、ほんの寝言みたいなもの。
それだけで。

東条は、自分の生き方を。人生を決めたんだ。
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