砂漠の異世界で獣人の王に囚われる～王様はホワイトタイガー

獅子の王の寵愛

松田新の苦悩

”卒業おめでとう”、か。

何もおめでたいことなんてないのにね。
卒業証書を手に、溜め息を吐いた。

……溜め息を吐くと幸せが逃げるって言ったのは、誰だったか。
逃げるほどの幸せなんて、たぶん無いけど。


ぼくが赤ん坊の頃、両親と祖父母が揃って事故で亡くなったという。

それで、親戚の間をたらいまわしにされて。
生活費とかで、保険金はなくなってしまったそうだ。


両親は、ぼくを守ろうとして、自分達の身体をクッションにしたからぼくだけが助かった、という話だけど。
こんな人生を送るくらいなら、いっそ、一緒に死なせてくれればよかったのに。

そう思うのは、罰当たりかな。


†††


制服はお下がりで、サイズも合ってない。
着替えも、誰かの着古したもので。

学校から帰ったら、毎日休む暇もなく家事をさせられて。
食事は、残り物が出ればいい方。
小学校、中学校は給食が出るから、かろうじて命を繋いでいたようなものだった。


高校までは家に置いてくれると言っていた、遠い親戚の人たち。

栄転で引越しするからと、ぼくが中学を卒業するのを機会に、放り出されてしまった。
中学を卒業すればもう働けるだろう、って。

せっかく受かった高校も、入学金や授業料が振り込まれてなかったという。
公立高校は授業料無償化制度があるっていうけど、所得制限があるから払わなくちゃいけないと言われて。
入学金のためだって、毎朝新聞配達のバイトをしていたのは何だったんだろう。


誰も身内の来なかった卒業式が終わって戻ると、引越しは済んでいて。
すでに家の中はカラッポだった。

鍵が掛かってて入れないし、家はもう、不動産屋に売られたそうだ。
そのような張り紙があった。

用意周到だ。


ぼくの荷物は、とりあえず家の門の内側に置いてあった。
といっても、中学の教科書や、少しの着替えだけ。

他は、何もない。
なんにも。


†††


着替えだけ、鞄に入れて。
ぶらぶらと、その辺を歩いた。


これから、どうしようかな。

役所に行って、相談すればいいのかもしれないけど。
たぶん、養護施設に入れられるんだろうな。それとも、もう働ける年齢だから、そういう施設には入れないかもしれない。

保証人もいない、住所不定、中学校を出たばかりの子供にどんな仕事があるのか。
住み込みの仕事を探すしかないのか。

前に見たことがある日雇い雇労働者の宿とか、大部屋で、人がいっぱいいるだろうな。
そんな場所では眠れない。

考えただけで憂鬱になる。

ぼくは誰かが傍にいると、眠れなくなる。
それはおそらく、赤ん坊のころの記憶のせいなんだろう。


真っ赤な夢だった。

恐くて。
悲鳴を上げて飛び起きて。うるさいと殴られたこともあった。

それで虐待で通報されて。
他の親戚に送られることになったのが、数件。

今日まで暮らしていたとこは物置だったけど、個室ではあったし。
殴られたり暴力がなかっただけ、マシだったかもしれない。

３年分のバイト代は巻き上げられたようだけど。


†††


気がつけば、川の近くまで来ていた。


覗いてみると、魚が泳いでいるのが見える。
……あの魚、食べられるかな？

はは。慌てて逃げた。
食べないよ。


ぼくも、あの魚みたいに、自由に泳いで、どこまでも行けたらいいのに。

何もかも忘れて。
幸せになれたらいいなあ。


……あれ？

何だろう。
川に、渦ができている。

まるで、底に大穴があいているみたいに。


「え、うそ、」
掃除機みたいに、その大穴が、ぼくをひっぱっているようだ。

すごい吸引力だ。
って、掃除機じゃあるまいし。

……実際、掃除機だったりして。
世の中に不要なものを、吸い込んで。捨てちゃうんだ。

でも、どこに？


こわい。
めちゃくちゃこわい。

頑張って橋の欄干に掴まってたけど、力尽きて。


大きな渦の中に、吸い込まれてしまった。