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おまけ

二年後、市場にて

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「わあ、すごい。人がいっぱいだね!」

新は嬉しそうにはしゃいでいる。
新をまだ、市場スークに連れて行ったことがなかったのに気付き。

ラースも連れ、市場に出かけたのだが。
新が子供のようにはしゃぎ、喜んでいる姿を見て。

連れて来て良かった、と心から思った。


「わあ、これも、おいしそう!」
新は食べ物に夢中で。

物珍し気に辺りを見回す姿も、抱きしめたくなるほど可愛いらしい。


わたしの伴侶は、相変わらず、愛らしい。
見ているだけで幸せになる。

大いなる川よりもたらされた、神の愛し子である。


†††


17歳になった新は、出逢った頃より背も伸び、肉も適度についた。

触り心地が良いので伸ばして欲しい、というわたしの頼みで、肩よりも長く伸びた艶やかな黒髪は、今は結ってある。
予想以上に美しく育ってくれて、わたしは非常に幸せな夫である。


愛の言葉を囁いたり、笑いかけるだけで未だに頬を染めるほど初々しいのに。
閨ではわたしを奔放に求め、乱れて。

仕事でも、懸命に自分のできることをやっている努力家だ。

このような素晴らしい伴侶を与えてくれた川の神には、感謝しかない。
祀るのも、力が入るというものだ。


「ペトラ王だ」
「え、本物か?」
「隣の女性はどこの姫だ?」
人々が噂をしているのが聞こえた。

現ペトラ王、ナミルが来ているようだ。


ほう。
あのむっつりに、姫だと?

これは面白い。
是非とも、からかいに行かねば。


「新、急用ができた。しばし離れるが、すぐに済ましてくるので待っていてくれ。……ラース、少々抜ける。新を頼むぞ」

「はい、行ってらっしゃーい」
「御意」
新はわたしに手を振り、ラースは美しい所作で礼をした。


†††


いたいた。
何やら言い争いをしているようだな。

「面白いものを連れているな、ナミル」

「!?」
ナミルは慌てて姫を上着の中に隠した。

……ほう、わたしには見られたくないと?
ならば、何としてもその姿を見たくなるな。隠されれば余計に見たくなる、という心情を知らぬのか。


「アサドか。何用だ」
ナミルは、わたしを睨み付けた。

相変わらずこのヤンチャ坊主は、目上の者に対する口の利き方を知らぬな。
まあ、面白いので良いが。

「何、ペトラの王が、美人を連れ歩いているときいてな。紹介してはくれないのか?」
こちらは友好的に話しているというのに。

「断る」
つれない態度である。

では。

わたしは、何かに気付いたように上方を見た。
ナミルはあっさりとひっかかり、つられて上を見た隙に、姫を救い出す。


「わ、」
手を引いて、顔を隠していたニカーブを外すと。

……おや。
勝気そうな目で。綺麗な顔立ちをしているが。姫ではないのか。


「アサド! 無礼な真似をするな、」
ナミルは、毛を逆立てた猫のように怒っている。

「こんな美しい人を、鎖で繋ぐ方が無礼ではないか?」

かれの手首には、枷がつけられており。
首の飾りも。鎖をつけ、拘束するためのものであることは一目瞭然であった。

まさか、かれを閉じ込め拘束し、乱暴を働いているのか?
賢いナミルらしくない振る舞いだが。

何か理由があるのか?


かれが望むなら、我が国にかくまっても良い。
そのような施設はたくさんある。

それは、困っている者達のためのものである。

どうやらそれをわたしの後宮だと勘違いしている者もいるようだが。
そう思いたければそう思え、と放っておいている。

わたしの後宮に入ったと聞けば、手出しはされまい。


「美しい方。助けが必要なら、この私でよろしければ、手をお貸ししますが?」
手を取り、微笑んでみせた。


†††


……しかし、王の印をつけた首飾りとは。さすが天才。名案である。

新の首にも似合うに違いない。
そして、我が国の者以外にも、ひと目でわたしのものだとわかるのだ。

それはいい。
合意の上でなら、拘束するのも刺激があり、良いかもしれん。

新のたおやかな手首や足首に、金の枷を嵌め。寝台に繋ぐのだ。

達きたくても自分の手で慰めることのできない新が、わたしを求め、哀願し、身悶える姿を想像しただけで。

……滾るな。


刹那の邪心を気取られたか。
囚われの美人は、わたしの手を振りほどくと、慌てて逃れた。

新に対して抱いた妄想であって、かれに欲情したわけではなかったのだが。


「いえ、緊縛プレイ中ですので、お構いなく!」
まるでわたしを警戒するように、ナミルの後ろに隠れた。


……なるほど。
野暮であったか。

ナミルは、驚いてそれを見ている。


「は、……ははは、面白い方だ。ナミルに飽きたら我が国へどうぞ。いつでも歓迎しますよ」
礼をして、立ち去った。


とても面白いものが見られたので、満足である。

気高いナミルが、あのような顔を見せるとは。
愉快愉快。


†††


「おかえり、アサド!」
戻ったら、新が飛びついてきた。


「知り合いに逢って、考えたのだが。新に、2人が愛し合う記念のものを贈りたい」
先ほど見た光景を、2人に話した。

「んー、婚約指輪みたいなものかな?」

「婚約指輪?」
聞けば、異世界では婚約のあかしに、指輪を渡すのだという。

「結婚指輪もあったかな」

新のいた世界では、結婚する際、夫婦で指輪を贈り合うという。
いい習慣ではないか。

丁度いい、それに倣うとしよう。


「そうだな。その婚約指輪や結婚指輪と似たようなものを贈ろう」
「嬉しい。アサド大好き!」
新はわたしを見上げ、にっこりと笑った。

「大好きか。わたしは、すごく愛してるぞ」
愛しい新を、ぎゅっと抱き締めた。

「じゃあ、いっぱい愛してる!」

何と可愛らしいことを言うのか。
これ以上わたしを新に夢中にさせて、どうしたいのか。


「外でやらないでくださいませんか、陛下……」

ラースの呆れた声も、もはや聞きなれたものである。


†††


わたしは新に、結婚指輪の代わりに王の印のついた金の首飾りを。
婚約指輪の代わりに、宝石をあしらった金細工の手枷足枷を贈った。

新はわたしに、結婚指輪の代わりに腕輪を贈ってくれた。
首飾りや枷を繋ぐためのものである。

互いの合意のもと、腕輪と首飾りを頑丈な鎖で繋いだ。


「運命で結ばれた2人は、赤い糸で結ばれているんだって。これ、赤い糸の代わりだね」
新は、嬉しそうに鎖を持ち、言ったのだった。

「こうして、いつも繋がってれば、離れ離れにならないね?」


このように素直で、無垢で。どうしてくれよう。
少々、心が痛くなるが。

これは合意を得た、愛ある拘束である。


「どう見ても人攫いですよ、陛下……」
ラティーフもラースもハリムもアーキルも、わたしを変質者を見るような目つきで見るのはよせ。


「アサド、離さないでね?」
乞われ、手と手を繋ぐ。

「ああ、一生離さんぞ、新」


周りがどう言おうが、どう思われようが。

新さえ嬉しそうならば。
それで良いのである。




おわり
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