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永遠

ストーカー、早朝アタック

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いのり、だ」


「……え?」
「僕の名前。神に祈る祈りと書いて、祈という。君からは、名前で呼んで欲しい」

「いのり……?」

曽根祈?
他人のことは言えないけど。変わった名前だな。坂の名前みたい。九十九折みたいな。部首違うけど。


「そう、祈だ。ありがとう。君の唇から名前を呼ばれると、特別な存在になったようで嬉しい」
口元が満足そうな笑みを浮かべている。


あ。名前を呼んだ形になってしまったのか。
復唱しただけで、名前を呼んだつもりはなかったのに。

でも、あんまり嬉しそうなので、すぐに否定できなかった。


*****


「できれば本当に君の下僕になって、傍でお仕えしたいくらいだが。……今日はこれで失礼する。おやすみ」
曽根は僕の手を取り、手の甲に口づけをした。


いつの間にか、曽根は何故か髪を上げていて。
オールバックになってたので。

しっかり見てしまった。
僕の手に口づけて微笑んだ、その、男らしく完璧に整った顔を。


思わず固まってしまった僕に、曽根はやたら爽やかな笑顔を向け。
良い夢を、と言って。

車に乗り込んで去って行くのを、呆然と見守ってしまった。


……なんだあれ?

何なんだ?
あいつ、すごく自然な感じで、僕の手の甲にチューしやがったよ!? どこの英国紳士だよ!

だいぶ、し慣れた感じだった。
あいつ、本当に日本人なのか? 帰国子女なんですか?

しないだろ、普通。去り際に手の甲にチューなんて気障な挨拶を。日本男児は!
あまりにもナチュラルボーン紳士すぎるだろ!?

しかし。女の人相手にだけじゃなく、男にもする場合があるのだろうか。
調べる気力はないけど。

しかも、下僕になって傍で仕えたい、だって?
僕の下僕になりたいとか。意味がわからなすぎる。


ふらふらと家に入り。
風呂にも入らずにベッドに突っ伏して、そのまま寝てしまった。


うう、何だかやたら疲れた……。


*****


朝起きて。

髪とか服に染み付いてた居酒屋のにおいを洗い流すためにシャワーを浴びて。
朝食を摂ろうとダイニングに向かったら。

珍しく、母さんが居た。


「あれ、母さんおはよ。帰ってきてたんだ?」

「おはよう。深夜に戻ってきて、とんぼ返りでこれからまた出張よー。朝食用意しといたから、ちゃんと食べていきな?」
「やった、もしかしていつもの? 久しぶりだ」

頷いて。
リビングの方に顔を向けて、思案顔をした。


「あ、友達来てるよ。迎えに来てくれるって約束したんだって? 男の子も電車で痴漢に遭うなんて、世も末ねえ」

「……は?」
友達?

悲しいことに、家に来るほど仲のいい友達なんて、誰一人思い浮かばないんだけど。
痴漢って?

「心配して迎えに来てくれる、あんな芸能人みたいなイケメンな友達が出来るなんてね。大学入ってからイメチェンした甲斐もあって良かったじゃない」
なんて言いながら。

母さんは慌ただしく出て行った。
珍しいくらいの上機嫌で。


イケメン……迎えに来る友達……?
まさか。

嫌な予感がして。

リビングを覗いたら、案の定。
ソファーに曽根が座っていて、まるで我が家のようにくつろいだ様子で優雅に珈琲を飲んでいた。

片手には、タブレット。
髪はオールバックにして、顔を出している。

髪を下ろして猫背気味にしていればダサく見える服も、顔を出してると良家の坊ちゃまに見えてしまう不思議。
確かに、ちょっと見ないようなイケメンだ。

でも、こいつは友達じゃない。

母さん、何で家に入れちゃったんだよ。
不用心すぎ!


*****


曽根は、僕の母親に不審人物と怪しまれないよう、わざとその端整な顔を出してみせたんだろう。

イケメンが嫌いなオバチャンはいないと確信してるな?
その通りだよ! 実際、こうしてまんまと入り込めたんだし。

あざとすぎる!


曽根はこちらを見て。
「おはよう。さっそく君の寝起きの姿が見られるとは僥倖だ。しかし、朝には大胆過ぎるな」

まるで外国人みたいに大袈裟に肩を竦めて、苦笑してみせた。
外国人のような仕草がやたら似合っているのは、整い過ぎたその顔立ちのせいだろうか?

やけにじっと見られて。
その視線に、己の姿を見下ろす。


「~~~~~!?」
寝ぼけていた頭が、瞬時に醒めた。

トランクス一枚、というみっともない姿を見られたショックで。

思わず言葉にならない奇声を上げ。
部屋に駆け戻った。


だって。いつもは家に、誰もいないから。見られるとか思ってなかったし。
ちゃんと服を着た状態でご飯食べて、こぼしたりして汚してしまった時、また着替えるの面倒なんだよ!

男同士といっても、さすがにこんなみっともない姿を見られるのは、ただでさえ恥ずかしいというのに。

第一、相手は同じ大学の学生で。
その上、受ける講義もだいたい同じで。

さらに僕は大学では服装も髪型もキメキメに決めた、みんなのアイドルみたいに振舞っていたのだから。
余計に恥ずかしすぎた。

顔から火を噴きそうだ。


*****


ちゃんと服を身に着けて。
まるで何事もなかったような風に装って。

ダイニングに戻り、食卓についた。
内心は、動揺しまくりだ。

今朝は、僕の好物のクロックムッシュだったのに。ろくに味わうこともできず、飲み込むように胃に詰め込んだ。

でも。
曽根は戻って来た僕に、からかうようなことは何も言わなかった。


武士の情け、というやつだろうか? 外国人紳士みたいな振る舞いをするけど。
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